二重振り子

高槻王

熟れて

 リンゴに滴る青い絵の具が、ようやく彼女の太ももにまで到達した。

「どう? わたしを犯してみたくなった?」

 ぼくは黙った。その間もずっと滴り続けている青い絵の具。ぼくが感じているものを察知したのか、彼女は微笑したあと、自分の太ももについた絵の具を小指で掬い取った。そして、舐めた。

「誰でも思いつくような展開にはならないの」

「どういう意味?」

「だってあなたの頭の中で想像したリンゴはこんな風じゃなかったはずよ」

 ぼくは黙った。

「図星だね」

「分からないよ」

 彼女はため息をついた。

「理解しようとしなくてもいいの。そのうち分かるようになるから」彼女は続けた「ほら、舐めてみて」

 そういうと、彼女はぼくの頭を自分の太ももにまで押し付けた。ぼくはされるがままに口から下をにゅるっと出して、彼女の太ももを舐めた。少ししょっぱかった。それは決して絵の具の味ではない、きっと彼女の、女性の根源的な味なのだ。

「人間を堕落させるためには、堕落する手前までいざなうことが大事なの。あなたの状況も一緒。あなたは今、一番目の前にあるリンゴを欲しがっている。でも、わたしがそれを許さない。もし、しようものならわたしはあなたの両目を突き刺すから」

 ぼくは顔を上げた。「怖いことを言わないでよ。そんなことしないからさ」

「でも、する人もいるのよ」

「ぼくは違うよ」

「そうね。あなたはまだ若いからね。今年でいくつだっけ。18?」

「19だよ」

「なぁんて、そんなのどうでもいいのよ」彼女は笑った。


 ぼくらは互いに似合わず、高層マンションで同棲している。

 外はあいにくのどしゃぶり。遠くのほうで雷鳴が聞こえる。でも、なんだかそれらの音たちが妙に心地よくて。すべてが自由、ぼくたちの思いのままに人生を謳歌している感じがする。

 お互い仕事もせずに気ままに起きて、寝て、ゲームをして、出かけて、暇なときに自分の趣味に時間を注ぐ。夜になれば二人でベッドに入ってセックスをする。そういう生活をここ数年してきた。

 自堕落だって? ぼくは全くそんな風には思っていない。むしろ誰よりも充実した毎日を送っていると思うよ。そんな風に思うのはきっとぼくたちのことがよほどうらやましくて仕方がない、どこの馬の骨かもわからない童貞なんだろうけど。



 






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