第4話おまけ①「家出します」







ノイモートン

おまけ①「家出します」



 おまけ①【家出します】




























 「祥吏、お前、自分が何言ってるのか分かってるのか?」


 「分かってるよ!けど、兄さんだっていつも言ってるじゃん!これからは、自分が強くならないといけないって!!」


 「それとこれとは話は別だ」


 「なんでーーーー!!」


 およそ7年ほど前の出来事である。


 とある小さな村の隅の方に暮らしている、2人の兄弟がいた。


 兄は祥哉といい、しっかりとしていて弟の面倒も見る、優しくも厳しい、そんな兄であった。


 一方の弟の祥吏はと言うと、好き勝手に動き回り、自由奔放というのか、冒険や探検が好きなのだが、方向音痴で良く迷子になっていた。


 両親のことは誰も聞かない。


 どうしていないのか、どうして2人だけでここに住んでいるのか、周りの大人たちは知っているのかいないのか、誰も聞こうともしないし、助けようともしなかった。


 だからなのか、兄の祥哉は料理も洗濯も家の掃除も、全てをこなしていた。


 ある日、弟の祥吏が外で1人で遊んでいると、近所の子供たちが祥吏を取り囲んだ。


 「やい!お前の親、裏切り者なんだろ!!」


 「ここから出て行けよ!!裏切り者!」


 「うわっ!こいつの家、まじでボロボロだぜ!!壊しちまおうぜ!!!」


 「止めろよ!!!」


 わーわー、と数人の子供たちの声が聞こえてくると、祥哉はすぐに駆けつけた。


 過保護だと言われてしまうかもしれないが、祥吏のことを守れるのは自分しかいないのだと、祥哉はいつだって、何処だって、祥吏を守ってきた。


 「お前等、何してるんだ」


 「わ!やべ!鬼がきた!!!」


 「鬼だ鬼だ!!逃げよう!!」


 「兄さんは鬼じゃないや!!」


 祥哉と祥吏は、歳が10も離れていた。


 祥吏と同じくらいの歳の子供たちからしてみると、10も離れた、しかも背の高い祥哉からは圧力を感じたのだろう。


 すぐに駆けつけたとはいえ、祥吏の身体には幾つかの傷が残されていた。


 しかし、祥哉はその傷のことについてはあえて触れず、ただ祥吏の名前を呼んで、家へと帰るのだった。


 「兄さん」


 「ん?なんだ?」


 「どうして僕には父さんも母さんもいないの?どうしてあいつら、裏切り者だなんて言うの?父さんたち、何をしたの?」


 「・・・祥吏、何も心配するな」


 当時、祥吏の歳は14で、ある程度自立もしている年齢ではあったが、それに関しては全く教えてもらえなかった。


 「兄さんは、この村から出ようとは思わなかったの?」


 「俺か?そうだな、無いことは無いけど、ここ以外の生き方を知らないからな」


 「なら、一緒に出ようよ!!まだまだ、僕たちの知らない世界がいっぱいあるんだよ!そこへ行って、一緒に暮らそうよ!!」


 「祥吏・・・」


 あまりにも純粋で、眩しいほどのその祥吏の表情に、祥哉は思わず顔を背けてしまった。


 それからすぐのことだ。


 朝目が覚めると、そこに祥吏の姿は無かった。


 村中を探しまわったが、何処にもいなかった。


 祥吏を探しているとき、村の人がヒソヒソとこんな話しをしているのを聞いた。


 「え?祥吏って、あの家の子?」


 「そうなの。深夜にね、何処かへ行ったんですって」


 「何か企んでいるのかしら」


 「怖いわね」


 その会話をしていた女どもを殴りたい衝動にも駆られたが、それどころではなかった。


 祥哉はすぐに自分の荷物、といってもそれほどないが、着替えと少量の食料を持って、祥吏を探す旅に出た。


 「さあ?見たことないねぇ」


 「若造?さあな?」


 「知らないわ。それよりお兄さん、ちょっと寄っていかない?」


 「しらねぇな。何かしたのか?こいつ」


 こんな具合に、誰も祥吏のことを覚えていなかった。


 次の国、次の村、次々に歩きまわって探してみるが、一向に手がかり一つ見つけることが出来なかった。


 祥吏を探し始めて4年ほど経った頃。


 「ああ、なんだか最近、冰熬の周りをうろちょろしてるガキのことか?」


 「冰熬?」


 「ああ。なんでも、お上から目をつけられてるっていう、あぶねぇ男らしいぜ」


 「その男、何処にいるんです?」


 「さあ?俺達も碌に見かけねえからな。何処に住んでるのかも分からねえなぁ」


 祥吏のような男を見た、という場所はある一定の距離の範囲に集中していた。


 その近辺を探して、また数カ月経った頃。


 ―青い髪をした異国の若者が死んだ―


 そういう噂が巷を駆け巡り、祥哉はその詳細を聞きまわっていた。


 冰熬という男の身代わりとなって死んだとか、こんな若者を身代わりに差し出すなんて、酷い男だとか、どれもこれも、根拠も証拠もないただの噂でしかなかったが、祥哉にとっては祥吏が死んだ、その事実だけで充分だった。


 それからというもの、祥哉は冰熬を探し続けた。


 国中を探しまわってもそう簡単には見つからず、気付けば1年ほど経っていたのかもしれない。


 「冰熬?ああ、たまーに下りてくるよな」


 「ああ、あの男ね。食料を買いに来るときがあるわね。普段は何食べてるのか知らないけど」


 「どっちの方から来るって聞かれてもなぁ・・・。山の方から、ってことくらいしか。なあ、お前分かるか?」


 「さあ?あたしも知らないよ」


 祥吏を見殺しにした冰熬という男は、山の方から来るらしい。


 それも不定期であって、拠点が何処にあるのかさえ誰も知らないという。


 しかし、そのままにも出来ない祥哉は、ひたすら山を歩き続けて、冰熬の居場所を突き止めようとした。


 それが実ったとでもいうのか、祥哉はついに、怪しい一つの古民家を見つけた。


 冰熬という男の特徴は聞いていた。


 銀色の髪の毛に、青い目、それから顎鬚に高い身長。


 古民家を見張っていると、そこから1人の男が出てきた。


 それからのことは、祥哉ははっきりとは覚えていない。


 きっと空腹のせいもあったのだろう。


 意識は朦朧としていたし、恨みつらみで支配されていた心は、休息という言葉を忘れてしまっていたのだから。


 男を見つけて、男を殺そうと思ったのは確かなのだが、殺し方を考えていなかった。


 武器も何も持っていない祥哉は、男に馬乗りになると、意識のないまま、その指先を男の首に絡めた。


 それから、ただ、力を込めた。


 記憶はそこで途切れていて、次に意識を取り戻したときには、身体は横になっていた。


 「・・・・・・」


 見慣れない天井をじーっと見つめていると、男がやってきた。


 「見かけねえ面だが、なんで俺を殺そうとした?」


 「・・・・・・」


 「・・・はあ。恨まれてる理由も分からねえで、殺されちゃたまったもんじゃねえよ」


 はあ、と何度もため息を吐きながら、男は髪の毛をガシガシとかき乱す。


 祥哉は眉ひとつ動かさず、口を開く。


 「俺に殺されかけたのに、俺を助けたのか。俺はまた、お前を殺すぞ」


 「生意気な口聞くんじゃねえよ。まだよちよち歩きのガキが。俺を殺せなかったじゃねえか」


 「俺は絶対、お前を殺す。何があってもな。それが、祥吏に対する弔いだ」


 「祥吏・・・」


 その名に聞き覚えがあるのか、男はすうっと目を細めたかと思うと、一度ゆっくりと目を閉じる。


 そしてまたゆっくりと目を開けると、寝ている祥哉から離れる。


 囲炉裏の火にあたりながら、胡坐をかいてそこへ座る。


 「お前、名は?」


 「名乗る必要はない」


 「お前、もしかして祥哉って言うんじゃねえだろうな」


 「・・・!?どうして俺の名を」


 ふう、と息を大きく吐いた男は、「やっぱりか」と小さく呟く。


 一方、教えていないはずの自分の名前を呼ばれた祥哉は、思わず上半身を起こして男の方に顔を向ける。


 そこにある男の背中は、巷で聞いていたようなものではなく、思っていたような傲慢さはなく、ただただ猫背だった。


 「お前が祥哉なら、好きなだけここにいな」


 「は?」


 「ここにいねぇと、俺を殺せねぇだろ?」


 「・・・あんた、一体何を言って?」


 猫背だったその男は、背筋を伸ばしたかと思うと、祥哉の方を顔だけ向けてきた。


 「俺は冰熬。ひとまず、俺を殺すことを生きる目的にしろ」


 「・・・?」


 何を言っているんだろう、正直そう思っていた。


 自分の命が狙われているというのに、この男は飄々としていて、それでいて、なんというか、大きかった。


 その日から、祥哉は冰熬のもとで一緒に暮らすことになった。


 冰熬は、祥哉のことを聞いては来なかったし、祥吏のことに関しても口を開こうとしなかった。


 毎日毎日、飽きるのではないかというほど、祥哉は冰熬を殺そうとした。


 しかし、冰熬を殺すことは出来なかった。


 最初のうちは本気で殺そうとしていたのだが、きっと冰熬という男と一緒にいるうちに、分かってしまったのだ。


 祥吏が、この男のもとにいた理由を。


 祥哉が食料を調達しに買いだしに行っている間、とある客人が冰熬のもとに来ていた。


 「また弟子を取ったらしいな」


 「弟子と呼ぶにはまだまだ可愛げが足りねえがな」


 「あんたの首取ろうとしてるんだろ?どうして面倒なんか見てるんだ?」


 「・・・頼まれたんだよ」


 「頼まれた?誰に?」


 紫の髪をしたその客人の質問に、冰熬は小さく笑いながら答えた。


 「『兄さんに会ったら、助けてあげてください』ってな」








 6年前―


 「弟子なんぞ取る心算はねえから、帰れ」


 「そんなこと言わないでください!!お願いします!!」


 「んな頭下げられてもなぁ・・・。なんで俺んとこなんだよ」


 「俺、小さい頃から兄さんに迷惑ばかりかけてきたんです。だから、兄さんと一緒に自由になるために、強くなりたいんです!!」


 「兄貴?」


 「はい!」


 「親は?」


 「・・・・・・」


 「ああ、別にいい。言いたくねえなら言わなくて」


 「やっぱり、親がいないと変なんですか?」


 「・・・んなこたねぇだろ。俺も親無しだからな」


 「そうなんですか!?」


 「ああ。で?兄貴がどうしたって?」


 「兄さん、いつも僕のためにって、自分のことを後回しにしてて。僕は兄さんに幸せになってほしいんです。僕のせいで、兄さんまで不幸になんかしたくない。もっともっと自由になって、もっともっと世界を見たいんです!!!」


 「・・・・・・」


 「あ!す、すみません・・・。生意気で、大きなこと言って・・・」


 「・・・生意気だとは思ってねぇけど、変な奴だな」


 「え、へ、変ですか?」


 「世界を変える奴ってのは、いつの時代も変人ばかりさ、気にすんな。それにしても、世界を見るのはそう簡単なことじゃねえぞ。それに、見たからといって、良いところばかりとは限らねぇ」


 「?」


 「世界の黒い部分もまとめて見つめる覚悟があるってんなら、俺んとこで暮らしな。まあ、そうは言っても家事全般は頼むことになるだろうがな」


 「!!!はい!!あ、あの、もう一つ、いいですか?」


 「なんだ?」


 「もし、もしも僕の兄さんに会ったら、兄さんのこと、助けてあげてくれませんか?」


 「助ける?」


 「兄さん、本当は強くないんです。ただ、無理をして強く見せてるだけなんです。僕が兄さんを助けてあげられればいいんですけど、だから、兄さんに会ったら、助けてあげてください!力を貸してあげてください!」


 「・・・兄貴の名前は?」


 「祥哉!祥哉っていいます!!」






 「ったく。兄弟揃って勝手な奴らだ」



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