第44話「天芳と星怜、新たな修行をはじめる」

 ──天芳視点てんほうしてん──




「ただいま戻りました。母上。星怜せいれい白葉はくよう

「お帰りなさい。無事に『お役目』を果たしたようで幸いです」

「お帰りなさいませ。ほうさま」

「お帰りなさい兄さん……あれ? 後ろにいるお方は……?」


 黄家に戻った俺を出迎えてくれたのは、母上と白葉と星怜だった。

 母上は体調がいいようで、玄関まで迎えに来てくれてる。


 白葉は俺が不在の間、黄家を守ってくれていたようだ。

 俺を見て、緊張がけたような顔をしてる。


 星怜は……俺の後ろをじーっと見てる。

 俺が連れてきたお客のことが気になるらしい。


「こちらは、奏真国そうまこくから来られた玄冬里げんとうりさんです」


 俺は冬里さんを、みんなに紹介した。


「俺と師兄しけいは冬里さんの母君から、内力の指導を受けることになりました。彼女の母君──玄秋翼げんしゅうよくさまは王弟殿下も認めるほどの名医です。できれば、母上もていただきたいと思っています」

「まぁ、そうなのですね」

「それほどのお方を、ほうさまが藍河国あいかこくに……」


 母上も白葉もびっくりしてる。

 俺は説明を続ける。


「玄秋翼さまは今、王弟殿下と会っています。その間、娘の冬里さんは黄家こうけにいるようにと」

玄冬里げんとうりでございます。どうか、よろしくお願いいたします!」


 冬里さんは母上たちに一礼した。


「これから母とともに、皆様のお手伝いをさせていただきます」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね」

「白葉と申します。芳さまのお客さまなら大歓迎です」

「……お医者さまの娘さんなのですね」


 母上、白葉、星怜は、それぞれ冬里さんにあいさつを返す。

 それを確認してから、冬里さんは、


「冬里は母から、天芳さまと星怜さまに導引法どういんほうの説明をするようにと言われております」


 俺と星怜を見て、そんなことを言った。


「天芳さま、星怜さま。説明をはじめてもよろしいでしょうか」

「着いたばかりですよ。少し休んでからの方が……」

「い、いいえ」


 俺の言葉に、冬里さんは首を横に振った。


「こういうことは早いほうがいいのです。時間をかけていては、ためらいが生まれます。どうか、お付き合いいただけないでしょうか」


 そう言って冬里さんは、深々と頭を下げたのだった。







 俺は、冬里さんを自室に案内した。星怜も一緒だ。

 この部屋ではいつも星怜と『獣身導引じゅうしんどういん』をしてる。

 広さは十分だ。3人一緒に導引をしても大丈夫だろう。


「導引法を始めるにあたって、注意点はありますか? 冬里さん」


 俺は冬里さんにたずねた。

 冬里さんは、少し考えてから、


「誰も部屋をのぞかないようにしてください」

「部屋を?」

秘伝ひでんですから」

「なるほど。秘伝だからですね」


 俺は部屋を出て、母上と白葉に『しばらく部屋に近づかないように』と言った。

 それから自室に戻って、冬里さんにそのことを告げた。

 すると、冬里さんは、


「はじめに、確認をいたします」


 俺と星怜を見て、そんなことを言った。


「天芳さまと星怜さま、それに凰花おうかさまの体内には『天元てんげんの気』という、強力な内力が生まれています。星怜さまはそのことをご存じですか」

「はい。兄さんから聞いています」


 星怜が手を挙げた。


「わたしと兄さんが『獣身導引』で『気』をやりとりしたことで生まれたものだ、って」

「そうです。そして『天元の気』を持つものは、特殊な力を得ることがあります」

「特殊な力って……動物と話したりするものですか?」

「効果は、人によって違います。そういう能力が発現することもあるでしょう」


 ……なるほど。

 星怜は俺と導引をするようになってから、動物と話ができるようになった。

 それには『天元の気』が関わっていたってことか。


「これからお教えする導引法は、『天元の気』を把握はあくして、自分の意思で操れるようにするものです」


 冬里さんは説明をはじめた。


「これは母と仰雲ぎょううんさまが編み出したもので、体内の『気』を整えて、経絡けいらくを強化して、やす効果もあります。その名を『天地一身導引てんちいっしんどういん』と言います。天や地……つまり自然の一部となるものだから、そのような名前がついたんですね」

「その導引をすると、もっと兄さんのお役に立てるわけですね」


 星怜は興奮した顔で、


「教えてください! わたし、徹夜てつやで覚えますから!」

「星怜。そこまで気負わなくていいんだよ」


 俺は言った。


「星怜は十分役に立ってくれてるよ。北の地でも、星怜の鳩が手紙を届けてくれたから、父上は有利に戦えたんだ。俺も父上も兄上も、星怜には感謝してる」

「は、はい。兄さん……」

「あせらず、ゆっくりと学んでいこう」

「わ、わかりました」

「では冬里さん。その『天地一身導引』のやり方を教えてください」

「お、お願いします!」


 俺と星怜は一礼した。

 冬里さんは、緊張した表情でうなずいた。


 おそらく、難しい導引法なのだろう。

『秘伝』で『誰にも見られてはいけない導引法』だ。修得も簡単じゃないはず。

 それでも俺は、その導引法を身につけたい。


 ゲーム『剣主大乱史伝』に『天元の気』というものは存在しない。

 隠しパラメータなのか、実装じっそうされていないのかはわからない。

 この『気』に、どんな効果があるのかも不明だ。


 それに……俺が見た夢のこともある。

 夢の中で狼炎王ろうえんおうは言っていた『この国は「四凶しきょう」に食い尽くされる』って。

 その『四凶』もゲームには登場しない。

 わからないことが多すぎるんだ。


 だから、なんでも試してみるしかない。

『破滅エンド』回避の役に立ちそうなものは、身につけておきたい。

 ゲームの黄天芳こうてんほうみたいに牛裂うしざきにされるのも、つるされて石をぶつけられるのもごめんだからな。


「どんなに難しい導引法でも構いません。俺と星怜に『天地一身導引』を教えてください」


 俺は冬里さんに向かって、深々と頭を下げた。

 冬里さんはうなずいて、


「覚悟は、おありのようなのです」

「はい」

「は、はい。わたしも、兄さんとおんなじです」

「わかりました。冬里も、覚悟を決めます」


 そう言って、冬里さんは帯に手をかけた。


「最初に申し上げた通り『天地一身導引』は、自分自身を自然の一部とするものです。ですから……自然に近い姿で行う必要があります」

「……え?」

「あれ? それって、わたしが言っていた……」


 星怜が、なにかに気づいたような顔になる。


 うん。確かに以前、星怜が言ってた。『獣身導引じゅうしんどういん』は、動物に近い姿になれば、効果が上がるんじゃないかって。


 それはもっと動物に似せた動きをしたり、たくさん鳴き声を出すものだと思っていた。 

 奏真国から戻ったら、一緒に試してみるつもりだったんだ。


「まぁ、星怜さま、すごいです」


 冬里さんが目を輝かせる。


「星怜さまは、導引法の本質をつかんでいらしたようですね」

「すごいな。星怜」

「い、いいえ。兄さんのおかげです。兄さんと一緒に『獣身導引』をしていたら、そうするのが正しいあり方だって思えてきて……」

「星怜さまのおっしゃる通りです。『天地一身導引』は動物に近い姿になって……つまり、服を脱いで行います」


 冬里さんは言った。


「天地の中に、ありのままの自分をさらすことで、自然と一体化するのです。そうすることで、気を取り込みやすくなります。また、衣服の重さや動きに気を取られることがなくなるため、体内の『気』の状態を把握しやすくなるのです」


 ……理にかなっていた。

 さすがは大師匠が編み出した導引法だ。


「ご指導いたします。まずは、やってみるといいのです」

「で、でもでも、兄さん以外の人に、肌を見せるのは……」

「下着をつけて、その上に一枚羽織はおるくらいなら大丈夫でございます」


 冬里さんは星怜に、やさしくほほえみかける。


「冬里がお手本をごらんにいれます。その上で、どうするか決めてください」


 そう言って冬里さんは、『天地一身導引てんちいっしんどういん』の準備をはじめたのだった。



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