第24話「天下の大悪人と兄弟子、試験を受ける(2)」

「『四神歩法ししんほほう』──『白虎疾風走びゃっこしっぷうそう (白虎の歩法は疾風のごとし)』!」


 身体が軽い。

 景色が、後ろにすっ飛んでいく。

 背負った剣の重さも感じない。


 北臨ほくりんの町の門をでたあと、まわりに人がいなくなってから、俺と師兄は『四神歩法』で走り始めた。

 外で……しかも本気で走ったのは、これが初めてだ。

 ここまで速度が出るとは思わなかった。

 これが『移動力2倍』『どんな相手からも逃げられる』歩法の、真の力なのか。


 師匠の『青竜せいりゅう朱雀すざく白虎びゃっこ玄武げんぶになりきりなさい』というアドバイスも効果があった。


獣身導引じゅうしんどういん』は蛇、ニワトリ、猫、亀になりきるものだ。それに慣れた俺にとって白虎や青竜になりきるのは、そんなに難しいことじゃない。

 だから師匠は『獣身導引』を続けるように言ってたんだね……。


「ありがとうございます。雷光師匠」


 師匠に感謝しつつ、俺は走り続ける。

 疲労は感じない。息も切れない。

 これも『四神歩法』と、きたえた内力のおかげだろう。


「でも……師兄はあんなに速度を上げて、大丈夫なのかな」


 師兄は俺の少し先を走っている。

 距離は、目算で50から60メートルくらい。

 今日の師兄はいつもと違う。言葉も少ないし、態度もそっけない。

 俺、師兄の気に障るようなことをしたのかな……?


「──って、師兄!? そっちは街道じゃないですよ!?」


 前を走る化央師兄が、街道の外へと飛び出した。

 川の方にむかっている。まさか、川を渡るつもりなのか?

 確かに、川を飛び越えて進めば、行程を3割くらいカットできる。その後は大きな川沿いに出る。上り坂が続く岩場の小道だ。そこを越えれば、穂楼ほろうの町はすぐそこだ。

 でも……どうして師兄は、そんなに勝負を急ぐんだ?


「……ぼくは付き合いませんよ」


 俺は、勝負にこだわっていない。

 俺の目的は『黄天芳破滅こうてんほうはめつエンド』を回避することで、『四神歩法』はそのための手段だ。『お役目』をしたいわけじゃないし、奥義も欲しくない。

 師兄につきあって、危険な道を進む必要はないんだ。


 ないんだけど……



『──僕はすべてをけて、この試験にのぞむつもりだ。君も本気で来い』



 化央師兄の言葉が頭をよぎる。

 師兄はなにか隠している。いつか俺にそれを伝えたいと言ってくれた。

 その化央師兄が、本気で勝負を挑んできてるんだ。


 ここで逃げたら……師兄はもう、俺と本気で向き合ってくれないような気がする。


「ああもう! 仕方ないな!!」


 俺はコース変更。街道を外れて、化央師兄の背中を追いかける。

 どのみち、あとで休憩きゅうけいを入れるはずだ。そのとき化央師兄と話をしよう。


「『四神歩法』──『潜竜王天翔せんりゅうおうてんしょう (水に潜っていた竜王が、天へと飛び上がる)』!!」


 俺は跳躍用ちょうやくようの技で、街道沿いの川を飛び越える。

 竜になりきり、飛距離を伸ばす。空中から化央師兄を追いかける。


弟弟子おとうとでしを振り回す理由、きちんと話してもらいますからね!」


 そうして俺は、化央師兄を追いかけ続けた。






 ──2時間後──



 俺と師兄は、岩場を走っていた。

 何度か休憩きゅうけいを入れて、『気』と呼吸を整えた。

 だけど、師兄に追いつくことはできなかった。俺が近づこうとすると、師兄は休憩をやめて、走り出してしまうからだ。

 結局、俺たちは離れて休憩するしかなかった。


 それでも師兄との距離は徐々に縮まってる。

 たぶん、雨が降り始めたからだろう。


 俺は『四神歩法』の『白虎』を使っている。

 虎は両手両脚に爪がある。そのせいか、白虎のかたちは、地面をしっかりとつかむことができる。


 でも師兄が使っているのは『朱雀』のかたちだ。

 これは内力を使って飛び、長い滞空時間で距離を稼ぐことができる。

 けれど地面が濡れていると、着地するときに足が滑りやすい。岩場は特にそうだ。

 そのせいで、師兄は何度かバランスを崩してる。このままだと危ない。


「師兄。少し休みましょう!! 俺も休憩しますから!!」


 師兄は答えない。

 まるでなにかに取りつかれたように、走り続けてる。


「化央師兄!! どうして無茶するんですか!?」

「……言えない」


 師兄の声が聞こえた。


「言ってしまったら……君はきっと、勝負をゆずるだろう?」

「……師兄」

「僕は君の朋友ほうゆうだ。だから、恥ずかしくない戦い方をする! 全力で来い。天芳!!」

「わかりましたから、少し休んでください。師兄!」

「いい。全力で……こい。天芳」


 師兄の呼吸が荒くなる。

 内力ないりょく──『気の流れ』が乱れてきているんだ。


「────っ!?」

「師兄!!」


 着地した師兄の足が、滑った。

 ここは岩場。細い道。すぐ横は川。このままだと師兄が川に落ちる!


「──『白虎縮地走びゃっこしゅくちそう (白虎は百歩の距離を一歩で進む)』!!」


 俺は『四神歩法』の、白虎のかたちで地面を蹴る。

 足の裏に内力を集中させての高速移動。

 倒れそうになる師兄の身体を、受け止める。


 さらに『獣身導引じゅうしんどういん』の猫のかたち『猫三回転 (ごろごろ猫受け身)』で衝撃しょうげきを吸収。川べりの水たまりで、俺たちの身体は止まる。

 ずぶ濡れになったけど……川には、落ちずに済んだ。


「大丈夫ですか。師兄」

「……すまない。天芳」

「とにかく、少し休みましょう。雨の中を進むのは危険です。服も、乾かさないと」


 試験の課題は、今日の日暮れまでに穂楼の町に着くことだけど、道をショートカットしたおかげで、時間にはかなり余裕がある。1、2時間休んでも大丈夫だろう。


「雨宿りできる場所は……」


 あった。岩場に小さな洞窟がある。張りだした岩がひさしになってる。

 あそこなら、雨宿りできそうだ。


「少し休みましょう。それくらい、師匠は許してくれますよ」

「…………うん」


 師兄は、泣きそうな顔をしていた。

 俺が肩を貸すと、素直に体重を預けてくれる。

 無理をしたせいか、体温が高い。呼吸も荒くなっているようだ。


 そんな師兄を支えながら、俺は岩場の洞窟どうくつへと向かったのだった。








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 次回、第25話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。



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