第23話「天下の大悪人と兄弟子、試験を受ける(1)」

 それからも俺は師兄しけいと一緒に、雷光師匠らいこうししょうのもとで修行を続けた。


四神歩法ししんほほう』の基本は、なんとか身につけた。

 雷光師匠との追いかけっこも、二回に一度は師匠の影に触れられるようになった。一度だけ、師匠の衣に触れたこともある。


 師兄は『四神歩法』は苦手なようで、まだ師匠の影にも触れられていない。

 けれど、剣術の方はかなり上達してる。

 細い枝くらいなら、木剣でれるようになった。

 師兄と試合をしても、俺はまったく敵わないくらいだ。まぁ……それは元からだけど。


獣身導引じゅうしんどういん』も続けている。

 毎日、修行のはじめに師兄と俺とで1回ずつ。朝と夕に星怜せいれいと1回ずつ。合計、1日4回だ。


 俺の『気の力』──内力ないりょくがどれくらい育ったのか気になるけど、師匠からは『私が許可するまで「内力比べ」はしないように』と命じられてる。星怜せいれいもそうするように、ということだった。

 だから俺は、今の自分がどれくらいの内力を持っているのかわからない。


 まぁ、ゲームの『獣身導引じゅうしんどういん』は、内力を少し上げるだけのものだからな。せいぜい、内力が1割ちょっと上がるくらいだろう。


『獣身導引』をやると健康になるのなら、母上にもすすめようかと思ったけど……それは難しいらしい。

 師匠によると、健康法としては10代前半の若者にしか効果がないそうだ。

 代わりに、燎原君りょうげんくんから母上のところに、身体にいい薬草が届くようになった。


飛熊将軍ひゆうしょうぐん』は国の守りに重要だから、その家族も大事ということらしい。

 さすがは仁徳じんとくの人だ。気配りがすごい。

 燎原君を敵に回さなくてよかった。本当にそう思う。



 そんな感じで修行を続けていた、ある日のこと──



「試験をしたいのだが、構わないかな?」


 ──師匠が、そんなことを言い出したのだった。






「試験、ですか? ぼくと師兄に?」

「そうだよ天芳てんほう。君たちに『お役目』を任せられるかどうか確認したいのさ」


 雷光師匠はうなずいて、


「間もなく燎原君から君たちに『お役目』が下る。ちょっとしたお使いだ。私が行ければいいのだけれど……別の仕事があってね。私はしばらくの間、この北臨ほくりんを離れることになったんだ」

「師匠……どこかに行ってしまうのですか?」

「たいした仕事ではないけれどね」

「ですが、ぼくはまだ教えを受けたばかりです。できれば師匠のもとで、引き続き学びたいのですが……」


 修行の成果は出てきている。

 身は軽くなってきているし、動きも素早くなってきてる。


 だけど、まだまだだ。

 俺が『四神歩法』を使っても、師匠にはすぐに追いつかれてしまう。

 破滅エンドを避けるためには『絶対に誰にも捕まらない』レベルの技が必要だ。

 だからもっと、師匠の側で教えを受けたいんだけど……。


「……でも、お仕事なら、仕方ないですよね」

「なんでそんな世界の終わりみたいな顔してるんだよ。天芳」


 師匠は苦笑いしてから、師兄の方を見た。


化央かおうどうかな。試験を受ける気はあるかい?」

「あります。ですが、ひとつうかがってもいいですか?」

「いいよ。なにかな?」

燎原君りょうげんくんの『お役目』を果たせば、藍河国あいかこくの役に立ったということになりますか?」

「もちろんだ。お役目を果たせば君たちの功績こうせきになる。それを任せられるかどうか、君たちふたりを試したい。そういうことだよ」

「わかりました。師匠!」


 師兄は紅潮こうちょうした顔で、師匠に向かって拱手きょうしゅした。

 師兄は試験を受けることに、まったく迷いはないらしい。


「悪いけど、全力でやらせてもらうよ。天芳」


 師兄は真面目な表情で、俺の肩を叩いた。


「僕は『お役目』を果たした後で、君に伝えたいことがあるんだ。そのためにも負けられない。絶対にね」







 試験の内容は単純シンプルだった。


 朝、北臨ほくりんの門が開くと同時に、北へ向かう。

 日が沈む前に、北にある穂楼ほろうの町に入る。

 そこで待っている雷光師匠の前で、俺と師兄が手合わせする。


四神歩法ししんほほう』を駆使くしした移動。

四神剣術ししんけんじゅつ』を駆使くしした試合。


 その結果を見定めて、試験の勝者を決めるということだった。


 師兄が町を出ることについては、燎原君りょうげんくんから許可が出ている。

 なので、問題はないそうだ。


 そんなわけで、俺と師兄は試験のための準備をはじめたのだった。

 






穂楼ほろうの町までは馬で一日足らずの距離だ」


 試験の日の朝。北臨の北門の前。

 薄明るくなってきた空の下で、雷光師匠は言った。


「『四神歩法』を使えば、夕方までにはたどりつけるだろう。近道をしても構わないよ。がけを飛び越えるのも、川を突っ切るのも自由だ。ただし、その後に試合があることを忘れないように」

「「はい。師匠!!」」


 俺と師兄は並んで、扉が開くのを待っている。

 試験の準備は整ってる。

 栄養補給のための干し飯と、水筒もある。


 それと、念のために俺と師兄は剣を背負っている。

 短い旅だけれど、野犬や盗賊と出会うこともある。危機は自分で切り抜けなければいけない。そのための武器だ。

 まぁ、街道を通る限り、それほど危なくはないんだけど。


「西の空がくもっているのが気になるが、まあいいだろう」


 空を見上げていた雷光師匠は、俺と師兄を見て、


「試験の配点は、穂楼の町までの時間を競う『歩法』の評価が半分、試合による『剣術』の評価が半分だ。先を急いで『歩法』の点数を稼ぐのもよし、体力を温存して『剣術』にけるのもよし。その判断は任せるよ。ただし、日没までに穂楼の町に着かなければ失格だ。あとは……あんまりやる気がない場合は、破門はもんもありえるからね?」


 にっこり笑って俺を見る雷光師匠。

 ……まずいな。

 師匠は、俺が師兄に勝負をゆずろうとしてるのを、見抜いてるんだろうか。


 師兄のお母さんは、師兄が燎原君の『お役目』を果たすのを期待してる。

 試験はそれを果たす能力があるかを試すものだ。

 たぶん、勝った方が『お役目』を受けることになるだろう。


 俺としては、師兄に勝負をゆずるべきだと思っているんだけど……。


「……天芳。いや、僕の朋友ほうゆうに告げる」


 化央師兄は真剣な表情で、俺を見た。


「僕はすべてをけて試験にのぞむつもりだ。君も本気で来い」


 やがて、門が開きはじめる。

 堀にかかるばしが、ゆっくりと降りていく。


 門の隙間から、遠くの山々が見える。

 藍河国の北方は険しい山地だ。その先には草原があり、騎馬を得意とする異民族が住んでいる。その民族の侵攻を防いでいるのが、北方の砦だ。

 もちろん、今回はそこまでは行かないんだけど。


「試験の前に君たちに助言しよう。四神に・・・なって・・・ごらん・・・


 ふと、雷光師匠が言った。


「『四神剣術』『四神歩法』は型をおぼえただけじゃ不十分だ。青竜せいりゅう朱雀すざく白虎びゃっこ玄武げんぶになりきりなさい。『獣身導引じゅうしんどういん』はそのためにあるのだからね」


 門が完全に開き、風が吹き込んでくる。

 跳ね橋が地面に触れて、大きな音を立てる。

 開門を待っていた人々が動き出す。


 そして、雷光師匠が手を挙げたのを合図に、俺と師兄は走り出したのだった。



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 次回、第24話は、今日の夕方くらいに更新する予定です。



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