第21話「天下の大悪人、兄弟子の家をたずねる」
「兄さんと
数日後。
自宅で、夕方の『
星怜は、すっかり元気になった。
家では毎日、母上や
星怜は真面目で、頭もいい。
これからは礼儀作法を覚えて、黄家の社交の手伝いをするそうだ。
いい友だちができるといいな。
「最近の兄さんは、化央さまのお話ばかりです」
そんな星怜は
「『
「だって、師兄は本当にすごいんだよ」
『四神剣術』の『青竜四剣』の型をあっさりマスターしてたし。
『獣身導引』もうまくなってるし。『蛇のかたち』は本当に蛇みたいだし。
「特に師兄の『獲物絡蛇 (獲物に
「それくらい、わたしだってできますもん」
「女の子がそういうことしちゃいけません」
「……むー」
星怜はほっぺたをふくらませた。
その顔を見ながら、俺は、
「……それで、星怜はどうして欲しいのかな?」
「もう一度兄さんと導引をしたいです」
「うん。じゃあ、夕食の時間までね」
「ありがとうございます。では、兄さんが化央さまの話をしても許してあげます」
「許可制なんだ……」
確かに、最近は化央師兄の話をすることが多くなった。
でも、俺は化央師兄のことを、なにも知らない。
知っているのは武術が大好きなことと、南の奏真国から来たことだけだ。
いつか師兄のことを、もっと知ることができるんだろうか。
そんなことを思いながら、俺は星怜と『獣身導引』を続けるのだった。
その翌日。
「ふむ。化央が来ないのは、はじめてだね」
時間になっても、化央師兄は修行場に来なかった。
お休みのときは連絡をすることになっているんだけど、それもないらしい。
「師兄はどうしたんでしょうか……」
「どうだろうね。それより
「え?」
「化央がお休みなら、その分だけ君が『
「ぼくが師兄の様子を、ですか?」
「だって、そわそわしてるじゃないか?」
「そうですか?」
「気もそぞろ、というやつだね。見ればわかるよ」
「師匠」
「うん」
「師兄を呼びに行ったあとで、時間があったら、ご指導をお願いできますか?」
「もちろん」
「それじゃ、師兄の家の場所を教えてください。ちょっとだけ、様子を見てきます」
そういうことになったのだった。
化央師兄の家があるのは、
役人や、中規模な商人が暮らしているエリアだ。
師匠の地図の通りに進むと、
入り口には木製の門がある。門番はいない。
だから俺は扉を叩いて、声をあげた。
「
返事はない……けど、門の向こうに人の気配がある。
誰かが息を潜めているような感じがする。家の人かな。
「ぼくは
「はいはい。今開けますよ」
返事がした。ぎぎぎ、と音を立てて、門が開いていく。
その向こうにいたのは、高齢の男性だった。
「黄天芳さま……はいはい。話はうかがっております。あの方が、いつも楽しそうに話をしていらっしゃいますからな」
「化央師兄のお身内の方ですね。はじめまして」
「ただの門番に、あいさつなどされることはありますまい」
「化央師兄のお宅の方に、失礼はできません」
「聞いていた通りのお方ですな。ほっほっほ」
老人は
「あの方はよい
「師兄はどうされていますか? 連絡なしで
「あの方は……少し、取り込み中でしてな」
「体調が悪いわけではないんですね?」
「すこぶる健康でいらっしゃいますよ。成長いちじるしくて、私としてはうれしい限りです」
「南方の
「ええ。あの方がおさない頃から、面倒を見させていただいております。あの方……化央さまは、素直でよい方です。どうか、よろしくお願いいたします」
「もちろんです。ぼくは、師兄を尊敬していますから」
俺は門に向かって一礼して、
「お取り込み中のところ失礼しました。師兄に、よろしくお伝えください」
「
「──お待ちなさい!!」
不意に、
見ると、髪を結い上げた女性がこちらに向かってくるところだった。
着ているのは、高級そうな衣服。けれど、あちこちほつれている。結い上げた髪には、
女性の目はおちくぼみ、
「奥方さま。お休みになられたのでは……」
「あの子の友人の名が聞こえました。黄天芳さま。『
「奥方さま!!」
「
女性は血走った目で俺を見ていた。
この人が師兄のお母さんらしい。
「はじめてお目にかかります。化央師兄の弟弟子、黄天芳と申します」
いきなりでびっくりしたけど、俺は慌てて
「
俺の言葉をさえぎり、師兄のお母さんは言った。
「あの子がお役目を果たせば、燎原君は力を貸してくださるのですよね!?」
「……え?」
「ああ、あの子が……化央があんなふうでなければ、私は
女性は震える手で、俺の服にしがみついた。
「私が国を離れている間に、他の女性があの方の気を引くかもしれない。耐えられないのです! 化央が……あの子が
「────母上!!」
聞き慣れた声がした。
見ると、屋敷の方から、化央師兄が走ってくるのが見えた。
まとっているのは、いつもの
長い髪をなびかせた師兄の顔色は真っ青で……まるで、俺の知らない人のように見えた。
「母上! あぁ……やっと眠ったかと思ったのに」
「申し訳ありません。出入りの商人から、こっそり酒を仕入れていらしたようです」
「わかっています。また、商人を変えなければ……」
師兄は母親の肩をつかんで、俺から引き剥がす。
強い力におどろいたのか、母親が振り返り、師兄を見た。
「……どうして」
師兄のお母さんの指が、師兄の顔に触れた。
骨張った手だった。肌はきれいで、水仕事なんかしてないように見える。
肌の色は白く、血の気がない。
そんな手で師兄の顔をなでながら、師兄のお母さんは、
「そっくりなのに。顔は……父であるあの方にそっくりなのに、どうして人質になど出されたの!?」
「……母上」
「あなたがいけないのです! あなたのせいで私は国を離れて、こんなところに来なければいけなかった! あなたが、あなたが、あなたが!!」
骨張った手が、師兄の胸を叩いた。
師兄は、なにも言わなかった。
門番の老人も、俺も。
そうして師兄のお母さんは、しばらくの間、師兄の胸を叩き続けて──
──やがて、疲れたように、眠ってしまったのだった。
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次回、第22話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。
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