第7話「天下の大悪人、兄と語り合う」
俺が『
家族にないしょで修行をする計画は、初日で
星怜に見つかっただけじゃない。白葉も母上も、俺が『獣身導引』をしているのを知っていた。
そのせいで、父上や兄上にも知られてしまったんだ。
「まぁ、なんでも試すのは良いことだ」
父上は
「問題がなければ、続けるがよい」
「ですが父上。『
反対したのは兄上だった。
だけど、父上は苦笑いして、
「
「お話はわかりますが……」
「その結果、天芳に内力が身につけば言うことはないであろう? それに見よ。ふたりの様子を」
父上は
正確には俺と、隣にくっついている
「天芳兄さん。ごはん。おいしいですね」
「うん」
「天芳兄さんは、どんなお料理がお好きですか?」
「うちの
「は、はい。でも……そういうことではなくて……」
部屋の外に出て、母さまの手伝いをするようになった。
黄家のみんなとも積極的に話しかけるようになったし、よく笑うようになった。表情豊かな、年相応の女の子になったんだ。
この星怜が『
たぶん……違うルートに入ったんだと思う。そう思いたい。
それはいいんだけど──
「仲むつまじい姿ではないか。実の兄妹のようだぞ」
「……そうですね。父上」
なんだか、恥ずかしい。
『
朝と晩の『獣身導引』を一緒にやって。
ふたりで白葉に内力のチェックをしてもらって。
一緒に本を読んで。
俺が書の練習をするのにも、星怜が付き合うようになった。
……まぁいいか。
とにかく星怜とは仲良くなれた。それだけで十分だ。
それに、『獣身導引』のおかげで内力を手に入れることもできた。
白葉と『内力比べ』をすると、少しずつ自分の『気』が強くなってるのがわかる。こんなにすぐに効果が出るとは思ってなかった。
さすが弱者専用の武術書だ。
あとは、究極の逃走スキル『四神歩法』を覚えるだけだ。
そうすれば
「天芳兄さん。どうされましたか?」
気がつくと、星怜が心配そうな顔で、俺を見ていた。
「難しいお顔をされていますよ?」
「なんでもないです」
「困ったことがあったら、星怜に言ってください。星怜は、天芳さまの力になりたいです」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」
「…………ふん」
かすかに、兄上が鼻を鳴らす音がした。
見ると、
「どうかしましたか。兄上」
「なんでもない」
そう言って食事を終えた兄上は、食堂を出ていってしまったのだった。
「天芳。最近のお前は、少しおかしいんじゃないか?」
その夜、俺は廊下で、
「怪しい書物をもとに修行を始めるなんて……以前のお前は、そんなことはしなかっただろう?」
「そうでしたね」
前世の記憶を取り戻すまでの俺は、武術に興味を持たなかった。
自分は小役人にしかなれないと思って、そのための勉強しかしてこなかった。
そんな俺がいきなり変な修行を始めたんだ。
兄上が不審に思うのも、無理ないよな。
「ぼくが変わったのは、星怜が来たからです」
俺は
「ぼくは自分に危機感がまったくなかったことに気づきました。だから、星怜のためにも、しっかりしなきゃいけないと思ったんです」
「星怜の見本になるようにか?」
「だいたいそんな感じです」
「だが、おかしいだろう?」
「なにがですか?」
「どうして市場で、
「それは……」
俺は、記憶を取り戻す前の自分のことを思い出す。
将軍の家に生まれながら、内力を持たなかった自分。
当時の
「これまでのぼくは、自分のことをあきらめていたのかもしれません」
「……なんだと?」
「内力を持たないぼくを、兄上も父上も責めませんでした。けれど、家の外の人たちはそうじゃなかった。『黄家の長男は
でも、これからは乱世になる。
北方の異民族には強力なリーダーが生まれ、南方の新興国も大きく発展する。
ゲームの歴史通りなら、国は大きく乱れるはずだ。
だから──
「だけどぼくは、運命に抗うことを決めたんです。そのために全力を尽くすと」
「気持ちはわかるが……市場で売っている書物など、怪しいものばかりだ。偽物をつかまされたらどうするつもりだったのだ?」
「本物にめぐりあえるまで、買い続けるつもりでした。どんなに時間がかかっても。できるだけのことをして、お金を貯めて」
「……お前は、そこまで追い詰められていたのか?」
「ぼくにとっては、生きるか死ぬかの問題です」
「いや、それほどではないだろう?」
「
「そこまで気負うこともないだろう!?」
「ぼくは運命に
「そ、そうか……」
兄上はため息をついた。
「すまない。私は……誤解していたようだ」
「誤解?」
「私は、お前が
そう言って、うつむく兄上。
「お前が必死に内力を身につけようとしているのは、『
「……兄上」
「お前が内力を使えるようになったと聞いたとたん、不安になったのだ。黄家の跡継ぎは
「そんなことにはならないと思います」
「お前は自分を知らないだけだ」
「自分を?」
「お前は昔から、他人のことをよく見ていた。私はそれは他人の顔色をうかがっているのだと思っていたのだが……違うのだな。お前は星怜をよく見て、彼女がなにを望むのかを考えて、その心を開いてしまった。私には、できなかったことだ」
兄上はため息をついた。
「知っているか? 私は星怜と話をするのが怖かったのだよ」
「怖かった……ですか?」
「星怜は、父さまの親友の娘だ。うかつなことをして彼女を傷つけたら、父さまの
「そうだったんですか……」
「なのに、お前は星怜の心を開いてしまった。それで私はお前に
「そんなことはありません!」
ふざけんな。
なにを言ってるんだ。兄上は。
「いない方がいいなんて、そんなことは言わないでください! 兄上は、ぼくや星怜にとって絶対に必要な人なんです!!」
「て、天芳?」
「兄上こそが、ぼくや星怜を助けてくれる人なんです。ずっとぼくたちの側にいてください。兄上!!」
もしも『剣主大乱史伝』の世界に
兄上は『飛熊将軍』の後継者だ。
ゲームの中でも強い武力を持つキャラになっていたに違いない。
兄上はプライドが高い。正義感も強い。
そんな兄上なら、黄天芳の暴走を止められる。黄天芳が天下の大悪人になる前に、力ずくでも改心させてくれただろう。
悪女となった柳星怜だって、兄上なら止められた。
彼女に忠告したり、仲間を集めて藍河国王に圧力をかけることもできたんだ。
ゲームの黄天芳と柳星怜は、国を滅ぼすほどの人間だった。
国を愛する兄上が、ふたりを放っておくはずがない。
ふたりが国を傾ける前に止めてくれたはず。
そうなれば、ふたりの破滅エンドは回避できた。
つまり兄上──黄海亮は、藍河国の重要人物なんだ。
もちろん、兄上に転生のことは話せない。信じてもらえないだろうし……俺がおかしくなったと思われる可能性もある。
逆にそのことが『黄天芳破滅エンド』へのルートに繋がることだって考えられる。
「兄上はご自分に、歴史を変える力があることを自覚すべきです!!」
だから、俺が兄上に言えるのはこれだけだ。
「兄上……いえ、
「わ、私が!? 未来を左右するほどの人物!?」
「そうです!!」
俺は兄上の手を握った。
父さまほどじゃないけど、ごつい手だった。武人の手だ。
「兄上の力で、ぼくたちと黄家を守ってください。藍河国を支えてください。いないほうがいいなんて、そんなことを言わないでください!!」
「……天芳。お前は、そこまで私のことを」
「いなくならないでください。決して、死なないでください!」
『
星怜を後宮に入れることはなくなったかもしれないけれど、次の藍河国王が似たような女性を
ぶっちゃけあの人は、星怜みたいな女性が好みなわけだし。
そうなったら、国は荒れる。
兄上には、そんな国を支えてもらわなきゃいけない。
それに、黄家の未来のこともある。
ゲームには
でも、兄上が登場しないのは不自然だ。
万が一、兄上がゲームに登場できなくなるような危機がこの先訪れるなら、絶対に回避しなきゃいけない。
『藍河国崩壊エンド』や『黄天芳破滅エンド』を避けるために。
「どうか、ぼくたちに力を貸してください。黄家が幸せな未来をつかむために」
「天芳……お前は、黄家の未来のことまで……」
「危機はどこから来るかわかりません」
「あ、ああ。そうだな」
「ぼくは、兄上がいない未来なんてまっぴらです」
「……そ、そうか」
「ぼくが間違えたら、
「…………あぁ」
「わかってくれましたか?」
「ああ……わかった。わかったとも」
兄上は俺の肩に手を乗せて、うなずいた。
「お前の考えはわかった。天芳。私から言うことは、もうなにもない」
「ありがとうございます。兄上」
「私も……お前に恥ずかしくないように生きなければな……」
「兄上?」
「いや、なんでもない。時間を取らせて悪かった」
そう言って、兄上は部屋に戻って行ったのだった。
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次回、第8話は、明日のお昼くらいに更新する予定です。
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