天下の大悪人に転生した少年、人たらしの大英雄になる -傾国の美少女たちと、英雄軍団を作ります-

千月さかき

第1章

第1話「天下の大悪人、前世の記憶を取り戻す」

 運命なんか信じない。

 でも、自分を変えるような出会いは、実際にあった。

 それはある日、銀色の髪の少女の姿でやってきた。


「親友の子を引き取ることになったのだ」


 父上が彼女を連れてきたのは、早春の午後のことだった。

 ぼくたちが住んでいるのは大陸の北にある、藍河国あいかこく

 父上はこの国の将軍をしている。


「数日前に亡くなった柳家りゅうけの子でな、身寄りがないので、わしが引き取ることにしたのだ。年齢は13歳だ。お前よりひとつ下になるな。天芳てんほう


 そう言ったのは、ぼく──こう 天芳てんほうの父上だった。

 父上は長いヒゲをなでながら、大声で話している。


 父上の後ろには銀色の髪の少女がいた。

 大きな声におびえるみたいに、身体を縮めている。


 不思議な子だった。

 どこかで、会ったことがあるような気がした。


 ……そんなはずないよな。

 銀色の髪と、赤みがかった瞳の少女なんて、一度会ったら忘れるはずがない。

 初対面のはずなんだけど……。


「どうした天芳。あいさつをせぬか」

「は、はい。父上」


 ぼくは急いで姿勢を正した。


「ぼくは黄家の次男、こう 天芳てんほうです。父上が決めたのなら、これから君はぼくの家族だ。よろしくね。えっと……」

「……は……ぃ。わたし……は」


 女の子は目を伏せたまま、小さくなにかを口にした。

 彼女の声が聞き取れなかったので、ぼくは父上の顔を見上げた。

 すると、父上は、


「この子の名前はりゅう星怜せいれいという」

「はい。わかりました」


 ぼくは父さまと星怜に拱手きょうしゅした。

 拱手きょうしゅはこの国で使われている、両手を重ねるあいさつだ。


「これからよろしくね。星怜せいれい

「…………」


 銀髪の少女──星怜は答えない。

 青色のほうをまとい、胸に手を当ててうつむいてる。


 きれいな子だった。年は、ぼくよりも少し下くらい。

 窓から差し込む光を受けて、銀色の髪が輝いて見える。

 彼女は赤みがかった目で、じっとこっちを見てる。


 うちの父上は、この国を守る将軍のひとりだ。だから、たくさんの部下がいる。

 父上は大きな身体とボサボサの髪とヒゲが特徴で、怖そうに見えるけど、とても優しい。部下の人たちからも信頼されてる。


 そんな父上だから、親友の子どもを引き取ることになったたんだろう。


「……りゅう、せいれい、です」


 しばらくして、女の子……星怜せいれいは父上の背中に隠れたまま、答えた。

 うん。初めての家だから、緊張するよね。

 この子は実の両親から離れてうちに来たんだから、きっと事情があるんだろう。

 仲良くできたらいいな。


「えっと……えっと」


 星怜は意を決したみたいに、前に出て、


「……おせわに、なります」


 それから、ぼくに向かって、深々と頭を下げた。


「めいわくをかけないように、します。どうか、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いするね」

「……はい」


 星怜は、ほっとしたみたいに、ため息をついた。

 でも、表情は固い。

 なんとか笑おうとして、うつむいて、それからまた、父上の後ろに隠れてしまった。


 やっぱり、きれいな子だった。

 大人になったら、すごい美人になるだろうな。


 表情が固いのは……緊張してるのか、それとも……笑うのが苦手なのかな。

 そういえば、笑わない美女って、どこかにいなかったっけ。


 昔……遠い昔、どこかで見たような気がする。

 銀色の髪と、赤みがかった目をした──笑わない美女。

 



 ──銀色の髪と、赤みががかった目の……笑わない美女。

 ──星怜が成長した姿。

 ──国を滅ぼす、傾国けいこくの美女。




 ……あれ……どうしたんだろう。

 頭が、痛い。


「どうしたのだ、天芳?」

「な、なんでもありません」


 いけない。父上の前で、おかしなところは見せられない。

 黄家こうけの次男として、ちゃんとしないと。


 それに、星怜を不安にさせるわけにはいかない。

 彼女は家族のひとりとして、この家で暮らすことになるんだから。

 ぼくが変なところを見せたら、彼女が不安に思うかもしれない。


 今は、星怜は緊張してるけど、すぐに家になじめると思う。

 うちは貴族みたいなものだけど、格式張ってるわけじゃない。

 父上は気さくな人で、母上も優しい。兄上は真面目すぎるところはあるけれど、星怜には親切にしてくれると思う。

 この家なら、星怜も落ち着いて暮らせるんじゃないかな。



 ──違う。

 ──黄天芳と柳星怜には、別の運命が待っている。



 ……まただ。

 なんだろう。この頭痛。

 深いところから、変な記憶が浮かび上がってくる。



 ──柳星怜りゅうせいれいは、歴史に名を残す美女。

 ──その美貌びぼうにより、国王を夢中にさせて、国を誤らせる。

 ──まさに傾国けいこくの美女。

 ──天下の大悪人こう天芳てんほうとともに藍河国あいかこく崩壊ほうかいさせて、英雄たちに誅殺ちゅうさつされる者。


 ──それが、柳星怜りゅうせいれいだ。



「……おい天芳? 顔色が真っ青だぞ?」


 気づくと、父上がぼくの顔をのぞきこんでいた。

 ぼくは慌ててかぶりを振って、


「大丈夫です。ぼくは、なんともありません」

「ならばよい。とにかく、星怜と仲良くしてやるのだぞ」

「はい。父上」


 ぼくはちゃんと拱手きょうしゅをする。

 星怜は……心配そうな顔で、ぼくを見てる。


 それから父さまと星怜は、母さまの部屋に向かった。

 ぼくは部屋に戻り……気づくと、寝台ベッドに倒れ込んでた。


 身体が、うまく動かなかった。

 大事なことを思い出しそうな気がした。

 これからのぼくの運命を左右する、すごく大切なことを。


 それは──



「……ここって中華風ファンタジーシミュレーションRPG『剣主大乱史伝ヒストリー=オブ=ソードマスター』の世界じゃないか!?」



 俺は・・きて、そんな言葉を口にしたのだった。







剣主大乱史伝ヒストリー=オブ=ソードマスター (略称:HOS)』は、中華風の世界で戦うシミュレーションRPGだ。

 ゲームの舞台は大国である藍河国あいかこくと、それを取り巻く諸勢力だ。



 ──大陸のほとんどを支配する大国、藍河国。

 ──しかし藍河国は暗愚あんぐな王と、奸臣かんしん黄天芳こうてんほうによって天命を失った。

 ──あまたの英雄よ立ち上がれ!

 ──邪悪なる奸臣かんしんを討ち取り、新たな国を打ち立てるのだ!



 ゲームのキャッチコピーは、こんな感じだった。


 プレイヤーの目的は、仲間を集めて育成して、藍河国の首都に攻め込むこと。

 そして、王宮にいる大悪人、黄天芳を倒すことだ。


 藍河国はおろかな王が即位したことで、傾き始めた。

 原因は柳星怜が、王の後宮に入ったことだ。


 新たな国王は柳星怜に夢中になり、政務を放り出すようになる。

 役人だった黄天芳こうてんほうは、王の妹への寵愛ちょうあいを利用して、権力をその手中におさめる。


 そのことにより、国は大混乱におちいる。

 あちこちで反乱が起き、北の異民族が侵攻を繰り返す。


 人々を救うために主人公が立ち上がるところから、ゲーム『剣主大乱史伝』はスタートする。


 プレイヤーの目的は大陸中を旅して仲間を集めること。

 武器や防具を入手して、さらには武術書を手に入れて、自分と仲間を強化していく。

 最終目的は国の首都に攻め込み、天下の大悪人、黄天芳を倒すことにある。


『剣主大乱史伝』は人気のゲームだった。俺も夢中になってプレイしてた。

 難易度は高かったけど、面白かった。

 お気に入りのキャラを育てて、大陸全土を駆け巡るのが楽しくて、時間を忘れてプレイしていた。

 慣れてくると、弱いキャラで工夫して勢力を広げたり、短時間クリアを目指したりしていた。


 どうやって、藍河国を立て直すか……逆にほろぼして、新しい国を建てるか。

 ずっと、そんなことを考えていたような気がする。


 ……やっと、思い出した。

 星怜に出会ったことで、前世の記憶を取り戻せたみたいだ。


 ゲーム中に、柳星怜が登場するイベントは結構あったからな。

 銀色の髪と赤い目の美女が国王を操り、逆らう者を処刑したりしてた。

 あれは間違いなく、成長した星怜の姿だった。


 ……でも、ここがゲームの世界ってことは、俺は転生したってことだよな。

 俺は前世で、日本に住んでいた。

 それは間違いない。ちゃんと覚えてる。


 ……いつ死んだんだっけ?


 ずっと俺を放り出していた両親が戻ってこなくて、進学できないとわかって……それで家を飛び出して……それから……。

 ……思い出せない。


 いや、前世のことはいい。

 問題はこの世界のことだ。まずは、今の状況を確認しよう。


 今世こんせでの俺の名前は、黄天芳こうてんほう

 藍河国あいかこくの将軍、こう英深えいしんの次男だ。

 年齢は14歳。

 住んでいるのは首都の北臨ほくりん


 ……間違いない。

 俺は『剣主大乱史伝』に登場する、天下の大悪人に転生してる。


 黄天芳のことはよく覚えている。

 ゲームに登場する英雄たちは、みんな奴のことを話していたからだ。

 例えば──



君側くんそくかん、黄天芳!! 貴様が権勢をふるったことで、どれだけ民を苦しめたと思っている!!』


『集え兵よ! 天命は我らにくだった! 今こそ宿敵、黄天芳を誅殺ちゅうさつし、天下を我らの手に!!』


『貴様の妹、柳星怜りゅうせいれいは国王と運命を共にした。なのにまだ命を惜しむか。奸賊黄天芳かんぞくこうてんほう!! ならばその首を落としてくれる!!』




「 (うわああああああああああっ!!)」


 俺は寝台ベッドに転がる。

 叫び声は毛布を顔に押しつけてこらえた。


 まずい。まずいまずいまずいますい!

 このままだと、俺は天下の大悪人として殺される!


 ゲームの中で星怜は……確か王妃になっていたはずだ。

 そして黄天芳はその兄として、権勢をふるいまくっていた。


 自分の気に入った者を取り立てるのは当たり前。

 勝手に軍を動かして、逆らう町や村を攻撃したりもした。

 あまりの傍若無人ぼうじゃくぶじんぷりに、国は恐怖に包まれる。


 一方、星怜はその美貌びぼう手練手管てれんてくだで王を骨抜ほねぬきにする。

 残酷ざんこくな性格の星怜に、人々の恨みの声は届かない。

 逆に彼女は、人々が苦しむのを見て、よろこぶようになる。


 やがて黄天芳は、自分に逆らう者への弾圧をはじめる。

 その結果、藍河国は崩壊ほうかいしていく。


 ここまでが『剣主大乱史伝』のプロローグだ。


『天下の大悪人、黄天芳を滅ぼせ!』を合図に集まった英雄たちは、勢力を拡大して、やがて首都、北臨ほくりんへと兵を進める。

 ……で、どうなるんだっけ?


 確か、エンディングが3種類あったはずだ。

 英雄たちが北臨を陥落かんらくさせて、藍河国王を捕らえた場合は──



『藍河王と柳星怜は、英雄たちによって討ち果たされた。

 捕らえられた黄天芳は、市中で牛裂うしざきの刑 (両腕を牛に結びつけ、その後、牛を左右に走らせる刑)に処されるのだった』



 首都を陥落させずに、藍河王の部隊だけ倒した場合は……?



『藍河王は自害した。だが、傾国けいこくの美女星怜は行方知れずとなった。

 大悪人、黄天芳は天下の大道たいどうに吊された。

 人々は奸賊に石を投げつけながら、時代が変わったことを実感するのだった』



 ……確か、英雄たちが敗北するバッドエンドがあったはず。

 その場合、黄天芳は……?



『北方の異民族は、ついに藍河国へと攻め込んだ。

 人々は新たな大乱の気配におののくばかり。

 藍河王と星怜は北方へと連れ去られ、道には馬車にかれた黄天芳の遺体が転がるのであった』



「(ああああああああああああっ!?)」



 思い出した。かんっぺきに思い出した。

 黄天芳は死ぬ。

 しかも、牛裂きの刑に処される、吊られて石を投げられる、道ばたで轢死体れきしたいになるの3択で。


 いや……でも、おかしい。

 黄家うちは別に権力には執着しゅうちゃくしてない。

 父上の親友の子どもの星怜を、後宮なんかに入れるわけがない。


 父上は顔は怖いし声も大きい。ひげもじゃで、夜道で出会ったら子どもが泣き出すような顔をしてる。戦場では鬼神のような活躍を見せてる。

 悪い人じゃない。親友の子どもを、後宮に入れることを許すとは思えない。


 兄上は俺と3つ違いの18歳。名は海亮かいりょう

 父上を尊敬していて、後継者になるための修行をしてる。

 真面目な人だから、星怜を邪魔に思ったりはしないだろう。


 俺の母上──玉四ぎょくしだってそうだ。

 優しい母上が、星怜を誰かに差し出したりは絶対にしない。


 じゃあ……俺か?

 俺の性格がゆがんで、星怜を出世のために利用するようになるのか?

 それとも……そうしなきゃいけないようなことが、これから起こるのか?


「…………まずい。このままだと、殺される」


 なんとかして、星怜が後宮に入るのを防ぐしかない。

 タイムリミットは……今の藍河王が亡くなって、太子が即位するまで。


 太子が即位したとき、もう星怜は後宮に入っていた。

 即位したのは確か……太子が28歳のときだったはず。

 太子は今は18歳だから、あと10年。つまり、今はゲーム開始の10年前ということになる。


 この10年間で、俺の運命が決まる。


 とにかく、星怜を後宮に入れないようにしないといけない。

 万が一、彼女が後宮に入ることになったとしても……性格がゆがまないようにしないと。

 そのためには──


「よし、星怜を大事にしよう」


 星怜は家族を亡くしたばかりだ。そのせいで残忍な性格になるのかもしれない。

 だったら、彼女を徹底的てっていてきに大切にしよう。

 人を傷つけたりしない、いい子に育てるんだ。


 あとは……いざという時に、逃げる手段を確保しておこう。

 ゲームに登場する黄天芳は最弱クラスのキャラだ。


 黄天芳が戦うのは一度だけ。ラストバトルのときだ。

 奴は威勢のいいセリフを吐いたあとで、英雄たちに捨て身の攻撃をする。

 もちろん最弱だから、攻撃は空振る。

 その後は90パーセントの確率でプレイヤーの反撃を受けて、一撃で再起不能リタイア

 あとはエンディングまで一直線だ。


 黄天芳が弱いのは、奴には内力ないりょく──いわゆる『気の力』がないからだ。

『剣主大乱史伝』の攻略には気の力と、属性が重要になってくる。


 属性は相性を現すものだ。

 木・火・土・金・水の5属性があって、それぞれに有利不利が存在する。

 また、属性によって武器が使えたり、使えなかったりもする。


 だけど、黄天芳には、属性が存在しない。


 内力は魔力のようなものだ。

 身体や武器を強化するのに使われる。強い武器や技を使うにも、ある程度の内力は必要だ。


 なのに、黄天芳の内力はゼロ。

 ラストバトルで無様に倒されるのが役目だから、絶対にプレイヤーが勝てるように設定されている。ひどい。


「…………確かに、今の俺には内力がないんだけど」


 小さいころから何度も調べてきた。

 でも、俺には『気の力』──内力がなかった。将軍の子どもなのに。


 生まれてから14年の間『次男とはいえ、黄家の子息が内力も使えないようでは困る』って、父さまの部下に言われてきた。正直、きつかった。

 ゲームの黄天芳が大悪人になったのは、そのコンプレックスのせいかもしれない。


 ……よし。なんとかして、内力を身につけよう。

『剣主大乱史伝』には武術書というアイテムがある。

 手に入れることで、武力や知力、内力がアップするものだ。

 まずはそれを手に入れて、それから『逃走用の武術』を身に着けることにしよう。


「……方針は決まった。これでいこう」


 ひとつ。家族になった星怜を大事にする。

 ふたつ。内力をアップさせる武術書を手に入れる。

 みっつ。逃走用の武術を身に着ける。


 これで『黄天芳破滅エンド』は回避できるはずだ。


 大悪人になるのも、死ぬのもごめんだ。

 権力は求めずに生きていこう。

 できれば地方の小役人になって、乱世が終わるまでやりすごせればいい。


 破滅の運命に負けるわけにはいかない。

 二度目の人生だ。なんとか乗り切ってみせよう。


 俺はひそかに、そんなことを決意したのだった。



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