天下の大悪人に転生した少年、人たらしの大英雄になる -傾国の美少女たちと、英雄軍団を作ります-
千月さかき
第1章
第1話「天下の大悪人、前世の記憶を取り戻す」
運命なんか信じない。
でも、自分を変えるような出会いは、実際にあった。
それはある日、銀色の髪の少女の姿でやってきた。
「親友の子を引き取ることになったのだ」
父上が彼女を連れてきたのは、早春の午後のことだった。
ぼくたちが住んでいるのは大陸の北にある、
父上はこの国の将軍をしている。
「数日前に亡くなった
そう言ったのは、ぼく──
父上は長いヒゲをなでながら、大声で話している。
父上の後ろには銀色の髪の少女がいた。
大きな声におびえるみたいに、身体を縮めている。
不思議な子だった。
どこかで、会ったことがあるような気がした。
……そんなはずないよな。
銀色の髪と、赤みがかった瞳の少女なんて、一度会ったら忘れるはずがない。
初対面のはずなんだけど……。
「どうした天芳。あいさつをせぬか」
「は、はい。父上」
ぼくは急いで姿勢を正した。
「ぼくは黄家の次男、
「……は……ぃ。わたし……は」
女の子は目を伏せたまま、小さくなにかを口にした。
彼女の声が聞き取れなかったので、ぼくは父上の顔を見上げた。
すると、父上は、
「この子の名前は
「はい。わかりました」
ぼくは父さまと星怜に
「これからよろしくね。
「…………」
銀髪の少女──星怜は答えない。
青色の
きれいな子だった。年は、ぼくよりも少し下くらい。
窓から差し込む光を受けて、銀色の髪が輝いて見える。
彼女は赤みがかった目で、じっとこっちを見てる。
うちの父上は、この国を守る将軍のひとりだ。だから、たくさんの部下がいる。
父上は大きな身体とボサボサの髪とヒゲが特徴で、怖そうに見えるけど、とても優しい。部下の人たちからも信頼されてる。
そんな父上だから、親友の子どもを引き取ることになったたんだろう。
「……りゅう、せいれい、です」
しばらくして、女の子……
うん。初めての家だから、緊張するよね。
この子は実の両親から離れてうちに来たんだから、きっと事情があるんだろう。
仲良くできたらいいな。
「えっと……えっと」
星怜は意を決したみたいに、前に出て、
「……おせわに、なります」
それから、ぼくに向かって、深々と頭を下げた。
「めいわくをかけないように、します。どうか、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いするね」
「……はい」
星怜は、ほっとしたみたいに、ため息をついた。
でも、表情は固い。
なんとか笑おうとして、うつむいて、それからまた、父上の後ろに隠れてしまった。
やっぱり、きれいな子だった。
大人になったら、すごい美人になるだろうな。
表情が固いのは……緊張してるのか、それとも……笑うのが苦手なのかな。
そういえば、笑わない美女って、どこかにいなかったっけ。
昔……遠い昔、どこかで見たような気がする。
銀色の髪と、赤みがかった目をした──笑わない美女。
──銀色の髪と、赤みががかった目の……笑わない美女。
──星怜が成長した姿。
──国を滅ぼす、
……あれ……どうしたんだろう。
頭が、痛い。
「どうしたのだ、天芳?」
「な、なんでもありません」
いけない。父上の前で、おかしなところは見せられない。
それに、星怜を不安にさせるわけにはいかない。
彼女は家族のひとりとして、この家で暮らすことになるんだから。
ぼくが変なところを見せたら、彼女が不安に思うかもしれない。
今は、星怜は緊張してるけど、すぐに家になじめると思う。
うちは貴族みたいなものだけど、格式張ってるわけじゃない。
父上は気さくな人で、母上も優しい。兄上は真面目すぎるところはあるけれど、星怜には親切にしてくれると思う。
この家なら、星怜も落ち着いて暮らせるんじゃないかな。
──違う。
──黄天芳と柳星怜には、別の運命が待っている。
……まただ。
なんだろう。この頭痛。
深いところから、変な記憶が浮かび上がってくる。
──
──その
──まさに
──天下の大悪人
──それが、
「……おい天芳? 顔色が真っ青だぞ?」
気づくと、父上がぼくの顔をのぞきこんでいた。
ぼくは慌てて
「大丈夫です。ぼくは、なんともありません」
「ならばよい。とにかく、星怜と仲良くしてやるのだぞ」
「はい。父上」
ぼくはちゃんと
星怜は……心配そうな顔で、ぼくを見てる。
それから父さまと星怜は、母さまの部屋に向かった。
ぼくは部屋に戻り……気づくと、
身体が、うまく動かなかった。
大事なことを思い出しそうな気がした。
これからのぼくの運命を左右する、すごく大切なことを。
それは──
「……ここって中華風ファンタジーシミュレーションRPG『
『
ゲームの舞台は大国である
──大陸のほとんどを支配する大国、藍河国。
──しかし藍河国は
──あまたの英雄よ立ち上がれ!
──邪悪なる
ゲームのキャッチコピーは、こんな感じだった。
プレイヤーの目的は、仲間を集めて育成して、藍河国の首都に攻め込むこと。
そして、王宮にいる大悪人、黄天芳を倒すことだ。
藍河国はおろかな王が即位したことで、傾き始めた。
原因は柳星怜が、王の後宮に入ったことだ。
新たな国王は柳星怜に夢中になり、政務を放り出すようになる。
役人だった
そのことにより、国は大混乱に
あちこちで反乱が起き、北の異民族が侵攻を繰り返す。
人々を救うために主人公が立ち上がるところから、ゲーム『剣主大乱史伝』はスタートする。
プレイヤーの目的は大陸中を旅して仲間を集めること。
武器や防具を入手して、さらには武術書を手に入れて、自分と仲間を強化していく。
最終目的は国の首都に攻め込み、天下の大悪人、黄天芳を倒すことにある。
『剣主大乱史伝』は人気のゲームだった。俺も夢中になってプレイしてた。
難易度は高かったけど、面白かった。
お気に入りのキャラを育てて、大陸全土を駆け巡るのが楽しくて、時間を忘れてプレイしていた。
慣れてくると、弱いキャラで工夫して勢力を広げたり、短時間クリアを目指したりしていた。
どうやって、藍河国を立て直すか……逆にほろぼして、新しい国を建てるか。
ずっと、そんなことを考えていたような気がする。
……やっと、思い出した。
星怜に出会ったことで、前世の記憶を取り戻せたみたいだ。
ゲーム中に、柳星怜が登場するイベントは結構あったからな。
銀色の髪と赤い目の美女が国王を操り、逆らう者を処刑したりしてた。
あれは間違いなく、成長した星怜の姿だった。
……でも、ここがゲームの世界ってことは、俺は転生したってことだよな。
俺は前世で、日本に住んでいた。
それは間違いない。ちゃんと覚えてる。
……いつ死んだんだっけ?
ずっと俺を放り出していた両親が戻ってこなくて、進学できないとわかって……それで家を飛び出して……それから……。
……思い出せない。
いや、前世のことはいい。
問題はこの世界のことだ。まずは、今の状況を確認しよう。
年齢は14歳。
住んでいるのは首都の
……間違いない。
俺は『剣主大乱史伝』に登場する、天下の大悪人に転生してる。
黄天芳のことはよく覚えている。
ゲームに登場する英雄たちは、みんな奴のことを話していたからだ。
例えば──
『
『集え兵よ! 天命は我らに
『貴様の妹、
「 (うわああああああああああっ!!)」
俺は
叫び声は毛布を顔に押しつけてこらえた。
まずい。まずいまずいまずいますい!
このままだと、俺は天下の大悪人として殺される!
ゲームの中で星怜は……確か王妃になっていたはずだ。
そして黄天芳はその兄として、権勢をふるいまくっていた。
自分の気に入った者を取り立てるのは当たり前。
勝手に軍を動かして、逆らう町や村を攻撃したりもした。
あまりの
一方、星怜はその
逆に彼女は、人々が苦しむのを見て、よろこぶようになる。
やがて黄天芳は、自分に逆らう者への弾圧をはじめる。
その結果、藍河国は
ここまでが『剣主大乱史伝』のプロローグだ。
『天下の大悪人、黄天芳を滅ぼせ!』を合図に集まった英雄たちは、勢力を拡大して、やがて首都、
……で、どうなるんだっけ?
確か、エンディングが3種類あったはずだ。
英雄たちが北臨を
『藍河王と柳星怜は、英雄たちによって討ち果たされた。
捕らえられた黄天芳は、市中で
首都を陥落させずに、藍河王の部隊だけ倒した場合は……?
『藍河王は自害した。だが、
大悪人、黄天芳は天下の
人々は奸賊に石を投げつけながら、時代が変わったことを実感するのだった』
……確か、英雄たちが敗北するバッドエンドがあったはず。
その場合、黄天芳は……?
『北方の異民族は、ついに藍河国へと攻め込んだ。
人々は新たな大乱の気配におののくばかり。
藍河王と星怜は北方へと連れ去られ、道には馬車に
「(ああああああああああああっ!?)」
思い出した。かんっぺきに思い出した。
黄天芳は死ぬ。
しかも、牛裂きの刑に処される、吊られて石を投げられる、道ばたで
いや……でも、おかしい。
父上の親友の子どもの星怜を、後宮なんかに入れるわけがない。
父上は顔は怖いし声も大きい。ひげもじゃで、夜道で出会ったら子どもが泣き出すような顔をしてる。戦場では鬼神のような活躍を見せてる。
悪い人じゃない。親友の子どもを、後宮に入れることを許すとは思えない。
兄上は俺と3つ違いの18歳。名は
父上を尊敬していて、後継者になるための修行をしてる。
真面目な人だから、星怜を邪魔に思ったりはしないだろう。
俺の母上──
優しい母上が、星怜を誰かに差し出したりは絶対にしない。
じゃあ……俺か?
俺の性格がゆがんで、星怜を出世のために利用するようになるのか?
それとも……そうしなきゃいけないようなことが、これから起こるのか?
「…………まずい。このままだと、殺される」
なんとかして、星怜が後宮に入るのを防ぐしかない。
タイムリミットは……今の藍河王が亡くなって、太子が即位するまで。
太子が即位したとき、もう星怜は後宮に入っていた。
即位したのは確か……太子が28歳のときだったはず。
太子は今は18歳だから、あと10年。つまり、今はゲーム開始の10年前ということになる。
この10年間で、俺の運命が決まる。
とにかく、星怜を後宮に入れないようにしないといけない。
万が一、彼女が後宮に入ることになったとしても……性格がゆがまないようにしないと。
そのためには──
「よし、星怜を大事にしよう」
星怜は家族を亡くしたばかりだ。そのせいで残忍な性格になるのかもしれない。
だったら、彼女を
人を傷つけたりしない、いい子に育てるんだ。
あとは……いざという時に、逃げる手段を確保しておこう。
ゲームに登場する黄天芳は最弱クラスのキャラだ。
黄天芳が戦うのは一度だけ。ラストバトルのときだ。
奴は威勢のいいセリフを吐いたあとで、英雄たちに捨て身の攻撃をする。
もちろん最弱だから、攻撃は空振る。
その後は90パーセントの確率でプレイヤーの反撃を受けて、一撃で
あとはエンディングまで一直線だ。
黄天芳が弱いのは、奴には
『剣主大乱史伝』の攻略には気の力と、属性が重要になってくる。
属性は相性を現すものだ。
木・火・土・金・水の5属性があって、それぞれに有利不利が存在する。
また、属性によって武器が使えたり、使えなかったりもする。
だけど、黄天芳には、属性が存在しない。
内力は魔力のようなものだ。
身体や武器を強化するのに使われる。強い武器や技を使うにも、ある程度の内力は必要だ。
なのに、黄天芳の内力はゼロ。
ラストバトルで無様に倒されるのが役目だから、絶対にプレイヤーが勝てるように設定されている。ひどい。
「…………確かに、今の俺には内力がないんだけど」
小さいころから何度も調べてきた。
でも、俺には『気の力』──内力がなかった。将軍の子どもなのに。
生まれてから14年の間『次男とはいえ、黄家の子息が内力も使えないようでは困る』って、父さまの部下に言われてきた。正直、きつかった。
ゲームの黄天芳が大悪人になったのは、そのコンプレックスのせいかもしれない。
……よし。なんとかして、内力を身につけよう。
『剣主大乱史伝』には武術書というアイテムがある。
手に入れることで、武力や知力、内力がアップするものだ。
まずはそれを手に入れて、それから『逃走用の武術』を身に着けることにしよう。
「……方針は決まった。これでいこう」
ひとつ。家族になった星怜を大事にする。
ふたつ。内力をアップさせる武術書を手に入れる。
みっつ。逃走用の武術を身に着ける。
これで『黄天芳破滅エンド』は回避できるはずだ。
大悪人になるのも、死ぬのもごめんだ。
権力は求めずに生きていこう。
できれば地方の小役人になって、乱世が終わるまでやりすごせればいい。
破滅の運命に負けるわけにはいかない。
二度目の人生だ。なんとか乗り切ってみせよう。
俺はひそかに、そんなことを決意したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます