パラサイト

maria159357

第1話宿主




パラサイト

宿主


      登場人物


        康史


        縁


        吾朗


        アクル


        ルイス


        英之


        セント


        エンダ


        トワナ
































何より大事なのは、人生を楽しむこと。


幸せを感じること、それだけです。


        オードリー・ヘップバーン




































 第一爪【宿主】




























 この世に存在しているかもしれない。


 しかし、それを信じる者は少ない。


 彼らは確かに存在しているのに、見た者はいないからだ。


 いや、いないわけでは無いのだろうが、口を噤んでしまうのだ。








 「さっきの話って、どういうことなの、ルイス?」


 茶髪の長い髪の女が、男に尋ねる。


 「どうもこうも、話した通りだ」


 女の質問に、青い髪の男が答える。


 その男の横にいた、赤茶色のはねた髪をしている男は口角を上げて笑う。


 「セント、話は簡単だろ?単に狩りが始まるってだけのことだ」


 そしてもう一人、金髪のちょっとぼさぼさの髪をした女が口を開く。


 「ルイスも英之もそう簡単に言うけどさ、セントは詳細を聞きたいんじゃないの?」


 青髪の男は足を伸ばして寛ぎながら、人差し指を自分の口元に当てた。


 「愉しみはとっておくもんだ」


 すると、ジリリリ、と激しい音を立てて電話が鳴った。


 「アナログな音にしてるのね」


 「ああ、お気に入りだ」


 青髪の男が電話に出ると、何回か相槌を打ったあと電話を切った。


 「さてと、楽しい楽しいパラサイト狩りを始めるとするか」








 ―某実某所


 「・・・・・・」


 康史は、これから来る真冬に備えての上着を買いに行こうとしていた。


 カーキ色のニット帽をかぶり、そこから綺麗な黄土色の髪が靡く。


 「あーあ。結構するんだよなー、こういうのって。安くならねーかな。誰かのお古とかくれねーかな」


 お洒落に気を使うような性格ではなく、洋服などにお金はかけない。


 だが、何年も同じ物を着ていると、やはりフワフワというか、フカフカというか、そういう着心地がなくなってくる。


 最近ではテレビ番組で、ぺしゃんこになった服を蘇らせる、なんてことをしているが、出来ればやってほしいものだ。


 無気力極まりない康史にとっては、新しい服を買った方が楽、ということだ。


 「やっぱ黒かな」


 黒のダウンを手に取り、値段と相談をしていると、店員さんに声をかけられた。


 「このダウン、今年の流行りなんですよー。とっても温かいし、こうやって丸めればコンパクトになるんですよー」


 「は、はあ。すごいっすね」


 自分のことなんて放っておいてくれ、と心の中で叫ぶ。


 そして最初から買おうと思っていたその黒のダウンを手にレジに並び購入した。


 「あー、まじ勘弁」


 買い物の時に声をかけてほしくない康史は、今日なぜ声をかけられてしまったのか、というところの反省会を一人で行う。


 「お兄さん、今暇?」


 「は?」


 人通りの少ない道を歩くことを好む康史の前に、一人の金髪女性が現れた。


 「(俺カモられる?)」


 「暇じゃないけど」


 「ねえ、お兄さん、飼ってるでしょ?わかるんだよね、私」


 「はあ?犬も猫も何も飼ってねーけど」


 「ふふ、そうじゃなくてさあ・・・」


 モゾモゾと動き出したかと思うと、女性の口からおびただしい数の何かの足が出てきた。


 足と共に出てきたのが胴体で、長い。


 女性は平然としたままだが、女性の足も同様に変化していく。


 「!?なんだ、これ!?」


 「パラサイト、ムカデよ」


 「よ、よくわかんねーし、気持ち悪―し」


 確かに、目の前の女性の口から出てきたのは、普通のムカデよりは大きいが、ムカデだ。


 「うげ。足いっぱい」


 「ごめんなさいね。恨みはないけど、これも研究の為なの」


 「研究?」


 女性から出てきたムカデ以外にも、小さなムカデまで数十匹が出てきて、康史を取り囲んだ。


 「さあ、大人しくしててね」


 康史の頭上に、身体半分を起き上がらせたムカデがいる。


 そして、そのまま康史を潰す勢いで倒れてきた。


 それよりも、足が気持ち悪いが。


 「!!!」


 ドシン、と体重と重力に従って落ちてきた大きな身体は、地面に軽くめり込む。


 女性は康史の生存を確認しようとムカデに近づいてみる。


 「あら?」


 だが、そこに康史の死体もなにもなかった。


 「お譲さん、お探しのものはこれかい?」


 「・・・・・・」


 降ってきた声の方に顔を向ければ、そこには男がいた。


 一人は女性同様の金髪の髪で、もう一人は赤の前髪に真っ黒な後ろ髪を持った男だ。


 後者の手には康史が猫のように首根っこを掴まれている。


 「誰?邪魔をしないでもらえる?」


 「それは出来ないね。黙って見過ごすなんて真似、俺は出来てもこいつが出来ないんでね」


 そういって、男は金髪の男の方を親指で示した。


 「あんたたち、誰?」


 康史に聞かれると、男たちは特にそこで名を答えることはなかった。


 「あいつ片づけたらゆっくり説明するからよ。ちょいと待っててくれ」


 そう言うと、金髪の男が女性の前に下りて行った。


 「・・・なるほどね。あなたたちも、ってことね」


 「お手柔らかに、ムカデ女」


 すると、金髪の男の口からなにやら太い殻がついたような足が出てきた。


 そこには無数の細く小さい毛も生えている。


 男の口から姿を見せたのは、ムカデほどの大きさの蜘蛛だった。


 ムカデが蜘蛛に向かってくると、蜘蛛は口から糸を沢山出し、ムカデの動きを止めた。


 小さいムカデも次々に蜘蛛の糸に身体を巻き取られていき、蜘蛛がムカデを喰らった。


 それはとても気持ち悪い光景で、吐き気がするものだった。


 女性はその場から逃げ去っていく。


 金髪の男のもとに向かうと、その男の家に向かった。


 「で、でかい家」


 「だろ?こいつすげーんだよ」


 「黙ってろ」


 最初は気付かなかったが、金髪の男の目はオッドアイになっているようだ。


 右目は青で、左目は緑になっている。


 「その辺に座ってくれ」


 「お前の家じゃないだろ」


 よくわからない男の家に上がり込んでしまったが、康史は大人しくソファに腰掛ける。


 まず、赤と黒の髪の男が口を開いた。


 「俺は吾朗。こいつは縁。お前は?」


 「俺は、康史。さっきの奴は何?それにあんたも・・・」


 まるで自分の家のように、足を組んで両手をソファの背もたれに広げて乗せている吾朗は、その横で同じように足を組んで腕組をしている縁と視線を合わせた。


 そして吾朗はぐっと身体を前のめりにし、指をお腹の前で交差させる。


 「俺達はパラサイトって言ってな、体内に寄生虫みたいなものを持ってるんだ。いわば宿主になってるってことだ」


 「宿主?・・・なんか習った様な、習って無い様な」


 「産まれたときからDNAに組み込まれてる、今なお解明されてない現象だがな。なにせ、親は普通の人間なのに、子供がこうやってパラサイトになってるんだからな」


 自分の分の紅茶だけを用意して飲んでいた縁は、カップを置いて語る。


 「寄生箇所は人によって異なる。脳だったり腕や足、心臓に神経、皮膚なんかにも寄生してる。およそ十万分の一の確率で産まれてくると言われてる」


 「十万分の一?それがこんなにいるのか?」


 「だから、それが問題なんだ。俺達みたいに自然に生まれたパラサイトならまだしも、あいつらみたいに人工的に作られたパラサイトは、何をしでかすか分からない。基本的な能力としては、共食い、重複寄生として体内に二つまでは寄生させられる、他にも宿主と寄生には優劣関係があるとかな」


 淡々と冷静に話す縁は、また紅茶を口にして口内を潤す。


 「で、さっきの奴は、なんで俺を?」


 康史の質問に、今度は吾朗が答える。


 「きっとお前も何かに寄生されてんだ。あいつらはパラサイト狩りを始めたから、気をつけないとな」


 続けて、縁が話す。


 「あいつらは俺達みたいな自然寄生された人間から寄生部分のみを除去し、別の人体に移植する実験をするつもりだ。自分を守ろうとするなら、殺るか、殺られるか、だ」


 「そんな・・・」


 急に非日常な話しをされても、どうにも理解出来ないものだ。


 いや、理解は出来ているのかもしれないが、康史の頭は多少混乱していた。


 自分は今まで何の変哲もないただの普通の人間だと思って生きていたのだから。


 どうしたものかと考えていると、部屋のドアが開いた。


 ちょこん、と顔をのぞかせた一人の少女。


 誰だろう、と思ったものの、その特徴的な髪型で誰の妹かなどすぐに分かった。


 「お兄ちゃん!発見!」


 「おー、見つかっちまったか」


 それは吾朗の妹だった。


 すごく、すごく髪が吾朗に似ていて、吾朗より髪が長いだけだ。


 顔は全く違うにしても、分かりやすい。


 「これ、妹のアクルな。こいつも同じパラサイトだから」


 「そうなの!見て!」


 そう言って、アクルが見せた姿は、なんとも可愛らしい癒し系のものだった。


 「これって、猫、っすか?」


 「そ。でも重複寄生だから、猫と犬。ま、どっちもどっちだよな。怖くねーし」


 そう言ってポンポンとアクルの頭を撫でながら、吾朗は笑う。


 アクルの頭からは耳が飛びだし、尻尾も出している。


 なにより、ネコ目になっている。


 「縁兄ちゃん、お腹空いたー」


 「吾朗になんとかしてもらってよ。ただでさえ人ん家に勝手にあがってきてさ、誰に似たんだろうね、吾朗?」


 「さー?こんな不躾な奴、家にはいねーと思うんだけどなー」


 そんなこんなで、康史は縁と吾朗、そしてアクルと接点が出来たのだ。


 いつまた襲われるか分からないと言う事で、縁の家に居候させてもらうことになった。


 「わーい!お兄ちゃんが増えた!」


 「吾朗兄ちゃんが一番好きだろ?」


 「縁兄ちゃん!ケーキ食べたい!」


 「材料揃えて勝手に作ってくれる?」


 「吾朗兄ちゃんが作ってやろうか?こう見えても結構家庭的・・・」


 「いやー!縁兄ちゃんが作ったのが食べたい!美味しいんだもん!」


 「・・・康史、俺を慰めてくれる?」


 「あ、ああ」








 「それで、逃げてきたんだ?エンダ?」


 「ご、ごめんなさい。邪魔が入ったのよ。今度はしくじらないわ」


 「・・・いや、もういいんだよ」


 金髪の女性、エンダは逃げて帰ると、すぐさま気絶させられた。


 そして気付くと台の上に、手術着を着せられて横になっていた。


 手足はがっちり縛られていて、解けない。


 頭上に現れた青髪の男、ルイスは物腰柔らかないつもの表情のまま。


 にっこりと笑みを浮かべたままのルイスは、ふと誰かが手術室に入ってきたのか、ドアの方に顔を向けた。


 「やあ、頼んだよ」


 「お任せあれですー。なにせ、私と先生は一心同体!絶対に失敗などありえないのですから!」


 「あれ?アリーナ、俺お気に入りのクツ下知らない?」


 「あのシンプルで女性受けが良さそうなクツ下でしたら、捨てておきましたのです!」


 「なんでぇぇぇぇぇ!?」


 「先生が私以外の女性と密会したときに穿いていたクツ下など、この世から抹殺しなければいけないのです!」


 「痴話喧嘩は後でゆっくりしてもらえる?」


 入ってきた二人は、エンダもよく知っていた。


 先に入ってきた女はアリーナと言って、左目に眼帯をつけたピンク髪をツインテールにして結んだ不思議キャラである。


 その後から入ってきた先生と呼ばれた男は謙一といって、この実験棟の変態医師である。


 紫の短髪をしていて、アリーナとは恋仲なのかは不明だ。


 常に夫婦のような会話をしているが、実際に二人の間に恋愛感情があるのかは、定かではない。


 手術用のピッタリした手袋を手にはめると、謙一はエンダの顔を覗き込んできた。


 「おーおー。残念だよ、エンダ。でも君のパラサイトはちゃんと保存して、別の人工移植に使わせてもらうからねー」


 「痛くないのですよー。麻酔無しでいきますからねー」


 「じゃあ、後は頼んだぞ」


 ぷしゅー、とドアが閉まると、本当に麻酔無しでエンダの身体にメスを入れ始めた。


 「ぐあッ・・・!」


 激痛が走り、エンダのパラサイトを寄生させていた腹部を広げ、手を中に入れる。


 耳に響くその音が、なんとも吐き気を催す。


 「はっけーん。アリーナトレイ出して」


 「了解でありますー」


 びしっと敬礼をして、アリーナは謙一の横にトレイを差し出す。


 そこに取り出されたものを置いた。


 「すぐに精製水に浸しておいてな。いつもの棚に置いといて」


 「わかりましたであります」


 アリーナが出て行くよりも前に、エンダは意識を手放していた。


 謙一はエンダのお腹を結び直す。


 「よし、それと・・・」


 薬品が並ぶ棚を開けると、そこから注射器と何かの薬の入った小瓶を取り出した。


 小瓶に入っている液体をスポイトで少しシャーレに移しかえると、そこにまた別の液体を混ぜた。


 そして注射器で混ぜたものを吸い上げると、エンダの首筋に挿入する。


 「ごめんなー、エンダ。でも、仕方ないんだよ」


 その時、またドアが開いた。


 「終わったか?」


 「うん。終わったよ」


 「ちゃんと記憶も消したんだろうな?」


 「ぬかりないよ」


 「そうか。じゃ」


 ルイスがちょいちょいと指を動かすと、赤茶の髪をした英之が来た。


 そしてエンダの拘束されていた手足を解放すると、肩に担ぐ。


 「捨てるとこ、見られねーようにな」


 「あいよ」


 英之が出て行くと、ルイスと謙一はアリーナの向かった部屋へと行く。


 暗証番号と指紋認証、声紋に瞳まで使って頑丈なドアを開ければ、アリーナが骸骨の骨を食べていた。


 「アリーナ、つまみ食いはダメだろ」


 「小腹が空いてしまったのです。ごめんちゃい」


 部屋には幾つもの棚があり、その棚には透明の大きい瓶が並べられていた。


 「これで幾つくらいだ?」


 「大体二十五ってとこかな?どれもこれも人工物だから、いつ腐るかも分からない代物ばかりだけどね」


 「ホルマリンに漬けておけば良いだろう」


 「ホルマリンは色が抜けちゃうだろー。分かってないなー。色彩あってこそだからね。それに、精製水で生きられないようなら、どうせそこまでの寄生虫ってことだよ」


 未だ分かっていないパラサイトの生体。


 移植できることは分かっているが、成功率は天文学的数値に低い。


 かつて、五分五分の確立で成功を続けていた研究者がいたが、すでに亡くなり、その最後の実験例は見つかっていないとか。


 パラサイトの遺伝子を研究しているが、今なお謎が多く存在している。


 「お前の美意識は良いとして、なにか研究に必要なものはあるか」


 「嬉しいなー。それならね・・・」








 「アクル、あんまり走るんじゃないの」


 「お兄ちゃんたち遅いー!早くしないとチケット売りきれちゃいよー!」


 康史たちは、なぜか遊園地に来ていた。


 アクルがどうしても行きたいと言いだし、それを吾朗は拒めないのだった。


 「悪いな、付き合わせて」


 困ったように笑いながら謝る吾朗に、縁は平然と答える。


 「いつものことだろ」


 子供のころに来て以来だろうか。


 こんな風にのんびりと遊園地を見て回るなんてこと、滅多にない。


 きっと自分に子供でも出来て連れてくるとなるとあるのだろうが。


 子供のころははしゃぐことに必死で。


 「あれ乗りたい!」


 「あ?ジェットコースターか?ありゃ身長制限あるだろ」


 「乗れない?」


 「ギリセーフくらいか?」


 アクルは平均身長よりも低いため、年齢が同じ子が乗れたとしても、アクルだけ乗れない、なんてことがしょっちゅうだ。


 一応連れて行ってみると、案の定、ちょっと身長が足りなかった。


 「しかたねーだろ」


 「だってー」


 「あれは?あの気持ち悪くなるやつ」


 そう言って吾朗がアクルに提案したのが、コーヒーカップだった。


 メリーゴーランドでも良いとは思うのだが、吾朗はコーヒーカップの方に乗りたいようだ。


 「あれ乗る!」


 「吾朗に似て単純」


 だだだ、とかけていくアクルの背中に、縁がぼそっと言った一言は、康史にしか聞こえていないだろう。


 四人で仲良く乗ることになったのは良いとして、康史はこれが苦手だ。


 何故かって、理由は明白。


 先程吾朗が言っていたように、気持ち悪くなるからだ。


 昔から乗り物酔いをする康史にとって、地獄の時間も同然だった。


 しかも、アクルが無邪気にカップの中のハンドルを笑いながら回すものだから、吐き気マックス。


 「ああ、可哀そうに。アクルの犠牲者が出たよ」


 「大丈夫か、康史?」


 「なんとか」


 顔を青くしながらベンチに座っている康史の背を、吾朗が優しく摩る。


 縁が買ってきてくれた水を飲み、新鮮な空気を吸って。


 「あれ?」


 ふと、あの五月蠅いアクルの姿が見えない。


 「縁、アクルは?」


 「トイレじゃないのか」


 だが、しばらく経ってもアクルは戻ってこなかった。


 迷子センターに行って呼んでもらおうかとも思った康史たちだったが、吾朗の携帯に届いたメールを見てそれを止めるのだった。


 『妹はモルモットとしてこちらで預かる』


 「あいつはモルモットじゃねえ!犬猫だ!」


 「まず吾朗、そこじゃない」


 文面から、アクルが連れ去られたのは明らかだった。


 大の大人が三人もいて誘拐されてしまうなんて、なんて情けないことだろう。


 「多分、あいつらだな」


 縁の言葉に、康史と吾朗は黙った。


 縁の言う“あいつら”というものに心当たりがあったからだ。


 きっとそうだ。康史を狙ってきた奴らに違いないと。


 「おい吾朗」


 「なんだ」


 「アクルは携帯なんて持って無いよな?」


 「・・・持ってる」


 「持ってんのかよ」


 それなら迷子センターに行かなくてもそもそも良かっただろうなんて、今はどうでもよい。


 「だけど、電源入ってるかわかんねーよ?あいつ親父に似てそういうの疎いから。携帯をハンカチに包んで持ち歩いてんだ」


 「やってみるしかないだろ。ハンカチに包んであるなら奴らに見つからないかもしれないしな」


 とにかく早く遊園地を出た。


 そして縁の家に帰ると、縁は二階から自分用のパソコンを持ってくる。


 すると、何かカチカチ始めて、アクルの携帯番号からGPSを辿ろうとしていた。


 その手際のよさに、初めてではないんだろうことを悟る。


 決して口には出せないが。


 「よし。電源は入ってるみたいだ」


 それを見ていることしか出来ない康史だが、アクルの身に何も起こらないことを祈るのだ。








 「お兄ちゃんは!どこなの!早くお家に帰って今日はハンバーグ食べたいの!」


 「良い子だからちょっと大人しくしててね?」


 「アクル良い子だけどヤダ!縁兄ちゃんの作ったハンバーグぅぅぅぅぅう!!それにひじきとチョコパフェェェェェェェェェェ!!!!食べたいィィィィィィィ!!」


 連れてきたのは良いものの、目の前の少女は落ち着きが全くない。


 なんとか宥めようと人形や玩具を与えてみるが、五分で飽きてしまう。


 しまいにはお腹が空いたと騒ぎだし、正直言ってお手上げ状態だった。


 「セント、うるせぇよ」


 「そんなこと言っても」


 「おーおー。そんなに泣いてちゃあ、可愛い顔が台無しだな」


 そう言いながら、ルイスは慣れた手つきでアクルの目から零れる涙を拭いだした。


 すると、アクルはキョトンとした顔になる。


 これでようやく静かになる、そう思っていたのだが。


 「お兄ちゃん、女っ誑しだ」


 「・・・・・・」


 返ってきた言葉に、思わずルイスは手を止める。


 近くにいたセントも目をぱちくりさせる。


 ルイスはにこりとした表情をなんとか崩さないで、またアクルに話しかける。


 「俺は紳士。ジェントルマンだ。分かるな?女誑しとは違う」


 「紙一重でしょ?お兄ちゃんが言ってたもん。それに、自分のことをジェントルマンだなんて言う人に良い奴はいないって言ってた」


 「・・・・・・」


 兄妹でどんな会話を、いや、まだ幼い妹に何を教えているのかと、ルイスは目を細める。


 「お兄ちゃんはね、女の子大好きなんだけど、でも告白されるといっつも断るの。変だよね。それに、縁兄ちゃんのこと大好きっていうと怒るの。でもね、縁兄ちゃんはとっても料理が上手でね、文句言いながらも頭撫でてくれるし、いけないことすると怒ってくれるの。すっごく怖いけど!」


 「・・・・・・セント」


 「はい」


 さすが女の子と言うべきなのだろうか。


 その終わりそうになりマシンガントークに、ルイスは降参した。


 残されたセントは棚に隠していたお菓子に手を伸ばす。


 「はい、これ食べる?」


 「わーい!バウムクーヘンだ!」


 疑う事もなく、アクルは手渡されたお菓子を口へと運んだ。


 もふもふと食べてると、おかわりも貰った。


 五個食べたところで、アクルは眠気に襲われ眠ってしまった。


 「・・・寝たか?」


 「ええ。睡眠薬入りのお菓子をこんなに食べるなんて」


 「謙一、アリーナ、早くしろ」


 ひょこっと顔を出した謙一とアリーナは、眠っているアクルを連れて部屋を変えた。


 手足を簡単に縛って動けないようにすると、アクルの腕から血液を抜きだす。


 「アリーナ、コレ検査かけて」


 「はいはいー」


 アクルの頭には脳波測定を行う器具を取りつけ、パソコン上で確認をする。


 服を脱がせてレントゲンを撮ったりMRIを行ったり。


 「さてさて。面白い結果が出てるといいんだけどなー」


 楽しそうに、子供のようにワクワクした表情を浮かべる謙一。


 「これでもっと良質の人工物が出来ると尚良いんだけどなー」


 アクルは未だ目を覚まさず、ぐーすかと寝ているのだった。








 「おい、どこだ?特定出来たか?」


 「もうちょっと待て。俺だって専門家じゃないんだ」


 「それは分かってるがよ」


 妹が誘拐されたとあって、吾朗はいつも以上に落ち着きがなくなっていた。


 「お茶淹れてきた」


 「お、サンキュ」


 康史は何も出来なかったので、とりあえず簡単にお茶を淹れてきた。


 ぐいっと一気に飲んだ吾朗は、少しは落ち着いたのか、ぐるぐると部屋を歩き回っていたが、ソファに腰かけた。


 そしてしばらく待つと。


 「よし、ここだ」


 「わかったのか!?」


 縁はパソコンを持ったまま立ち上がる。


 「吾朗運転」


 「はいさ」


 そう言えば、縁の家の外には車もあったことを思い出した。


 縁の両親はいないのかとか、普段の生活はどうしているのかとか、聞きたいことなら山ほどあるが。


 玄関に無造作に置いてあった鍵を手にすると、吾朗はエンジンをかけた。


 そして助手席に縁が乗りこみ、康史は後部座席に乗った。


 「あの信号を右」


 縁の指示に従って運転する吾朗。


 住宅街から離れると、アクルの携帯が示す場所へと辿りついた。


 「ここのはずだ」


 三人が車から下りると、そこは廃屋のような病院だった。


 もうすでに使われてはいないのだろう。


 夏には肝試しスポットになりそうな場所であった。


 吾朗は一人さっさと歩いて行く。


 「吾朗、焦るな」


 「わかってら」


 「・・・・・・」


 どんどん歩いて行く吾朗たちに着いて行く康史だが、正直、自分が着いて行ったところで何が出来るかなんてわからなかった。


 きっと吾朗の縁も自分が何に寄生されているか知っているのだろうが、康史は知らないのだから。


 「人ん家で何してる」


 こつ、と足音が聞こえてきたかと思うと、三人は顔を上にあげた。


 渡り廊下だったのだろうか、頭上にある廊下に備わっている手すりによりかかるようにして、一人の青髪の男が立っていた。


 「堂々とした不法侵入だな」


 「お前は誰だ!アクルを返せ!無事なんだろうな!」


 「・・・アクル?・・・ああ、あのガキのことか。まあ、多分まだ無事かな?」


 「まだってなんだよ!お前ロリコンか!」


 「・・・兄妹そろって馬鹿なのか」


 悠然と喋っている男に、吾朗が喰ってかかる。


 だが、目を細めて呆れたようにため息を吐く。


 男の気持ちがわからないでもない康史は、同情の目を向けるのだった。


 「俺はルイス。そこにいるのは英之とセントだ。まあ仲良くやってくれ」


 「そこ?」


 ふと周りを見ると、赤茶色の髪の男と、黒くて長い髪の女がいた。


 「殺しはするなよ。鮮度が落ちる」


 「わかってるよ」


 じりじりと近づいていくる二人に、康史は思わず後ずさる。


 すると、英之という男は真っ黒な影を覆うと共に、大きな鎌が出現した。


 鎌にはおびただしいほどの血液がついており、床に滴り落ちる。


 一方のセントは徐々に毛深くなっていき、人狼となった。


 四足でこちらを睨む迫力はすごいものだ。


 「やるしかねーってか」


 そう言うと、縁は以前見たように蜘蛛を出し、吾朗は・・・。


 「何それ」


 「クジャクだ」


 「え?それって戦えるの?」


 「綺麗だろ」


 こいつまじか、と心の声が漏れないようにしつつ、康史はその吾朗から生えた色とりどりの羽根に見とれる。


 「クジャクは毒があるから、なんとかなるんだよ」


 縁の説明に、まあまあ納得。


 「(でもなあ)」


 康史がそう思うのも無理はなく、縁は戦いに適しているとしても、吾朗の姿を見る限り、戦えそうには見えない。


 そうこうしてる間に、セントが縁に襲いかかってきた。


 なぜ吾朗に行かないのかって。


 それは簡単なことで、きっと関わりたくないのだ。


 それよりも、康史は一人アクル探しに行こうと決めた。








 「よしよし。よく眠ってるね」


 「熟睡なのです。安眠安眠」


 ぐっすり寝ているアクルは、手術台の上に寝かされていた。


 一向に起きる気配のないアクルに、謙一もアリーナも準備にとりかかる。


 「摘出後、この子はどうするのですか?」


 「あ、なーんも考えてなかったなー。どうする?」


 涎を垂らしながら幸せそうに笑って寝ているアクルを眺め、二人は考えるのだ。








 「どこだろ。縁に詳しく聞いとけば良かったな」


 目的地もわからぬまま歩いていた。


 だが、もとは病院ということもあってか、部屋を一つ一つ回るだけ。


 地下室や隠れ部屋がない限り、きっといつか見つけられるだろう。


 「誰かの見舞いか?」


 「・・・・・・」


 二階にあがってすぐのころ、その男は現れた。


 再び目にしたその青い髪に、康史は名前を懸命に思いだす。


 「あの子はどこにいる?」


 「あの子?ガキのことか?まあ知ってるが、教えるわけねーよな?」


 ゆっくりと康史に近づいてくると、ルイスは康史のことをじっくり観察する。


 その視線がなんとも心地悪く、康史は身体を捻って睨みつける。


 「お前もか。どんなパラサイトだ?」


 「・・・知らない」


 「未発掘か。もったいねーなあ。自分がどれほど価値のある人間か、わかってねーだろ。使いこなせれば他の人間なんてわけねーんだぜ?」


 「価値があるかはどうでも良いし、別に誰かに喧嘩売ろうとか考えたこともないから」


 「ほー。じゃあ、大人しくソレ、俺達に譲っちゃくれねーかい」


 「それは御免だ」


 刹那、ルイスの瞳に宿った殺気に、康史はごくりと唾を飲み込む。


 「(こいつは何だ?蛇?ライオン?熊?)」


 予想をたてながらルイスの攻撃に対応しようと思っていた康史だったが、その時、三階から悲鳴が聞こえてきた。


 アクルのものではないが、きっと誰かがいるのに違いない。


 「ちっ」


 ルイスがそれに舌打ちをすると、一階から縁と吾朗が走ってきた。


 その後ろからは英之とセントが追って来ている。


 英之がセントの背に乗っている。


 その姿はまるで・・・


 「ものの・・いてっ」


 「言うな」


 「さっき聞こえてきた方に行ってみよう。ルイスもそっちに行ったからな。きっとアクルもそこにいる」


 「まじか!」


 縁の言葉を聞くと、吾朗は本気モードになったのか、一人突っ走って行ってしまった。


 先に声のした部屋へと着いたルイスは、乱暴にドアを開ける。


 「おい!何事だ!」


 「あーん、ルイス!怖かったー」


 「ルイスー!俺も超怖かったー!びっくらこいたぜ!」


 ドアを開けた瞬間、自分に飛びかかってきた謙一とアリーナを避け、ルイスは奥の様子を見る。


 「あ?どこのどいつだ?いつどうやってここに入った?」


 そこには、アクルを救出した一人の女がいた。


 長い黒髪を後ろの高いところで縛っていて、アクルを横抱きにしている。


 「俺は男だ」


 「ああ?どう見たって女だろ?」


 「男だ」


 ルイスの言う通り、どう見ても女だが、本人は男だと言い張っている。


 自分を男だと思っている女か、もしくは性同一性障害というやつかと聞けば、それも違うようだ。


 正真正銘の男だと言い張った。


 「まあそれはどっちでも良いんだよ。そいつを返しな。手荒なことはしたくねーんだよ」


 「断る」


 確かに、良く聞いてみれば声は男かもしれない。


 「着いたー!!!!アクル!どこだ!」


 「ちょ、まじで早い」


 「久々に全力疾走した」


 すぐさま男に横抱きされているアクルを見つけると、吾朗は男の手から受け取る。


 「無事みたいだな」


 縁がひょこっと顔を出してアクルの様子を見ると、次いで男に目をやった。


 後ろからは苛立ったようなルイスの声が聞こえてくる。


 「女のくせに生意気なことするんじゃねーっての。しばくぞ」


 「だから女じゃない」


 「ああ、男だよな」


 ルイスと男の間に入ったのは、吾朗だった。


 その吾朗の言葉に、男もルイスも目をキョトンとさせる。


 「え?だってこいつから女の匂いしねーもん。確かに見た感じ綺麗な姉ちゃんだけどな。疑うなら上半身見せりゃいいんじゃね?」


 「断る」


 「吾朗、早くして」


 縁と康史はすでに逃げる準備をしていて、吾朗もそれに気付くと急いでアクルを抱いたまま走った。


 階段を駆け降りるなんてこともせず、ジャンプして下りる。


 男も康史たちの後ろを着いてきた。


 「捕まえろ」


 ルイスの命に、英之とセントは動く。


 「やっべえぞ!人狼足早ぇーな!」


 セントが牙をむき出しにして康史たちに襲いかかってきた。


 ここで終わるのか、と思ったのは束の間、何も衝撃は来なかった。


 あの男が助けてくれたのか、と思っていた縁と吾朗だったが、それは違った。


 「やす、ふみか?」


 康史は自分でもびっくりしていた。


 自分の身体から紙のようなものが出てきたかと思うと、その紙が形を変えて鬼へとなったのだ。


 あまりにも迫力のあるソレに、その場にいた全員が動きを止めた。


 鬼はセントと英之に向けて手を伸ばすと、掴みあげて壁に投げるように激突させた。


 それを見ていたルイスは目を丸くし、その後口元を高ぶりにまかせて歪ませる。


 二人が伸びてしまうと、鬼は今度ルイスへと視線を向ける。


 「ここを壊されちゃあ、たまったもんじゃねーな」


 その頃、康史はどうすれば落ち着くのかを縁と吾朗に聞いていた。


 「とにかく心穏やかにしろ」


 吾朗は後ろに乗って、自分の膝にアクルの頭を置いて寝かせている。


 縁が運転をし、康史は珍しく慌てていた。


 ふーふー、と静まれ静まれと願っていると、そのうち鬼は消えた。


 その時にはすでにアクルが捕まっていた病院からもある程度距離は離れていたし、五人はそのまま帰って行った。


 ただ一人、残念そうにしている男はいたが。


 「で、なんであんたまで乗ってるの?」


 そう言って縁がバックミラーを見ると、そこには吾朗とアクルの他に、あの男が乗り込んでいた。


 「お前たちは自然のパラサイトだな」


 「そうだけど、あんたは?」


 「俺はトワナ。俺はあいつらと一緒で、人工的に作られたパラサイトだ。あいつらのしていることを止めようと思って行ってはみたら、そこで寝てる子を見つけたんだ」


 「ふうん。まあ、寄って行くならお茶くらい出すけど」


 「縁!当然だろ!アクルを助けてくれたんだぜ!」


 「いや、別に。それよりあんた」


 「え?」


 急に声をかけられ、康史はバックミラーで視線を交わす。


 「あんたのソレ、式神だな」


 「し、式神?」


 よくテレビやアニメなどで聞くが、実際のところよく知らない。


 「宿主によって異なる形を見せる式神は、未だ謎も多い。変幻自在に姿を変えられる式神は、あいつらもきっと欲しがってるだろうな」


 トワナの言葉を最後に、車の中は静まり返った。


 縁の家に着くと、アクルをソファに横に寝かせる。


 心配そうにする吾朗を他所に、縁と康史は別のソファに腰掛けた。


 トワナは窓に寄りかかり、カーテンをちらっと開けて外を見る。


 「早く起きねーかな」


 「起こしたいんだったら、お前の作った不味い料理の匂いでも嗅がせてやれ。きっと本能的に危険を察知して起きるんじゃないのか?」


 「なるほどなー・・・、って俺の手料理を馬鹿にしやがって」


 「落ち着かないならお茶でも入れなよ」


 「さっき車の中でお茶でも入れる、って言っていたくせに、俺に入れさせるんだな」


 文句を言いながらも、吾朗はキッチンへと向かってお湯を沸かし始める。


 「あの、トワナ?」


 思い切って、康史が声をかける。


 ゆっくりとこちらに目をやるトワナは、寂しそうにも見える。


 「因縁でもあるの?さっきの奴らに・・・」


 「・・・・・・そうだな。その話をするか」








 「おい、これ見ろ」


 「なんだ?」


 「髪の毛。きっとこの長さ的に、あの男のだ」


 「・・・調べておけ」


 「性別も確認しとく?」


 「分かること全部調べろ」


 「はいはい」


 ルイスは、暗闇へと消えていく。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る