第10話
ランチは海辺でのピクニックになったが、豪勢な五段弁当とは真逆の質素な病人食になっている。無論、これらを準備したのは
今回の日帰り旅行の参加者はほぼ全員が患者であるため、いきなり豪勢な食事をありつけては調子を崩してしまわないかという懸念があったとのこと。
これを見て、開口一番に不平不満を垂れる亮ではあったが、
「これ以上文句を言い続ける人には、お食事が没収されますよ」
「いただきまぁーす!」
「うーんとね。みおはねぇ、また皆と手を繋いで歩きたい!」
満面の笑みで返された幼い顔を曇らせないように、全員一致でその希望に応えることになった。
先程と同様、亮と姫がそれぞれ、みおの左手と右手を繋いで、四人と一緒に浅瀬を歩く。ただし、靴の中まで汚すわけにはいかないから、みおと姫は裸足のまま。
三人がみおの小さな歩幅に合わせるようにして、歩き続けていた時。彼女は急に口数が減り、幼い顔には似合わない小さな息を吐き出す。
「……みおちゃん、眠いの?」
「ううん。まだ疲れてないよ」
「……無理しなくてもいいんだからね」
その碧眼には、微かな憂いが揺れていた。提案者の一人として、単純みおの体調を心配していることが他の二人にも伝わった。
「……疲れたらちゃんと言って。
「マイターお姉ちゃんが?」、と期待の眼差しと共に
ずっと入院していたせいで、両親に甘えられる機会が極端に少ないからこそ、こういった触れ合いへの憧れは人一倍強いだろう。ころりと変わった彼女の反応を見て、
「ええ、今申し込めば『本日限定メイドにおんぶしてもらう無料券』がついてきますよ」
「え、めっちゃお得じゃないカ! 私も欲しいッ! 滑り込みで申し込みまぁース!」
「数量限定でかつ女性のみでお渡ししていますので。申し訳ございませんが、下郎にはご遠慮願いたい」
「そ、それって、他の男なら渡してたってコト?! くうー、羨ましいイィィィ!」
「マイターお姉ちゃん、おんぶしてぇ〜」
みおは亮の大袈裟な芝居を無視して、自ら二人から手を離して、
いいですよ、と彼女がその小さな身体に背中を向けながら屈み込む。みおが乗ったのを確認して、ゆっくりと立ち上がる。
「わーい、お姉ちゃんとお兄ちゃんよりも高くなったぁ〜!」
「……まさかみおちゃんを見上げる日が来るとはね」
「ハハハ、偉く高くなったねえー、みおちゃん」
二人は
「感想がジジイ臭いでございますよ、下郎」
「そりゃあスンマセンねぇ」
「ではお嬢様、申し訳ございませんが下郎のことをお任せしてもよろしいでしょうか」
「……ええ、分かったわ」
姫がそう答え、ハンドルを握ると、亮がフッフッフという変な笑いをする。
「ようやく私たちだけの二人きりのお時間デスネ、姫。どうです。これから一緒にホスピタル・ディナーと洒落込もうじゃあないか」
「……それ、訳すと病院食になるんだけど」
「ハハハ、バレましたか」
「……英語なら私の耳は誤魔化されないよ。ほら、行きましょ」
「いざ、しゅっぱぁぁーつッ!」
亮の明るい声とは対照的に、ゆっくり車椅子を押し始める姫。茜色に染まる砂浜を歩き続けていると、徐々にみおの声は減っていって、やがて完全に消えてしまう。
「ひょっとしてみおちゃん、寝ちゃいました?
「そう聞かれましても、分かるはずがないじゃありませんか」
「ちょっぴりの間だけ、振り向いてくださいよ。そしたら、分かりますんで」
「全く仕方がありませんね」
嫌々と言いつつも、しっかりと亮の言葉を聞き入れて二人の方に振り返る。すると、彼女の肩口で静かに寝息を立てているみおのあどけない寝顔があった。
「……あ、ぐっすりと寝てる。かわいい」
みおの寝顔に近寄って、覗き込んで優しく微笑む姫。その安らかな様子にホッとしたことを他の二人にまで伝わった。
「ハハハ、それだけ疲れたんでしょう。連れてきてよかったですね」
「……ええ、本当に。やっと来れたもんね~」
姫は手を伸ばし、みおの頭を一撫でした。まるで実の姉のような、慈愛深い眼差しで。それだけ、彼女にとってみおが大切の存在なんだろう。
「……帰る前に一度洗い場に行って付着した砂を洗い流さないとね」
「お屋敷の車ですから、汚れたままでもワタクシめが責任を以て洗いますのに」
「……私がそんなことしない人間だって、知ってるでしょ?
「フフフ、そうでございましたね」と返事する
もう塞ぎ込んでいた頃とは違って、前向きな響きを帯びた声色だった。
「……じゃあ、帰ろっか」
姫が確認するように二人の顔を見比べると、普段相容れない二人が珍しく同意見。姫が車椅子のハンドルを握るのを横目で目視して、ゆっくりと歩き出す
みおの背を見守りながら車椅子を押している最中に、ふと亮が「また四人で一緒に来たいですね」と言い出す。
「……今度は、夏がいいね」
「ハハハ、いいですね。姫の水着姿を拝むことができたら、是が非でも行かないと」
「……あはは、何それ」
その言葉を聞いて、亮も内心でホッとした。
姫の心はもう談話室に縛られていなく、少しずつ未来に向かって進んでくれたこと。
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