第4話

 三人がプレイした途中でみおの担当看護師が迎えに来た。ご両親がお見舞いに来たとのことゲームは一旦中止。姫はちょっと休憩したいと席から立ち上がったそばから、亮は別のゲームを起動した。


「お、何これ。めちゃくちゃ面白そうじゃないカ! 姫、次はこれをやりましょう!」


 彼が提案したのは、いわゆるサバイバルホラーゲームというやつだ。

 ゾンビが蔓延る屋敷の中に閉じ込められた主人公は、生き残るためにゾンビから逃げ回りつつ、世界の秘密を追求するといったミステリー要素を含んだ典型的なホラーゲーム。

 しかし、姫は物心ついた頃からこのような娯楽品に触れる機会がほとんどなかったため、彼が面白いと言った理由に共感できず、首を傾げるのみ。


 難易度を選択する画面でこれがソロー用のゲームだと知り、亮に操作を任せて、自分は隣で見ることとなった。姫はチラッと雅代まさよの方を見ると、


「…………」


 特にこれといった仕草を見せなかったので、視線を画面へ。彼女は何か新しいことをやり始める際には必ず雅代まさよから許可を取っていた。だから、そんな彼女がオーケーを出した以上、姫は大丈夫だろうと判断した。

 それが裏目に出たと分かったのは、ゲームが開始してから約三分が経った頃。


「いやあああああああああああ!! こっち来んなあああああ!!!」


「……」


「……ヨシ、今のうち…! やった、取れた! うぉおんぎゃあああああああ!! 待ち伏せえええええ!!! 聞いてないぞおおおおお!!!!」


「……」


「うわっ、あれをどうやって……。ええい、食らえ! 必殺、至近距離狙撃スーパー・チカイ・スナイプ・ショット!(※初期武器の拳銃なので必殺技がありません。そもそも設計上に必殺技なんて存在しません)

 ぅぎゃああああ、バレたああああああああ!!!」


「……」

 

 まだ序盤でしかないのに、すっかりクライマックスを迎えたかのような、室内には手汗が握るようなドキドキと緊張感が漂っている。いや、最高潮に達していると言っても過言ではないだろう。


 絶叫しまくる亮と、その隣で終始無言の姫。

 彼女は時折ビクッとしたりはしたけど、表情は依然として『無』のままだ。傍から見れば、彼女が珍プレーのオンパレードに内心で呆れているだろうと容易く推測できる。それ程までに、碧瞳は完全に死んでいるのだ。



 その一例を挙げるとすれば、以下のようになる。

 パニックの余りにうっかり初期武器を捨てしまったり、ゾンビ―を撃ったりせずマジマジと観察した結果、逆に襲われて食べられてしまったり。安全地帯であるセーフルームから雑魚敵を散々煽ったのに、いざボスの敵地に乗り込むとヒイヒイ喚いたり。

 切り抜き動画にしたら、大人気の配信者にも劣らないほど、どれも笑いを取れるシーンばかりだ。それなのに、隣の姫から笑い声が一切聞こえない。しかし彼は気を留めず、次々と披露していく。

 そう、彼自身もまた自分がプロデュースした茶番劇ショーに酔い痴れているのだ。


――それにしても、この組み合わせも段々見慣れてきましたね。

 雅代まさよはそう思いつつも、二人の様子を見守る。密かに姫の新鮮な反応を見たくて亮のゲームチョイスに黙認したとは言え、目当ての光景を見ることができず、心中ではかなりガッカリしている様子。


 それから二時間後、木村さんはいつものように彼を迎えに来た。二人は彼らを見送り、談話室に戻る。姫がゲームを終了させた後、雅代まさよは背中越しに質問を投げかけた。


「もうお部屋に戻られます?」


 しかし、その問いに答えが返ってくることはなかった。ふと姫を見やると、いつの間にか前に立たれていて内心でドキッとした。


「……ちょっと胸を借りてもいい?」


「Cのパイパイでもよろしければ、いくらでも差し上げます」


 だけど、変態じみた発言に姫は返事をせず、そのまま華奢な腰に腕を回して、雅代まさよの胸に顔を埋める。


「どど、どうかなさいましたか、お嬢様」


 そう尋ねる雅代まさよの声は冷静そのものではあるが、内心ではカオス状態。


――これは一体どういうことでございましょう。お嬢様からのハグ。いや、お嬢様がそうしてくるはずが。でも嗚呼、お嬢様からのハグ。ハグはハグしていて実にハグハグしているでございますね。お美事みごと


 久しぶりに最愛の主人に甘えられて、雅代は内心で大興奮したが、すぐにブレーキを掛けた。

 彼女の中で『メイドとしてのやるべきこと』と『長年涸渇していた萌えタンクの補充』を天秤に掛けたが、今更そんなことをしても何の意味を持つはずもなかった。

 何故なら姫に抱き締められた時点で既に昔のオタク感覚が呼び覚まされて、圧倒的に私欲の方に傾いたからだ。


 この至福の一時を一秒でも長く堪能しよう。雅代がそう思った矢先に、その後にやってくる啜り泣きにハッとなり、少しばかりの冷静を取り戻した。


「……こここここ、怖かったよぉ雅代まさよぉぉ」


 けれど、僅かな冷静も姫の甘えた泣き声の前では霞んでしまう。


「……雅代まさよ、あれは本当に創作ものなの。どうして人間はこんな怖いものを作れたの。奴らが一斉に襲い掛かってくるだなんて聞いてないよぉ。まさか、本当に実在したりとかないよね。グロいし気味が悪いし、もう見るだけでゾクゾクするし……。ううぅ、ゾンビ怖いよぉ……」


 その声は、雅代まさよの心にクリティカルヒット。姫の泣く姿に萌えている中で、彼女は先程の姫の様子を思い返して、ようやく理解した。


 どうやら姫は取り乱している人が身近にいると冷静になるタイプで。おまけに、グロ描写が多く、ホラーに耐性が皆無の彼女にとっては致命的だ。

 先程の彼女は恐怖のあまりに硬直しただけで、感じないわけではなかった。それが分かっただけで更に愛着が湧いたのはいいものの、この状況をどう受け止めたらいいのか、依然として不明瞭のまま。

 抱き返すのがメイドとして最適解なんだろうけど、雅代は内心で「ありがとうございます、神様」と連発するだけで、他に何かをする余力はもう残っていなかったらしい。


「……ぐずっ、本当に怖かったよぉ」


「グハッ」


 姫の涕泣は本物になってきたと同時に、雅代の心のHPが0になりそうだった。萌えすぎたあまりに、大好きな姫最推しの子尊死とうとしされる寸前になった。

 自分自身を暴走させまいとして、雅代は一切姫の身体に触れず、夢のようなシチュエーションを満喫しつつ、主人が落ち着くのを待つだけだった。



 翌日、雅代まさよからはホラゲー禁止令を下され、亮は不平不満を垂れながらも渋々と従った。しかし、ストーリーの続きが気になる姫にとって、それはある意味致命的である。

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