第2幕
Smile for me―――家族、襲来
第1話
その日を境に、亮は毎日のように談話室に入り浸るようになった。
時にカードゲームを遊び、時に数独選手権で争い、時にボーと空模様を眺め。三人で一緒に過ごすことが日常になっていた。
亮が二人に加わってから、今まで以上に7階以外でもよく姫の姿を見掛けるようになった。それが、どれだけのスタッフに安堵を与えたのかは、亮自身でさえ推し量られない。そのおかげもあってか、亮とみおの笑い声が廊下中に響き渡っても、注意する人は一人もいない。
姫自身にも変化があった。昔と比べて、よく表情を顔に出してくれるようになったけど、いずれもぎこちないものばかり。
それでも、二人は普段通りに接していた。時々、姫とみおのどちらかが寝込むこともあったが、残りの二人でも一緒に過ごすようにしていた。その間、彼は二人の病気について触れたことは一度もなかった。
そんなある日、ある女の子が本棟に訪れた。
赤錆色のポニテを揺らしながら、お見舞い品の詰まった袋をぶら下げていて。どうしようどうしよう、と悩ましげな様子を浮かべながら、途方に暮れている様子。
丁度、向かいからやってきた二人の看護師が彼女に気付き、声を掛けた。
「あの、何かお困りのようですが……」
「すいません。あの、302号室ってどこにあるのか、ご存知でしょうか」
片方の看護師が「ああ、あの」と言い掛けた途中でしまったといった顔をし、口を噤む。頭上でたくさんの疑問符が飛び交う女の子を見て、もう片方の看護師が慌ててフォローを入れることに。
「さ、302号室でしたら、そこを右に曲がってすぐですよ」
「あ、そうですか。ありがとうございます!」
腰を曲げ礼を述べ、去って行く女の子。そんな彼女が廊下の角に姿を消してから、二人とも同時にホッとして、歩みを再開させた。
「親族の方かな?」
「多分そうなんじゃない?」
「しかしアレと違って、しっかりしてるわねー」
「だねー」
そんな会話が交わされたことを知らずに、女の子は302号室の前に辿り着いた。今まで彼の入院費を稼ぐために忙しかった分、やっとお見舞いに来られただけあって、彼女の中には感慨深いものがあるようだ。
一ヶ月も会えなかったから、今頃枕を濡らしていたりして。そんなありもしない可能性に、女の子は小さな笑いを漏らす。
「へへへ、妹がお見舞いに来ましたよー、兄さん♪」
だけど、彼女がドアを開けると、その嬉々とした声色から度肝を抜かれたような声に一転。何度も室内に視線を往復させても、依然として無人のまま。
「いない?! どこに行っちゃったのよ、兄さん!」
袋が落ちたことも気付かず、ただ部屋の中を見つめる女の子。
ふと、彼女の脳裏にある台詞が蘇った。
『ハァーハハハ! 聞いてくれ、妹ヨ! 上京したら、私は東京の全ての女性をナンパしまくるゾ☆』
嫌な予感が彼女の頭をよぎり、一刻も早く兄さんを連れ戻さなければ、という一心で飛び出した。しかし、勢いで飛び出したのはいいものの、この広い病院の中でどうやって彼を探すのか見当もつかない。
だけど、あの兄さんのことだ。きっと、どこかで目立っているに違いない、と彼女は結論した。そして、その目論見が見事に当たったのは、彼女が患者同士のある会話を小耳に挟んだ時だった。
内容を掻い摘むと、ある金に似た黄色い髪のおかしな車椅子少年は、ここ最近“ガラス姫”という人物に付き纏っているらしい。
その人物は相当お金持ちらしく、なんでも常にメイドを後ろに控えさせているとのこと。まさか、と彼女は意を決し、二人に聞いてみることにした。
「あ、あの。すみません、ちょっといいですか?」
目撃情報を基に探すと、あっさりと目当ての人物を発見。
その人物が車椅子を漕ぎながら一方的に美人と話し込んでいるため、女の子の尾行に全く気付いていない様子。
一方、女の子は相手の美貌に驚き、思わず立ち止まってしまったほど。
――うわ、なんて綺麗な人……。
腰に届くほどの白髪が印象的な儚い美人。
彼女が同性相手にここまで見惚れるのは実は初めてで。不思議なことに、その美人に一切嫉妬心が芽生えず、ただ純粋に彼女の美しさに心が奪われただけである。
暫くすると、女の子はハッと我に返り、今は見惚れている場合ではないと悟り。早く
「
亮はその声に振り向くと同時に、見事に顔面にクリーンヒット。
「グホォォッ」
細身から出たと思えないほどの怪力に車椅子ごとぶっ飛ばされ、ぐるぐると回転して地面に突っ伏した。舌を噛んだ激痛に亮は涙目になりながら、ぷるぷる震える腕でなんとか身体を支え、襲撃者を見上げる。
「わ、我が愛しき妹、
「兄さんの見舞いに来たに決まってるじゃないですか! すみません、兄さんがご迷惑をお掛けしました! ほら、部屋に戻りますよ」
「イヤだ! もっと姫と話がしたい! おぅ、妹よ、いつの間にこんなに力持ちに……。姫、ヒメェェェエエエ!!」
亮の叫びが完全にフェードアウトするまで、姫と雅代は二人の背中を見送り続けた。
――兄妹揃って、まるで嵐のような人たちだ。
そんな感想がぼんやりと姫の脳裏をかすめる。
「……妹さん、すごいわね」
「さすが、あの下郎の妹って感じでございますね。……真似しないでくださいね」
「……真似したくてもできないよ。あれは」
彼女は口でそう言いつつも、二人が消えた方向に羨ましそうに見つめるのであった。
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