月から来たよ、かぐや彦

maria159357

第1話月





月から来たよ、かぐや彦

                     登場人物






                               かぐや彦


                               神楽


                               織姫


                               平岡 歩






























月は常に輝いている。それは見えないだけである。








































  第一笙 【 月 】
























 きっと想像出来ないだろう。


 いや、きっと誰もが想像さえしないかもしれない。


 太陽の位置によって輝き方を変える月。


 誰かが見つけた、もう一つの月。


 そこには人間と言って良いのかは定かではないが、人間の姿をした者が住みついていた。


 古風で紅を基調とした建物が、森や崖の至るところに建っている。


 美しい緑に囲まれたその建物の中に、飛びぬけて立派な社があった。


 誰もがその社を見て、うっとりと心奪われることだろう。


 その社から、煙が出ていた・・・。


 ―煙?


 「誰か!!!また彦様が逃げおおせたぞ!」


 「何だと!?今日は大事な祭典があるというの!!」


 バタバタと走りまわっている、白い着物の上に蒼い羽衣を纏っている、きっとこの社に仕えている者達。


 誰かを探しまわっているようだが、彦様と呼ばれた人物は、社から少し離れた大木の上で昼寝をしていた。


 「毎度のことといえ、騒がしい奴らだな」


 男は紫の首が隠れるくらいの長さの髪の毛を風に靡かせ、白を基調とした着物に、赤と紫の模様があり、その下には紫のズボンか何かを穿いていた。


 両耳に赤いピアスをつけ、目は青い。


 そして切れ長な瞳は青い色をしていて、左目下にはホクロがある。


 身長は百八十近くあるだろうか。


 「彦様―!彦様―!」


 彦様と呼ばれてはいるが、この男、彦という名ではない。


 正確に言えば“かぐや彦”というのだ。


 「もうよい。あやつはいなくても祭典は出来る。早く準備を始めよ」


 「はい、かしこまりました」


 かぐや彦はそのまま寝てしまい、起きた頃にはすでに祭典が始まっていた。


 興味はないのだが、耳は無意識に祭典の方へと向いている。


 「それにしても、実兄の彦様がいらっしゃらないなんて。本当に恥さらしも良いところですわ」


 「母様、兄貴はこういう場所を嫌いますから」


 「まあ、いいのよ、あの子のことなんて。私達には、正式な後継者の神楽さえいればよいの。ねえ、あなた?」


 「ああ。これで、織姫との婚礼も確実なものになったな」


 この会話でも分かる通り、かぐや彦は受け入れられていない。


 それを本人もわかっている。


 長男として産まれてきたかぐや彦だったが、すぐに忌み嫌われることとなった。


 それは、綺麗なはずの紫の髪の毛の色のせいだ。


 代々、黒髪家系であったはずだが、なぜかかぐや彦は紫色で産まれてきてしまった。


 そのため、本来はかぐや彦が座っているはずだった場所に、今、弟の神楽が座っている。


 神楽が生まれてからは、両親他も神楽をそれはとてもとても大事にしていた。


 本当はすぐにでも神楽に王位を渡したいところなのだろうが、法律によって十二になるまでは王位を引き継げないとなっていた。


 だから、十二になって今日この日、祭典を設けたようだ。


 かぐや彦自身、職位に興味はないので、特に反論も何もないのだが。


 ただ一人、かぐや彦を可愛がっていた実祖父は、もう亡き人。


 周りが異質だとかぐや彦を遠ざける中、祖父だけは一緒にいてくれた。


 木登りを教え、動物とも沢山接し、人とはいかに小さいものかと解いていた。


 『なに、気にすることはない。生きてるもの万物におき、同一のものなど存在せぬ。ほら、そんなむくれるな。そうじゃ、ここの木の実はな・・・』


 目を閉じれば、聴こえてくる懐かしい声。


 祭典が終わったようで、静かになった社に戻ったかぐや彦。


 自分の部屋に行く途中、部屋の前に一つの影を見つけた。


 「兄さん、何処に行ってたの?」


 「・・・どこでもいーだろー。俺だって暇じゃあねーんだよ」


 「可愛い弟が主役の祭りだってのに、出席もしてくれないなんてね」


 「可愛い弟?ハッ。よく言うぜ」


 弟の神楽は、かぐや彦とは似ていない。


 柔らかな雰囲気に真っ黒な短髪。


 耳は少し尖っているが、同じようにピアスをつけている。


 にっこりと深く笑った笑みは、苦手だ。


 「それより、聞いた?」


 「何がだ?お前と織姫との結婚の日取りか?」


 「はははは。違うよ。そうじゃなくて、隕石がこっちに向かってるんだってさ」


 「隕石?」


 神楽の話では、結構大型の隕石がこの月に向かって飛んできているらしい。


 大型の隕石が近づくことさえそうはなく、ましてやぶつかるなんてこと、今までなかった。


 なかったからこそ、ここはあるのだが。


 優秀な分析官によって導き出されたのだから、ぶつかることは明白なのだろう。


 しかし、いつもであれば、祖父が不思議な能力によって、隕石が月にぶつかる前に粉砕していたのだ。


 「おじいちゃん、死んじゃったし?」


 あっけらかんという神楽に、かぐや彦は苛立ちを覚えた。


 「父様だって、あれほどの力は持って無いじゃん?まあ、息子の俺がいうのもなんだけど、父様って根性もないし?かといって、俺だってまだ未熟でしょ?だから、隕石ぶつかるかもしれないなーって思って」


 軽く睨みつけて見るが、神楽はにこにこと笑っているだけ。


 殴りかかりそうにもなったが、拳を強く握りしめ、そこで留まった。


 足早に社の中央室へと向かうと、そこには両親と分析官たちがわたわたと話をしていた。


 ズカズカと割って入ると、みな冷たい目を向けてくる。


 「なんだ、こんな忙しい時に」


 「・・・俺が止めるよ」


 「何を言ってるんだ?お前なんかに止められるはずないだろう」


 「うるせえよ。ごちゃごちゃと口出すことしか出来ねえ奴に言われたかねーんだよ」


 「なに!?」


 「彦様、お口を慎んでください」


 「いーじゃん。やってもらおうよ」


 この場には似つかわしい、高めの声。


 さっき会った時と変わらない口元の弦は、不愉快でさえある。


 すでに後継者として認められている神楽は、余裕そうにかぐや彦の肩をぽん、と叩いた。


 「ね。だって、このままじゃみーんな死んじゃうかもしれないでしょ?なら、やる気のある人に人肌脱いで貰った方がいいじゃない。それに、どうせ犠牲になるなら、いなくなっても困らない人がいいでしょ?」


 この神楽の言葉に、あっさりと一同は賛成した。


 かぐや彦は隕石が衝突する時間を正確に弾き出させると、今は亡き祖父の部屋へと向かった。


 すでに倉庫と化していた部屋の奥にある写真立て。


 祖父と写る、自分の顔。


 時間が迫るまでかぐや彦はずっとそこにいた。


 ついに隕石が衝突するぞ、という時、かぐや彦以外は皆避難していた。


 「・・・結構でけェな」


 ゴウゴウと狂う様に向かってくる隕石に、かぐや彦は思わず唾を飲み込んだ。


 「―!!!!」








 何が起こったのか、誰にも分からない。


 だが、隕石の衝突は訪れなかった。


 その事実が認識出来た頃には、かぐや彦の姿も見えなかった。


 しかし、誰一人として感謝することも、泣くこともなかった。


 ただ一人を、除いては。


 「・・・彦様」


 大事にはならずに済んだことを喜び、その日は宴を催した。


 その中には勿論、神楽の姿もあった。


 相変わらずニコニコと微笑んではいるが、初めて口にした酒のせいか、意識がほわほわとしてきたようだ。


 酔いざましをしようと外の空気を吸いにいけば、一気に顔が無となる。


 「これで、俺の邪魔はいなくなった」


 宵闇に蠢く憎悪は、自ら輝くことも出来ないまま、膨らんで行く。








 「・・・・・・」


 男は、目の前にあるソレと、自分の頭の中にある表を確認した。


 「今日は燃えるゴミの日だ。生ゴミは来週のはずだ」


 鉄でできた大きなゴミ箱に、すっぽりとお尻から入っている人。


 「困るんだよなー。遺体なら別の分別になるし。連絡した方が良いのかなー」


 気だるげに話していた男は、自分の手にあるパンパンに膨らんでいるゴミ袋を横目で見る。


 ゴミ箱の横にちょこん、と置くと、ゴミ箱に入っているソレに近寄る。


 「あー。なんか邪魔だなー」


 「んだとてめぇ!」


 ガバッ!!!と勢いよく起き上がった、さっきまで遺体だと思っていたソレに、男は目をぱちくりさせる。


 だが、お尻が丁度良い具合にはまっているようで、なかなか抜け出せないソレを見て、じーっと観察している。


 「てめえ、ちょっとは助けてやろうとか思わねーのか?」


 「手伝ってほしいのか?」


 「・・・手伝えよ!どう見たって俺抜け出そうとして抜け出せないでいるだろ!?蟻地獄にはまった蟻みてーだろ!?」


 「例えが良く分からないけど、まあいいや。わかった」


 面白かったのに、とボソッと呟けば、ソレに思いっきり睨まれてしまった。


 結構簡単にゴミ箱から抜けだすと、ソレはパンパンと汚れを払う。


 「ありがとな」


 「うん。じゃあ」


 掌を向けてさっさと立ち去ろうとした男の服を掴む。


 「てか此処何処?お前誰?」


 「それが人にものを聞く態度か」


 自分とは異なる髪の毛の色を生やしたソレだが、男は気にせずソレと目を合わせる。


 とりあえず、男が住んでいるアパートが近くにあるということなので、そこに向かう事にした。


 雪だるまのような外観の建物が、あちらこちらに見える。


 雪だるまとはいっても、上の階が小さくなっているわけではない。


 一階の部屋はおおよそ十畳ほどの広さで、風呂とトイレがついている。


 収納スペースなどはなく、個人でクローゼットを買うなり、ベッドを買ってその下に収納したり、他に棚などを準備しているようだ。


 二階に行くには、建物の外側に二階へ繋がる階段を上っていくだけだ。


 だが、この階段は建物の内側につけることも可能らしく、実際、建物を家族で住んだり、恋人同士で住む時には建物の中に備え付けているようだ。


 男が住んでいる建物は、階段が内側についていた。


 男が誰かと住んでいたわけではなく、以前の住人が中につけたようで、面倒臭いからそのままだとか。


 二階へあがると、同じくらいの広さの部屋があった。


 だが、雪だるまを作ったことがある人はわかるように、雪だるまにはなぜかバケツ等を頭に乗せる。


 そのバケツにあたる部分もあり、そこは二階に住む人のロフトのようなものらしい。


 そこから外を見る為の窓もついている。


 その部屋の第一印象としては、綺麗だった。


 部屋に上がらせてもらうと、白いお茶みたいなものが出てきた。


 男曰く、それはここでは“サザンカ茶”というようだ。


 「あんたのとこにはないのか?」


 「初めて飲んだ」


 独特の製法で作ったようだが、砂糖やミルクを入れないと飲めない味だ。


 男は自分ように黒い飲み物を持って座る。


 それは“腹黒茶”というようだ。


 「俺は平岡歩。歩でいい。ここは星名でいうと、“虚星”。変わり者が多いと個人的には思う」


そういうお前も変わってるよと、男は心の中で毒吐いた。


人が、しかも生きてる人間を目の前にそのまま立ち去ろうなんてしてる輩は、きっとこの男くらいだろう。


だが歩は平然と飄々としている。


 「あ」


 何か思い出したように呟いた歩に、男は首を傾げる。


 「そういや・・・」


 「おう」


「最近、狐と狸が盗みしてるって噂があるね」


 「ああ、あの化けるっていう不可思議な生物な」


 「あんたは?」


 ゴミ箱にはまっていたその男は、月からきたことを話した。


 名前や、ここに来てしまったと思われる経緯も説明した。


 「星に帰るんだったら、虚舟で帰れるぞ」


 歩の言う虚舟とは、星の移動に使われる乗り物で、見た目は卵のようだとか。


 潜水も出来るので、便利だそうだ。


 「でも俺のこと死んだって思ってるだろうし、俺別に帰りたいわけじゃねーし」


 かといって、住む場所はあるわけでもない。


 雨風凌げて、なおかつ、食べ物もあれば良いのだが、現状においてそんな贅沢は言えないのもまた事実。


 「ここの下なら空いてると思うけど」


 基本的には好き勝手にして良いらしく、歩の部屋もよくわからないテイストの部屋になっていた。


 何処をモチーフにしたのかと問えば、ジパング、という国のようだ。


 足元は靴のまま入るなと言われた。


 草みたいな臭いのするものが敷いてあり、歩によるとイグサというらしい。


 そのイグサというものがない個所があり、そこにはベッドが置いてあった。


 歩の下は運良く、今は誰もいないらしい。


 以前住んでいたのは猫の家族で、にゃーにゃー常に鳴いていたとか。


 「食いもんとかは?」


 「自分でなんとかするんだな。俺は金出してくれる気前の良いばーさんがいるから」


 「・・・なんだそれ」


 「金になりそうな特技とかがないなら、その狐とか狸捕まえるなり、この辺で騒ぎになってる張本人を捕まえれば、ちっとは金になるんじゃないのか?」


 「ああ、それな」


 ぽん、と拳を作った右手で左手の掌を叩くと、かぐや彦は早速巡回を始めることにした。


 暇つぶしなのかもしれないが。


 「ん?夜?」


 かぐや彦は、夜を知らない。


 月に住んでいたからか、朝とか夜の概念はなかったのだ。


 「夜彦、夜知らねえの?」


 「知らねーってか、夜彦って?」


 「あんたの名前。長いから短くした」


 そこまで呼ぶなら“かぐ”ぐらい呼べよ、とも思ったが、自分が呼ばれているのに自分ではない感じが面白くて許可した。


 歩に唆されたわけではなく、夜彦は積極的に行動を開始する。


 それから、夜彦はこの虚星を巡回することになったのだが、きっと三日もあれば全て回れる大きさだろうことが分かった。


 夜彦にとって何より良かったのは、巡回という名の暇つぶしをしていると、食べ物を貰えると言う事だ。


 魚も肉も野菜もあって、夜彦にとっては初めて口にするものもあった。


 特に美味しかったのは、味噌田楽だそうだ。


 特に裕福な星でもないのだろうが、それなりの生活でそれなりの緩さがある。


 今のところは、嫌な奴はいないようだ。


 そんなある日、夜彦がいつものように暇つぶしをしていると、明らかに不審な姿を見つけた。


 一見人間の姿をしているのだが、尻尾が生えていた。


 「明らかに不審者」


 夜彦は見るからに怪しいその人物の後をつけていく。


 こそこそと動くその影の後を追って行くと、女性ものの下着が干してある家へと入って行った。


 ニシシ、と声が出そうなほどのニマニマした綻んだ顔。


 しまりのない、だらしない顔。


 「・・・怪しすぎだろ」


 女性の下着をお腹あたりにどんどん詰め込むと、何も知らずに家から出てきた。


 「ちょおーっと待った」


 「!!!!!!!!!!」


 男とも女とも言えない姿のソレは、夜彦の登場に酷く驚いていた。


 驚いたからだろうか、耳もポンッと出てきて、頬にはヒゲまで見えてきた。


 目を白黒させ、口をパクパクさせて夜彦から一定の距離を取っている。


 ずいっと一歩前に進めると、ソレは同じように一歩後ずさる。


 それを何回も繰り返していると、まるで遊んでいるかのようにも見えるが、両者とも至って真面目だ。


 埒が明かないと、夜彦は足を止めてふう、と息を吐いて軽く目を閉じた。


 「てめーか。最近ここらで盗みをしてるってのは。大人しく来て・・・」


 ちょっと目を離した隙に、逃げていた。


 ぴゅー、と効果音が見えるように、ソレは足を必死に動かして姿を消していた。


 夜彦、痛恨のミス。


 「このやろーーーーーーー!!!!」


 全力疾走で追い掛けたのだが、その日は逃げられてしまった。


 その日家に帰って歩に話をしてみると、思いっきり鼻で笑われた。


 勝ち負けではないと分かっているが、なんとなく負けた気分だ。


 その日はなぜか悶々とした気持ちのまま眠りに着いた。


 翌日、歩に「今日は追いかけっこで負けるなよ」とまで言われた。


 「ぜっっっっってェー捕まえる」


 何の執念かは知らないが、夜彦は昨日犯人が出現したあたりを警戒していた。


 だが、夜彦を警戒したのか、犯人も犯人でなかなか現れない日が続いた。


 「くっそ!くっそ!」


 食べ物で罠を仕掛けても、女性の下着を借りてそれをおとりにしても、しばらく犯人は身を潜めていた。


 それから何日か経った日、犯人がのこのこと夜彦の前に現れた。


 「ロックオン」


 今度は絶対に一瞬でも目を逸らさないように、夜彦は目を見開いていた。


 きっと夜彦のことを知らない人がそれを見れば、夜彦が怪しい人物なのだろうが。


 ギラギラした目を向けたまま、今度こそはと、犯人の腕をしっかりキャッチした。


 力強く握りしめ、握力だけを頼りにそのまま犯人を連行していく。


 「とったどーーー!!!」


 そう言って、叫びながらこの星の交番へと連れて行こうとした夜彦だったが、思わぬ事態に陥ってしまった。


 「・・・ズズッ」


 自分の部屋に図々しく入ってきた二人を前に、歩は悠長にも茶を飲んでいた。


 そして「ふう」とため息を吐くと、足を組んで見比べる。


 「で、どっちがどっちだ」


 「「俺が夜彦だ!!」」


 そう。犯人が夜彦に化けてしまったのだ。


 いつものように尻尾や耳を出してくれれば良かったのだが、本気を出すとこうも本物そっくりになれるとは。


 「大したもんだな。まったく見分けがつかない」


 感心していた歩だが、夜彦はそうはいかなかった。


 一旦交番まで連れて行ったものの、瓜二つの夜彦たちを見ると双子だと勘違いして追い出されてしまったのだ。


 慌てた夜彦は歩のもとに助けを求めに行くと、歩によってとりあえず二人は捕まってしまった。


 「なんで俺までお縄なんだよ!」


 「どっちが夜彦がわからないんだ。しかたないだろ」


 歩に頼んでもう一度警察を呼んではみたものの、やはり見分けがつかなかった。


 逃がすわけにもいかず、やはりどちらが犯人かしっかり分かったら突き出すということになった。


 「しょうがないな」


 「?」


 すっかり大人しくなってしまった夜彦たちを連れ、歩は外に連れ出した。


 そして人気が少ないある建物まで来ると、コンコン、と戸を叩いた。


 中からは気だるげな声が聞こえてきて、中からは夜彦は初めてみる生物がいた。


 「なんだい、あんさんらは」


 「初めまして。あんたは狸?」


 「俺ぁどう見ても狸だろ?なんだってんだ、一体?」


 「こいつの術を説く方法を教えてほしいと思ってね」


 「ああ?」


 真ん丸の身体をした茶色い生物、狸。


 爪楊枝を口に咥えながら歩を迎え入れると、お腹をかいた。


 歩が狸の前に瓜二つのソレを見せると、狸は盛大なため息を吐いた。


 「おい、狐ェ。おめぇさん、またやったのかい。しばらくは大人しくしてろって言っただろうが」


 物事を隠せる性格ではないのか、それとも隠す気がないのか、狸はぺらぺらと自らが起こしたイタズラのことを話した。


 ちなみに、下着を盗んだのは狸らしい。


 「あんたも同罪ってわけね。で、どうやったら説けるの?」


 狸は、どかっと部屋の真ん中に座ると、尻尾をふーりふーりした。


 毛並みの整っている尻尾は、なんだか抱き心地が良さそうだ。


 「教えたら、狐を見逃してくれんのかい」


 「それは出来ない」


 きっぱりと言い放った歩に、狸は大きく下品に笑った。


 爪楊枝を歯でいじながら、狸は身体を横にした。


 点けていたテレビを見てゲラゲラ笑っている狸を眺めていると、ふと、歩が何か考えついた。


 「狐なんだから、お稲荷さんでも握れば上手くいきそーだな」


 ふと、何気なく言った歩だが、その言葉に狸はすぐ反応を示した。


 「そそそそそそんなばっ、ばっ、馬鹿なことよお!!!あああるあるわけ、ないない!ないない!そーだよ!あるわきゃあねーよ!すっとこどっこい!」


 「・・・・・・」


 のんびりとしていた口調も慌ただしくなり、身体も起こしてわたわたと動いている。


 目が泳いでいるし、盆踊りをしながら抵抗を試みている。


 そんな狸に、歩は冷ややかな目を向ける。


 狸の家にあった小枝で作られた電話に手をかけると、何か出前を頼んだようだ。


 しばらくすると、例のものが届いた。


 油揚げに包まれた酢飯が五個並んでいて、それを一つ、歩は口に頬張る。


 「ん、うまい」


 唇をぺろりと舌で舐めると、ちらりと夜彦たちの方を見る。


 稲荷ずしを一個手に取り、夜彦たちに見せる。


 「ほーらほーら、美味しそうな稲荷寿司だよー」


 手に持った稲荷ずしを、夜彦の前でブラブラ動かすと、一人の夜彦に変化が出た。


 滝のような涎を垂らしながら目を輝かせ、ついには尻尾と耳が出てきた。


 「はい、確保」


 狐はコーン、と鳴いてすぐに姿を変え、歩が頼んだ稲荷ずしを頬張った。


 ちゃんと正座をして食べいているのは行儀良い。


 その間に歩は警察に連絡をする。


 やっと解放された夜彦は、狸の両手を自分の両手で掴み、ぶらーんとさせる。


 「なにすんでィ。離せよ」


 「まーた逃げられたら溜まったもんじゃねっつの」


 「変化してやるぜ」


 「そんときゃ、暖炉に投げいれてやるよ」


 食べ終えた狐と狸を正座させ、警察が来るまでの間、夜彦は話を聞いていた。


 「なんでこんなことするんだよ」


 下着を盗んだ事以外、この二人はイタズラをしたり、化けて驚かせたり怖がらせたりしていたようだ。


 狸の下着盗みは趣味だとしても、他はどんな理由があったのかと。


 狐も狸もショボン、と顔を下に向ける。


 「実は」


 「実は?」


 狐が少しだけ顔をあげる。


 「寂しくて・・・」


 「寂しくて?」


 オウム返しで聞いていた夜彦を、今度は狸が話す。


 「俺達ァ、いつだって嫌われもんさ。化けるってだけで嫌われる。だから誰にも相手になんかされねえんだ。俺には狐だけ、狐には俺だけが理解者なんだなぁ。どうせ嫌われてるんだったら嫌がらせしてやろうと思ってよ」


 「・・・・・・そっか」


 狐と狸の気持ちが分からないでもなかった夜彦は、うーんと考えた。


 二人がしてきたことは許されることではないだろう。


 だが、一方的に悪者にも出来ない。


 警察が狸たちの家に到着すると、化けられない特別な腕輪をつけられ、そこを縄で結んだ。


 今まで星の人達を困らせてきたこともあるし、そう簡単には出て来られないだろう。


 とはいえ、ここではどういう償いを科せられるのかは知らないが。


 困らせてきたとはいえ、罪として認められるのは盗みくらいだろう。


 「俺が遊んでやるよ」


 「「へ?」」


 連れて行かれる二人の背に、夜彦が言った。


 歯を見せて顔をくしゃっと崩し、楽しそうに笑った。


 「寂しいなら、俺が遊んでやるって言ったんだよ。どうせ暇してっから。いつでも来いよ!」


 「・・・・・・」


 お人好しだな、と、この時歩は思ったようだが、口にはしなかった。


 なんせ、無関心だったこの星の出来事に、少しだけ興味がわいたのだから。






 それから少しして、狸たちは人助けをするという刑罰により、帰ってきた。


 必要以上には化けないことも含めて。


 帰ってきて一番に夜彦のところへ来て、一緒に酒を飲んだようだ。


 上に住んでいる歩が一睡もできないほど、楽しそうに騒いでいたというのだから。


 狐と狸の家はそのまま残してあったが、あちこち汚れていたし散らかっていたので、夜彦が片づけを手伝ったとか。


 しかし、片づけなど産まれてこのかたやったことのない夜彦。


 髪の毛を結んで口元もタオルで覆い、なんとか綺麗にしたようだ。


 それから時折、狐と狸に交じり、紫色の、まるで蝶のような動きをする人間が、泥だらけになりながら遊んでいたそうな。


 「歩!」


 「・・・・・・またか」


 「悪ィ!また汚れたから洗濯してくれ!」


 やんちゃもいいとこだ。


 一人だったら。


 「「俺達のも頼む」」


 当然のように汚れた物を持ってくる狐と狸だが、以前のような廃れた目はしていない。


 「よーし!洗濯してる間、違う遊びでもすっか!」


 「「あいあいさー!」」


 「・・・まったく」


 ダダダ、と勢いよく階段を下りて行く三人に、歩は呆れて笑う。


 それからというもの、狸と狐が元気に遊ぶ姿だけがあったとか。


 夜彦にだけイタズラをするというのも、ここだけの話だ。







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