第2話命の重さ





魔法のランプと不幸な御主人

命の重さ 


死の持つ恐怖はただ一つ。それは明日がないということである。   


エリック・ホッファー










 「すみません、募金お願いします」


 駅でよくみかける光景だ。


 首からかけた箱に、通りがかる人々が100円なり500円なり、入れて行く。


 それが本当の善意なのか、それとも人に見られているから入れているのか、本人でさえ分かってはいない。


 貧しい生活を送っている子供たちに、障害者支援のために、被災地復興のために。


 名目は様々だが、今回は盲導犬への募金のようだ。


 目の見えない人の為に、その“目”となって動いてくれる存在。


 蔵之介はコンビニに寄って弁当を買い、家へと向かった。


 テレビをつけてそれとなく眺めていれば、仔犬が不正に売買されているというニュースが流れていた。


 「・・・酷いもんだな」


 「何がだ?」


 「いや、これだよ。これじゃあ本当に物扱いだろ」


 「ああ、こっちの話か」


 突如蔵之介の独り事に参加してきたのは、誰であろう、ギ―ルだ。


 またしてもランプの中をシェルに占領されてしまっているようだ。


 誰の部屋かわからないほど、ベッドで寛いでいる。


 「またお香でも焚いてるのか?」


 「いや、今日はな」


 面倒そうに話してはいるが、もう日常茶飯事なのだろう、特に怒っている様子はない。


 しかし、テレビのリモコンも握っており、蔵之介が買い溜めしておいたバームクーヘンを頬張っている。


 ギ―ルの話によると、ここ最近のシェルのお気に入りは、香水を自分で作ることらしい。


 だが、鼻の奥がツーンとする匂いや、咽る様な匂い、甘ったるい匂いや酸っぱい匂いがランプの中に充満しているという。


 「たまったもんじゃねーな、あの香水っていうやつぁ」


 女性だけではなく、近年男性でも香水を身につける者が多いとか。


 そういうことに興味がないというか、疎かった蔵之介。


 学生時代にも、友人からもっとお洒落をしろとか、髪型を変えろとか言われたことがある。


 その度、蔵之介は「そのうち」といって誤魔化してきた。


 「シェルの鼻って、絶対ェおかしいんだよ。てか、鼻つまってんじゃねえの?」


 そんな失礼なことを言っていたギ―ル。


 思わず蔵之介は笑ってしまった。


 「何を笑っているのかな」


 二人して、ギクッとなってしまった。


 いつの間にかギ―ルの枕もとに立っていたシェルは、口元だけニヤリとする。


 「お前は幽霊か」


 「俺は妖精だ」


 「いや、そういうんじゃねえんだよ。あ、そういや、武蔵の一個目の願い俺が叶えたんだから、次はお前の番だからな」


 「・・・・・・」


 ちらりと蔵之介の方を見ると、何事もないようにご飯を食べていた。


 「あ」


 何を思い付いたのか、蔵之介はご飯を頬につめながら何とか言った。


 「決まった、次の願い」


 「早いな。最初にうだうだ言っていたのが嘘のようだ」


 「よぅし、武蔵もこう言ってることだから、さっさと願いを聞いて叶えてこいよ、妖精さん」


 シェルがギ―ルのことを睨んだような気もしたが、蔵之介は気にしていない。


 とは言っても、自分の為の願いなんてものはそう簡単に決まらないものだ。


 「さて、ならばランプに戻るとするか」


 「え、それって恒例行事?やっぱり魔人ッぽく出て来ないといけないもんなのか?」


 シュルルル、と煙のようにランプに入って行ってしまったシェル。


 ギ―ルは気にせずチャンネルを変える。


 少しして、ランプからシェルが長い髪の毛を靡かせながら出てきた。


 「およびでしょうか、御主人様。願いをお聞かせ願えますか?三十秒以内に」


 「最後のは絶対にいらねぇと思うんだけどな」


 ギ―ルがシェルに対してツッコむが、瞬間、シェルに何食わぬ顔で頭を殴られた。


 ニコニコという表現は合わないシェルの笑み。


 「不幸な目に遭ってる犬によ、平和っつーか、それなりの生活っつーか、してやれねーかな?」


 「プッ」


 蔵之介の願いを聞いて、笑ったのはギ―ルだ。


 「今回は人間ですらねえ」


 一見プライドが高そうに見えるシェルだが、というか高いのだろうが、文句は言わない。


 「仰せのままに」


 紳士のように振る舞えば、ヒュンっと姿を消してしまった。


 何がどう変わったのか、蔵之介にはわからない。


 ギ―ルはシェルがいないうちにランプへと戻って行った。


 しかし、出てくるのは時間の問題だろう。


 あれからすぐにシェルは戻ってきたかと思うと、テレビでは犬の不正売買をしていた業者や男たちが次々に逮捕されていた。


 保健所に連れて行かれた犬たちも、飼い主がどんどん見つかるという現象になっていた。


 「これって、いつまで続くことなんだ?」


 「御主人様が望み続けるまで」


 ある意味、残酷な期間ではあったが。








 二つ目の願いもかなえ終え、ギ―ルとシェルはランプの中であと少しだと話していた。


 「あれは、俺達に運がなかったと言うべきか、それとも、あの御主人様があまりに無欲すぎたというべきか」


 「ああ」


 「最期にやっと口を開いたかと思えば、アレだったもんな」


 「ああ」


 ―お前たちに、良い主人がみつかるように願ってる。


 二人には、忘れたくても忘れられない、そんな思い出。


 「このランプを手に入れちまったのは不運だったのかもな」


 「・・・・・・」


 「今日は大人しいな」


 「どっかの阿呆と違ってな」


 「え?それ武蔵のことか?」


 「・・・・・・」


 はあ、と大きくわざとため息を吐いたシェルだが、知ってか知らずか、ギ―ルはカッカッカと大きく笑う。


 ランプの中は広大だ。


 宇宙空間のようでもあり、異次元のようでもあり、歴史の中にいるようでもある。


 ギ―ルとシェルは、もともとは知りあいでなかった。


 産まれてからずっとランプにいるわけでもなかった。


 決して自由にはなれない。


 今の二人にとって確実なのは、ただそれだけ。


 「もし俺とお前があの人に立てついたとして、勝算はあると思うか?」


 ギ―ルが、どこかを見ながら問いかけた。


 紅茶を飲んでいたシェルは、ゆっくりと目を瞑り、またゆっくりと目を開けた。


 「限りなく、零に近いだろうな」


 「あ、やっぱり?」


 眉を下げてへらっと笑うギ―ルだが、その瞳は熱を帯びていた。


 「まあ、この調子ならきっと三つ目の願いもそのうちポンッと出てくるだろ」


 「だといいがな」








 「お前らって、自由になれっていったらなれるの?」


 「は?」


 いつものように、蔵之介のお菓子を食べていたギ―ルに、突然蔵之介が聞いた。


 いや、ベッドにカスが落ちてるだろうとか、そういうことも言いたかったが。


 ランプの魔人と言えば、最後の願いは魔人を自由にすると、相場は決まっているらしい。


 だが、そんな簡単に自由になれるものなのか。


 「いや、だから」


 「他の連中は知らねえが、俺達はなれねえよ。いくらご主人様のお前でもな」


 「まあ、叶えてやろうとかは思ってなかったけどな」


 「酷くね?」


 ちょっと考えてみたら、蔵之介はギ―ルとシェルのことをほとんど知らない。


 ほとんどというより、ほぼ。


 「そういうこともあるんだなー」


 随分とあっさりしてる反応ではあったが、蔵之介はこんなものだろう。


 煎餅を口に入れながら、ギ―ルがまたチャンネルを回していると、蔵之介が「俺さ」と続けた。


 「俺、お前たちのこと良く知らねえじゃん。俺が言っても自由になれねえなら、ギ―ルもシェルも、ずっと、ずーーーーっとランプにい続けるのか?」


 「・・・・・・」


 パリン、と煎餅を割る。


 まるで餌を溜めているリスのように、頬がいっぱいいっぱいになっているギ―ル。


 ランプを摩ってシェルを呼ぶと、ギ―ルとシェルは何やら少し話をしていた。


 コソコソ、というよりは堂々としていた。


 だが、蔵之介にはわからない言葉が記号かで話していたのだ。


 その時の蔵之介は純粋に、ああ、魔人になるとこんな言葉も話せるのかと思っていた。


 ようやく決意したように、二人は蔵之介の前に座った。


 正座ではなく、胡坐をかいた。


 「俺達は、ご主人に望まれても自由にはなれない」


 「聞いた」


 「それは、俺達を縛る契約書があって、誰にも破れないからだ」


 「契約書?魔人になるためにか?」


 「まあ、そんなかんじだ」


 二人はもともと普通の人間だった。


 とはいっても、今の時代に生きていたわけではないという。


 各々にとっては、自分の思うままに生きていたのだが、それは罪として葬られた。


 「俺の本当の名は、ヴェジ―ナ・ギ―ル。とある城の護衛だった」


 城の護衛として、主君にも忠誠を誓っていたギ―ルだったが、ある日捕えられた旅人が逃げないように監視していた。


 何か罪を犯したのかと問われれば、特に何かをしたわけではない。


 ただ、時代背景を謳っていた。


 その唄の内容が悪であると判断されてしまったようだ。


 しかし、旅人の唄はとても澄んでいて、綺麗だったという。


 その唄をつい口ずさんでいたところ、ギ―ルも反逆の罪で捕まり、処刑されてしまったらしい。


 「俺の名は、アルマ・ジュローズ・シェル。ある国の騎士として戦に出ていた」


 蔵之介は知らないが、その時代においてシェルの名を知らない人はいないほどの腕前だったとか。


 戦に出たある日、シェルはいつものように馬に跨り戦っていた。


 敵陣では、命が惜しく逃げる姿が見られた。


 家族がいる者、恋人がいる者、他にも生きて帰らなければいけない理由があったことだろう。


 そんな逃げゆく敵を追ってまで、シェルは殺しに行かなかった。


 ましてや、戦いとは無関係の市民を殺すなど、有り得ない話であった。


 子供を抱えた母親を前に、「殺せ」と命令され、シェルはそれを拒んだ。


 すると、命令に従わなかったとして、シェルは捕まってしまったのだ。


 「時代が時代だからな」


 蔵之介は、お茶を啜った。


 「ほんじゃまあ、とりあえず契約書でも探しに行くか」


 「「は?」」


 思わぬ言葉に、二人は固まった。


 「よくわかんねえけど、なんかお前等が罪人になるのは理不尽だろ。それに、そんな理由で魔人になって、しまいには自由になれねぇなんて、俺なら嫌だ。てかその契約書を作った奴と話して、なんとかならねぇのか?」


 目の前の二人が、魔人になって歳をとらなくなったのは理解出来た。


 だが、そもそも魔人になった経緯が納得出来なかった。


 「瞬殺されるぞ」


 「されねーよ。話に行くだけだろ。それに、お前らだって成仏してーだろ?」


 「成仏かー。考えたことなかったな」


 さて、と蔵之介は腰をうーんと伸ばす。


 「英雄なんてのは、時代が決めたもんだ」


 ギ―ルとシェルは互いの顔を見合わせると、小さく頷いた。


 「出来る限り援護はするが、武蔵も無茶するなよ」


 「無茶なんてするほど活力はねーよ」


 「ねーのかよ」


 どうやってここからその制作者のもとへ行くのかと思っていれば、ギ―ルがランプを手に持った。


 「え?」


 ランプの中に入るってことか?と蔵之介は思わず目をぱちくりさせる。


 そして、ランプを摩った途端、目の前が真っ白に光り、意識が飛んだ。


 その間、自分の身に何が起こったかなど知らない蔵之介は、されるがままに流れに身を委ねた。








 シャリン、シャリン・・・


 鈴の音のような綺麗な音を響かせながら、現れた。


 「なんじゃ。騒々しいのう」


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