魔法のランプと不幸な御主人

maria159357

第1話願いはなんです?この野郎





魔法のランプと不幸な御主人

願いはなんです?この野郎

                        登場人物




                                  武藤 蔵之介


                                  ギ―ル


                                  シェル


































第一掌 【 願いは何です?この野郎 】








































太陽がないときには、それを創造することが芸術家の役割である。   ロマン・ロラン


























 有り得ない。絶対に有り得ない。いやしかし、この世の中には不可思議なことは多々あり、こういうことも、万が一、あるのかもしれない。それにしても、有り得ない。








 小さいころに絵本で読んだことがある。貧しい青年がランプを手にし、擦ってみると魔人が現れる。そして、願い事を三つ叶えてくれるのだ。


 羨ましい、妬ましい、なんて想いを持ちながらも、夢物語だと鼻で笑った。


 それだけのお話だったはずだ。


 なのにー・・・・・・








 「なんだ、これ」


 今、武藤蔵之介二十六のもとに、謎のランプがある。


 昨日の夜寝て、朝起きてみると、枕元に、さぞ“私は時計です”とでもいった堂々とたる様子で、ソレはあった。


 蔵之介は、ランプの隣にある時計を止めて時間を確かめると、仕事に行く為に着替えを始めた。ランプはとりあえず放置して。


 通常通り仕事場に着くと、蔵之介は班長に挨拶をする。


 「おはようございます」


 「ああ、おはようさん。武藤、顔色悪いぞ。体調悪いのか?」


 「いえ、ちょっと遅刻しそうだったんで」


 「ハハハ。そうか。ならいいんだ」


 まさか、“魔法のランプっぽいのが、自分の部屋にあるんです”なんて言えない。


 言ってもいいが、相手にはされないだろうし、されたとしても、馬鹿にして茶化されるだけだ。


 蔵之介はいつも通りの仕事をこなして家路へと向かう。


 きっと、夢だったんだ。家に帰るといつもの部屋があってランプなどどこにもない。きっとそうだ。そうに違いない。


 自分に言い聞かせて部屋の鍵を開けてドアを開けた。


 「まだある」


 残念なことに、その謎の使い道の分からないランプは未だに蔵之介の部屋にあった。


 二十六年間、何事も無く平穏に暮らしてきた蔵之介にとって、ランプの登場は恐ろしいものであった。


 「これ、不燃ごみか?頑張れば燃えるのか?」


 シンクの下の扉に入っている幾つかの種類のゴミ袋を取り出して悩んでいると、携帯が鳴っていることに気付く。


 ランプを放っておいて携帯に出ると、班長から明日の出勤についての話だった。


 二、三分話をして携帯を切ると、再びランプ元に戻ろうとした。


 したのだが、置いたはずの場所にランプがなかった。


 「・・・やっぱりあれは夢だ。よかった。疲れてんのかな」


 「現実逃避する癖は止めた方がいいと思うぜ」


 「そうなんだよ。生きるためには金がいるし、金のためには働かなきゃいかねーし、色々と面倒な世の中だよな」


 「まあ、世の中金だからな」


 「だよな。やっぱ金か」


 「能も魅力もなくても、金はあって生きてる奴がいることだしな。逆に、やる気も能もあるのに、金が無いばかりに生きていけない奴もいる」


 「難しいな。・・・ん?」


 何度かの会話をしたあと、蔵之介は異和感にやっと気付いた。


 「え?誰?」


 ふと、声のした方をみると、自分のベッドに堂々と腰をおろして足組みをしている、赤い髪の男がいた。


 無造作な髪型に目は紫、両耳にピアスを付けている男は、大欠伸をした。


 「どちら様ですか」


 特に騒ぐことも叫ぶこともなく、蔵之介が男に問うと、男は組んでいた足をおろして両手を後ろに置く。


 季節感の無いマフラーを付けた男は、淡々と答えた。


 「ランプの魔人だ。見てわかるだろ。お前は馬鹿か」


 「・・・俺の記憶が正しければ、魔人はそんな口調じゃないな。それに、主人をバカ呼ばわりもしない。忠実な存在だ。見て分かんねーし」


 「あー、面倒な奴だな。折角出てきてやったのに」


 「ランプ擦ってもいないのに、なんで出て来れるんだよ」


 「ああ、あれだ。動物は環境によって進化すんだろ。あれと一緒だ」


 「一緒にするな。動物に失礼だ」


 なんとも、ランプの魔人だと言い張るその男の名は“ギ―ル”と言うようだ。


 自分の名前も名乗ってみた蔵之介だったが、覚え難いと言われ、略して“武蔵”と呼ばれる羽目になってしまった。


 「で、武蔵。要件は何だ、さっさと言え」


 「いやさ、用もないのに出てきて、いきなり願い事言えとか言われても、俺も困るんだけどさ。迷惑な魔人だな」


 「じゃあ、俺じゃない奴出すか?」


 「え?ギ―ルだけじゃないのか?」


 「ああ。もう一人いるぜ。ま、そっちもそっちで扱いにくいとは思うけどな」


 とにかく、願い事もなければこれといった用事もないため、蔵之介はもう一人の魔人にひとまず会っておこうと思った。


 ギ―ルに頼むと、欠伸をしながらランプに戻り、しばらくするとまた誰かが現れた。


 「御用はなんですか、御主人様」


 「おおおおおお」


 魔人ッぽいと感動した蔵之介は、先程のギ―ルとは真逆の言葉と態度に、思わず歓声を漏らす。


 ニコリと笑みを見せる男は、前髪を少し分けた長髪で、後ろで一つに縛った綺麗な紫色をしている。


 目もギ―ルと同じ紫で、両耳には違う形のピアスを付けていた。


 「御主人様、御用をお申し付けください。・・・・・・三十秒以内に」


 「・・・え?」


 微笑みを変えないまま、この“シェル”と名乗った男は、最後に何を言ったのだろう。


 忠実で温厚そうな人柄のシェルだが、蔵之介に跪きながらも空耳と思いたいくらいの言葉を言ったような気がする。


 「いや、気のせいだ。あ、あのさ、俺まだ願い事とかないし、とりあえず、今日はいいかな」


 「さようですか」


 ゆっくりと身体を起こして蔵之介の方を見ると、シェルはまたニコリと笑う。


 「御用もないのに私を呼ばないでいただけますか?エネルギーを無駄に使うことになりますので。ギ―ルとは違い、私は妖精ですので。能力に大差は無くとも、もともとの力には多少なりとも差があります。私に願いごとを叶えて欲しいときは、時間との勝負だと御理解いただけますか、御主人様」


 「・・ああ、はい。すいませんでした」


 ボンッと消えたシェルと入れ違いに、また赤髪のギ―ルが現れた。


 「どうだった?俺の方がマシじゃね?」


 「なんか、よくわかんないけど大変なんだな。俺、しばらくは自力でなんとかしてみる」


 「いや、それじゃ俺を呼んだ意味がねーじゃん。なんか言えよ。なんでも叶えてやっから。腹減ったとか、彼女ほしいとか、明日雨にしてほしいとか」


 「今日はゆっくり休みたいんだ。悪い」


 「・・・じゃ、なんかあったら呼べよ」


 目の前から簡単に消えたギ―ルを見送ったあと、蔵之介はベッドに沈み込んだ。


 「明日は七時からになって、で、来週の火曜が・・・」


 現実逃避なのか、蔵之介はブツブツと今後の仕事の予定について考えていたが、魔人と妖精の二人のことが頭から離れない。


 いや、本当に今まできっと夢だったんだと、目を強く瞑って頭を激しく左右に振る。


 その後、また目を開けて部屋を見渡すとやはりランプがある。


 もう一度擦ってみる。


 「どうした武蔵。願いが決まったのか」


 「やっぱりいんのかよーーー!!!おい!ギ―ル!!どういうことだよ!!この御時世に魔法のランプって・・・。ギャグの世界でもねーよ!てかなんで俺んとこにある?願いを叶えてくれるのは有り難ぇーけど、何を願えばいい!?俺は何を願えばいい?世界平和?人類平和?地球温暖化の阻止?何だ?何がいいんだ?」


 はぁはあ、と言いたいことを言って満足したのか、蔵之介はベッドに腰を下ろした。


 髪の毛をグシャグシャとかきまわしたあと、平然とフヨフヨ空中に浮いて欠伸をしているギ―ルに視線を移す。


 「相当溜まってたんだな。ま、仕事のストレスだな」


 「お前等のせいだ」


 「安心しろ。きっと上手くいく」


 親指をグッと立ててドヤ顔をしたギ―ルは、なぜか満足気だ。


 「・・・その指折ってやろうか。そしてお前は魔人の仕事を放棄する気満々だな」


 「だからよお、何でも叶えてやるって言ってるんだから、なんでもいいんだよ。金が欲しいとか、長生きしてぇとか、明日雨になってほしいとか。人間なんて欲深いんだから、何か一つくらい願望を持ってるもんだろ?」


 はあ、と盛大にため息をつくギ―ルに、多少の苛立ちを抱きつつ、蔵之介は自分を落ち着かせるために深呼吸をする。


 「確かに金は欲しいけど、お前等に頼んでまで欲しいとは思わない。長生きはしようと思ってないし、明日が雨になろうと雪になろうと、俺の仕事に変わりはない。よって、お前等の役目はないってわけだ」


 びしっと人差し指をギ―ルに向けると、ギ―ルはキョトンとした表情。


 納得したのだろうかと、少しだけ眉間にシワを寄せてギ―ルの出方を窺っていると、ギ―ルは大欠伸をした。


 「無視か」


 思わずツッコミを入れた蔵之介。一方、ギ―ルは眠そうにうとうとし始めた。


 「眠いならさっさと今日はランプに戻れよ。俺だって暇じゃぁないんだ」


 「・・・・・・」


 「おい、ギ―ル、聞いてるか?」


 コクンコクン、と船を漕ぎ始めたギ―ルを起こそうと近づくと、急にバッとギ―ルが目を覚ます。


 「!?」


 驚いて後ろにのけようとした蔵之介だったが、その前にギ―ルに腕を掴まれてしまった。


 「んな驚かなくたっていーだろ」


 そう言っている間もずーっと欠伸をしているギ―ルに、蔵之介はもう寝ろと言う。


 ランプの中に大人しく入って行ったギ―ルを見届けたあと、蔵之介はベッドに横になってしばらく考えてみた。


 さて、何か願い事なんてあっただろうかと。


 普段ならば、どうでもいいことでも、あーだったらいいのにとか、こーだったらいいのにとか思うのだろうが、実際は何もないものだ。


 リストか何か書こうかとも思ったが、それも面倒であった。


 そんなことを考え考え・・・・・・いつの間にやら日にちが変わっていたため、蔵之介はとりあえず今日は寝ようという結論に達した。








 翌日、普段通りに仕事に向かった。


 特に変わったこともなく、上司のカツラも絶好調だったり、自販機のコーヒーに新しいものが入っていたり・・・・・・。


 そして帰り道、なんともなしに横断歩道を歩いており、信号が変わりかけたとき、後ろで大きな音がした。


 何かが衝突したような、それでいて何か逃げて行ったような・・・・・・。


 後ろを振り返ってみれば、そこには部活帰りと思われる女子高生が倒れていた。


 大学の時にみたことがあるが、きっとこれは弓道の弓だろうと思ったが、いや、今はそんなことどうでもよかった。


 女子高生を轢いていったであろう車はその場にはいなく、蔵之介は急いで救急車を呼んだ。


 応急処置を習ったこともあるが、実際の場面になると意外と冷静に対処できるものだということも知った。


 頭から血が出てきているし、呼吸が浅いにもなんとなくわかった。


 「逃げて行った車を見ましたか?」


 「いいえ。俺の後ろで起こった事故だったので」


 警察にも事情聴取というものを受け、特別な情報はないまでも、自分の知っていることは全て話した。


 数日後の休日、様子を見に行ったものの、会えることはなかった。


 当然なのだが。まだ入院もしているみたいだし、弓道も出来るかわからないということは教えてもらえた。


 別に自分のせいではないが、なんとなく、良い気はしない。


 あんなに近くで起こった出来事なのに、自分には何も出来ないのだと、蔵之介はスーパーに寄ってから帰って行った。


 「休みの日に何処行ってたんだー?」


 なぜか、ギ―ルがテレビをみてだらだらしていた。


 「・・・・・・」


 「?なんだよ」


 ふと、思った。


 「あのさ、願い、あんだけど」


 「・・・・・・は?」


 事情を説明すると、ギ―ルは大層怪訝そうな表情を向けてきたが、無視した。


 「だから、その子を助けてほしい。んで、弓道も前みたいに出来るようにしてくれ」


 「・・・・・・それ、お前の願いなの?まじで?なんかお人好し過ぎじゃねえ?自分のこと願ったほうが得じゃね?てか他人だろ?なんでそこまでするんだよ」


 ギ―ルの言っていることは尤もだと思うが、どうもこうも、自分の中でこうしようと決めたからか、蔵之介も引かない。


 「なに、お前さ、願い事言えって言っておいて、叶えない心算か?俺に得だろうと損だろうと、俺がそうしてほしいって言ったことを叶えるのがお前の役目だろ?」


 「・・・・・・うわ。職権乱用まがいのこと言ってきた」


 「全然違うだろ」


 どこから出してきたのか、ギ―ルはせんべいをボリボリしながら話す。


 「まあいいや。わーったよ。じゃあ、一旦ランプ戻るわ」


 「なんで?」


 「こういうのは雰囲気大事だろ?」


 「は?」


 そう言うと、ギ―ルはせんべいを数枚持ったままランプへと戻って行き、少しすると、もくもくと煙とともに出てきた。


 口元にせんべいのカスがついているが、この際言わないことにする。


 「およびでしょうか、御主人様」


 「(さっき言った)」


 「では、仰せのままに」


 どろん、とまるで忍者のように消えてしまったギ―ルを探すこともなく、蔵之介はギ―ルが戻るまで静かに待つことにした。


 が、すぐに戻ってきた。


 「叶えてきたー」


 しかも、とてもだるそうに。


 「さんきゅ」


 「ま、俺にかかればちょちょいのちょいだぜ」


 「・・・・・・」


 へへん、と自慢気に鼻先を擦っている。


 その三日後あたりだっただろうか、あの女子高生は無事に退院したらしく、弓道の大会にも出られたようだ。


 なぜ知っているかと言うと、その弓道の大会で良い結果を残せたらしく、奇跡の復活としてニュースでちょっとだけ取りあげられていたからだ。


 「そうやって他人のことばっかり気にかけてると、良い人生にならねーぞ」


 余韻に浸っていたわけでもないが、ギ―ルがランプから出てきたことに気付いていなかった蔵之介はビクッとした。


 「そういえば、シェルはなにしてるんだ?シェルを見習って、大人しくランプにいろよ」


 「お前、何言ってんの?」


 「え?」


 「シェルがランプの中を占領してるから、俺は追い出されてるんだろうが。最近じゃお香にはまってるらしくて、臭くて臭くてかなわねーっつの」


 だがしかし、今回ギ―ルが叶えたということで、二個目のときにはシェルが叶えるという交換条件だとか。


 「もうちょっと自分のことに貪欲にならねーと、今の世の中じゃあ苦労するだろうな」


 「・・・まあ、それも悪くない」


 「まじか」








 「感謝しなくちゃ。神様って、きっといるのよ」






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