王と王

今日は想定し得ない出来事がいくつも発生する日だ。イザベラはそう思った。ヒルダの分身と思しき巨人の乱入、そして、動けないはずの雑兵レベルの人間の小娘が突然イザベラの拘束から抜け出して、巨人と戦闘を始めて、しかも互角以上だなんて。まるで、彼女は新たな女王のようだ。あの『幼虫』の坊やの。


しかしさらに、イザベラが予想できないことが起こったのだった。


「いったい何をしているんだい!?」


声が響いた。頭の中に。しかし同時に後方からも同じ声が聞こえた。イザベラは思わず後ろに振りむくと、

護衛として引き連れてきた妖魔の一体が光っていた。


「え?」


「え?じゃないよ。何をしているのか、聞いてるんだ、イザベラ」


「え?ええ?まさか、我が君!!」


イザベラと呼び捨てにするのは、同僚の女王か、もしくは、彼女の主人しかあり得ない。この口調で話かけてくる女王はいないとすれば、そう、彼女の主人にして全ての妖魔を統べる至高の君主、リヒャルト様しかありえなかった。


イザベラは、玉座から飛び降りて、すぐさま跪いた。その様を見ていたイザベラの分身、ジークフリートも声の主の正体に気がついたのか、女王に続いて跪いた。


「者共!我らが至高の君、リヒャルト様に拝礼せよ!」ジークフリートが叫ぶ。女王を取り囲んでいた妖魔たちが一斉に、光る個体に臣下の礼を取る。


その様子を見ていた巨人が言った。


「やべぇ!王様だ!」


祥子を消滅させようとしていた巨人は、リヒャルトに気がついた途端、ブオンと音とともに虚空に消えた。


全身を光らす妖魔が言葉を続けた。


「あれ、今のはヒルダのところのエティエンヌじゃないか?あいつ何してたんだ?答えたまえ、イザベラ」


「そ、それは…」イザベラはしどろもどろだ。見かねたジークフリートが代わりに答えた。


「そのエティエンヌ殿が…巨人形態にて『幼虫』を亡き者にしようとなされた由に御座います、我が君」


「ヒルダの奴…。こいつに『目』を仕掛けといてよかったよ。でもちょっとイベント中で周回してて見てなかった。その隙を狙われたよ。 で、何故エティエンヌを止めなかった?」


「そ、それは…」


「ヒルダ様は『城』を取り仕切る御方。我らもその御意向に異を唱える訳にもいかず」


「ちょっと、ジーク!余計なことを!」


「女王!ここで申し開きせねば我らは咎を受けまするぞ」


「つまり、ヒルダがおっかなくて止められなかったってこと?そんなにびびることないけどねぇ。ま、確かにときどきおっかないけどね」


一瞬、間を置いてリヒャルトは続けた。


「でも君達大事なこと忘れてない?君達の主人って<<誰だっけ>>?」


まるで威厳の感じられない喋り方だったが、その言葉の最後には強烈な威圧感が含まれていた。イザベラは勿論のこと、ジークフリートも、ほとんど感情のないはずの妖魔の兵士達も、さらに、跪いた姿勢のままの妖精隊員達までも、その威圧感に晒された。妖精隊員には泣き出す女の子までいた。


「ひ、平に、ご容赦を、わ、我が君!」


イザベラは泣きそうになりながら、リヒャルトに謝罪した。女王の威厳などもはやそこにはなかった。


「わかってくれればいいよ。いい子だ、イザベラ。さあ、戻っておいで。いいデータが取れたようだからね」


「は!!我が君の仰せのままに!」イザベラは深く頭を下げた。


「『幼虫』も無事なようだしね」


さっきまで「死んでいた」賢は、祥子のおかげで文字通り生き「返った」。だが、完全ではないようで、なんとか起き上がったと言ったところだ。


『幼虫』と呼ばれた賢は、リヒャルトを睨んでいた。『幼虫』とはいえ、『王』。王同士がここに相対していた。しばしの沈黙の後、賢の側にいた山下群司令がリヒャルトに問うた。


「貴方は、妖魔の首領か?ただの妖魔のように見えるが、乗り移っているのか?それとも遠隔操作をしていると理解していいのか?」


「ぶ、無礼であろう、ニンゲン風情が!」


ジークフリートが山下群司令の非礼を咎めたが、リヒャルト、というかリヒャルトが操っている妖魔が手を上げて制した。


「君はニンゲンの指揮官かい?察しがいいな。その通りだ。この個体を使って遠くから話しかけてるのさ。首領というのは格好いい響きだねえ。そう、私が妖魔の首領、『妖魔王』さ」


「我が君、お言葉ながら、『妖魔』とはニンゲン達が我らを下げすんで呼ぶ名前。尊き我が君がその名を名乗るのはいかがなものかと、イザベラは愚考します」


「えー、かっこいいのに。ジークフリートはどう思うかい?」


「ニンゲンどもが恐れ敬う我が王の君号として、それはそれで一興かと」


「やっぱりそう思うだろう?どうもヒルダをはじめ女達には評判悪いんだよね」


「その『妖魔王』の目的はなんだ?あんたらが『幼虫』と呼ぶ彼を殺さず生かしているのはなぜだ?」


「それをニンゲンの君たちが知る必要はない。おっと、そろそろこの個体が限界のようだ。急拵えだから仕方ないな。それじゃおさらばする。後はよろしく頼むよ、イザベラ」


「畏まりまして御座います、我が至尊の君」


「待て!!逃げる気か!貴様は、何なんだ!」賢はリヒャルトの操る妖魔に詰め寄ろうとした。しかし、


「王に向かってなんたる無礼か!」賢の無礼に怒り心頭のジークフリートは立ち上がり賢を推し止めようとする。


「やめないか、ジーク!あっちも一応『王』なんだからさ、それなりの敬意をはらわなきゃ」


ジークフリートは恐縮し、再び跪いた。


それを見たリヒャルトは、さらに続けた。


「なあに、そのうち会うことになるさ、少年。大体コイツはただのスピーカーみたいなもんで向かって来たって意味はないよ。その怒りは本物にご対面するときまでとっときたまえ。あ—、時間切れだ」


そう言うやいなや、リヒャルトの操る妖魔は爆発した。どうやら、強大な力を持つ君主の無理な干渉が妖魔を最終的に破壊してしまったようだ。


女王以下ひざまづいていた妖魔達は女王が立ち上がると一斉に立ち上がった。


「色々あったけど帰りましょ。今日は疲れたわ…ほんともう早く帰ってシャワーを浴びたい」


女王はジークフリートに帰還を指示した。それを受けてジークフリートは周りの妖魔に指示を出す。女王とジークフリート、そしてその配下は宙に浮かび始めた。


「渋くていい男の指揮官さん。『幼虫』が育ったたらまたくるわ。それまで達者でね」


「く…、あなたがたはいったい何をしようというのだ?」


「重ね重ね、女王に対し無礼であろう?我が女王の慈悲により生かされていることを忘れるな、ニンゲンの指揮官!」


「それじゃあね」


女王一行は球状になって空に飛び立ち、ある高度に達したのち、轟音とともに虚空に消えていった。

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