孵化

袴田陽子の弟、袴田賢は、研究所セキュリティルーム扉前で完全武装で立哨任務についていた。


特別なセキュリティカードがなければこの部屋には入れないし、そもそも研究所長が直接許可を出さなければ、たとえセキュリティカードを持っていたとしても通してはならないという命令を受けている。

しかもこの扉の前で立哨する警備隊員は完全武装が義務付けられていた。一体何がこの扉の向こうにあるかは警備隊長ですら知らされていない。大体この研究所にはやたら警備隊員が配置されている。一体何を守っているのだろう?ともかく完全武装での警備は緊張する。所内ですら信用できない人物がいる可能性があるからこそ武装をしているに違いないからだ。


隣のベテラン警備隊員が緊張して固くなっている賢を見て声をかけた。


「おい、そんなに緊張するな。確かに物々しいけど、誰も来やしないって」


「はい、すいません、先輩、いや班長。初めてなもので」


「大丈夫だって、新入り君。なんかありゃ俺がなんとかするって」


この先輩は、以前は特殊部隊に居たんだという。そんな手練れがこんなところにいる事自体、暇そうに見えて

本当は非常に重要で危険な任務についてるのではないかという気になってくる。


「そうだよ、俺は前は、特殊部隊にいたさ。詳しい所属は機密事項なんで明かせないがな。だけど、いくら戦闘能力を鍛えたところで妖魔に手も足も出ない。馬鹿馬鹿しくなって異動を申請したら、ここに配属されたんだ。別に、俺みたいな特殊部隊出身者が必要だったわけじゃないよ。ここは見た目通り暇で安全なところだ。安心しなって」


賢は、「はい、ありがとうございます」と言いつつ、ますます固くなった。


先輩のベテラン警備隊員がダメだこりゃとばかり、肩を竦める。とは言え、完全武装の警備隊員が研究所内の扉を守るなんてあまり聞いたことはない。基地の正門を守る警備隊員ですらこんな重武装はしないはずだ。あの扉の向こうに一体何があるというのか?この前、研究員が何やら箱のようなもの中に運んでいたが…


そう彼が思っていたところに通信が入る。


「はい、こちら、セキリュティールーム扉警備班。え、なんだって?どういうことだ?… わかった。とにかく了解」ベテラン警備隊員が怪訝な顔をしながら、通信を切る。賢に指示を出した。


「どうやら、退避命令が出てたようだ。他の奴らはもう退避済みだ。妖魔の大集団がこの研究所上空に出現してるらしい。どういうわけか、我々には伝わってなかった。点呼で我々がいないことに気がついたんだと。ひどい話だ。急いで撤収して地下のシェルターに避難するぞ」


「え!?あ、はい、了解」賢がそう言い終えた直後、爆発音が響き渡り、2人は吹き飛ばされる。


「うううう、一体なんだ?」ベテラン警備隊員が、ゆらっと立ち上がり、賢に声をかけた。


「お、おい、袴田、大丈夫か?」


「ああ、はい、なんとか、ちょっと背中を打ちましたが」


その直後、再度爆発音がする。賢は自分が一体どうなったかわからない。耳がジンジンして何も聞こえない。


なんとか目を開けると、先輩警備隊員は事切れていた。2度目の爆風で飛んできた大きな瓦礫に頭を潰されていたのだ。


それどころか自分も動けない。体の感覚がない。きっと手足は繋がっているのだろうが、もうどうなっているのかさっぱりだ。いや、もう意識を失ったら最後2度と目覚めないことはなんとなくわかっていた。自分が致命的なダメージを受けていることも。死ぬのはそれほど怖くはなかった。


でも、姉を祥子を、家族を守りたいがために、自衛隊に入隊したのに、まだ全く2人を守れるようになっていないのに、こんな所で死ぬなんて、余りにも、余りにも無念だった。


家族を殺され妖精となった姉、その姉を守るため、僅か12歳で自らも妖精部隊に志願した、妹も同然な

祥子、その2人の後を追いかけて、高校卒業後陸上自衛隊に入隊したが、2人のために何か出来ただろうか?


<いや、何もできていない、何もできていないんだ!俺は!>


だが、やがてゆっくりと意識が遠ざかる。やがて光が消えていく。もう何も見えない。


<ねーちゃん、祥子、すまない…>


不意に体に何か取り付く。虫か何かだろうか?体の感覚はもうないはずなのに、何かが体に止まったことは理解できた。もう何も見えない真っ暗なはずの世界に光が灯る。


<やっと見つけだぜ、今代の王様!>


<誰だ!君は!>


<そんなこと後だ!さあ、光よ、虫達よ!崇め奉れ、我らが希望を。讃えよ、新たなる王を!>


不意に強烈な光に包まれる。


熱い。燃える。

熱い。熱い。熱い。熱い。

光が、体が、熱い、焼ける、燃える。

俺はどうなっ———

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