ブックカバー

@Shiratakih

第1話 練習・興味

「変なこと聞くけど、フクロウが喋ってるとこ見たことある?」

 恐る恐る私がそう聞くと、母は鼻を鳴らすように笑った後答えた。

「ないわよ。ミミズクじゃあるまいし」


 6月の有隣堂伊勢佐木町本店。梅雨時期のぬるい空気を、DIYの空調がなんとか押し出だそうとビリビリ音を立てている。国沢園子は慣れた手つきで文庫本にカバーをかけながら、外と同じように霧がかった記憶をたどっていた。


 大学一年生の4月、私は有隣堂伊勢佐木町本店のアルバイトとして書店員になった。駅を数個ずらせばおしゃれな書店もあるが、こどものころから通いなれたこの店舗が好きだった。しかし、いくら客として通っていようと、店員として働けばなかなか勝手のわからないもので、閉店後に業務の練習をする日々が続いていた。私物の小説に何度も折りなおしたクタクタのカバーがかかったとき、店長がコーヒー片手に話しかけてきた。

「頑張ってるね、だいぶうまくなったんじゃない?」

 すこし微笑み返し、本を縦に持つと、するりと中身が落ち、帯が全身を見せる。

「どれ、貸してごらん」

 店長はいつもの素早い手つきとは異なり、ゆっくりと手元を見せてくれながら、関係のない話を始めた。

「そういえば、まだ外には言っちゃダメなんだけど、今度うちで会社のYouTube動画を撮るらしいよ」

 コツとか教えてほしいんだけどな、と思いながら答える。

「動画って、あの本を解説するやつですか?でもわざわざ店舗でとるってことは、店舗紹介みたいな?」

「じゃなくて、なんかテレビみたいな。自社で番組作っていくんだって。なんとかってティッシュを紹介するらしいよ」

 意味が分からない、というのが顔に出ていたのか、

「まあお上もいろいろ考えてるんでしょ。書店ってこの先わかんないしね」

 現場の人が言うとなんか悲しいな、と思いながら、動画というものにも興味がわいてきた。YouTubeを見るのは好きだし、テレビ見たいというくらいだから、それなりの規模はあるんだろう。

「それっていつ撮るんです?シフトかぶってたら見学してもいいですか?」

 私がそう頼むと、いつの間にカバーかけを終えた店長がスマホを確認する。

「閉店後だって。国沢さんもシフト入ってるね。担当者に頼んでおくよ」

 ありがとうございます。と返し、スマホにメモを取る。

「そろそろ閉めるよ」

 店長が事務室に帰っていく。ぴっちりとカバーのかかった本を縦にしてみると、今度は裸の本がするりと落ちた。


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