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 マノンとジルベールによる第三王子暗殺計画が発覚したところで標的はすみやかに帰るのかと思いきや、謝り倒したことですべては許されたと思ったのか、そのままアルベリックは茶話会に参加し続けた。

 王子として育ったからか、元からの性格なのか、空気を読まないもしくは敢えて空気を無視するつもりらしい。

「トネール伯爵令嬢に興味があるのは、マノン殿の友人だからってのはあながち嘘ではないよ」

 侍女が草刈り鎌と鍬を片付けに行ったのを確認してから、アルベリックは答えた。

「わたくしの友人には婚約者がいるので、興味を持つのはおやめください。代わりにわたくしの妹たちはどうですか? まだ婚約をしていない者ばかりですわ」

「え? わたし、お姉様のお下がりは要らないわ!」

 慌ててソランジュが首を横に振る。

「お下がり……ソランジュ、口を慎みなさい。殿下は一応国王陛下のご子息ですよ」

 柔らかい口調でマノンは妹に注意する。

「お姉様。一応って、どういう意味?」

 たしなめられたことなど気にする様子はなくソランジュが尋ねる。

「そのうち勘当されるかもしれないじゃないの。身から出た錆で」

「あぁ、なるほど! なら、ますます要らないわ!」

 第三王子はフェール公爵令嬢姉妹の間ではすっかり『物』扱いになっている。

 ジルベールは兄の評価が底辺に達していることを気にする様子はない。なぜなら、兄の評判が悪ければ悪いほど、自分の評判は上がるからだ。特に、フェール公爵家内で。

「殿下がわたくしの友人と交際して醜聞になった場合、傷つくのは友人だけです。殿下は勘当されて王家から解放されて万々歳でしょうけれど、トネール伯爵令嬢は違います」

「嫌だなぁ。別に父から勘当されることが目的ではないよ」

 マノンの指摘にアルベリックは首をすくめる。

「そうですか? キーファー公国からの縁談をなんとか断るために、恋人役を演じてくれるご婦人を探しているのかと思いましたが。婚約者がいる令嬢に懸想しているなんて噂が流れれば、これまでの殿下の醜聞の数々と合わせて殿下が同じようなことをこれからも繰り返すのではと不安視したキーファー公国が殿下と公女の婚姻を躊躇すると考えて、あちらこちらでご婦人方を口説きまくっているのだろうとわたくしは推察したのですが」

「…………なんでばれてるんだろう?」

 ぼそり、とアルベリックが呟く。

「ちなみに、その噂にわたくしを巻き込もうと殿下が目論んでいたこともとっくにお見通しです。もし殿下がわたくしに懸想している素振りを見せようものなら、殿下になんらかのお仕置きが必要であると父に報告することを検討していました」

「そのお仕置きって、具体的には、なに?」

 おそるおそるアルベリックがマノンに尋ねる。

「聞いてどうするんですか」

 マノンが首を傾げると、アルベリックは黙り込む。

「お仕置き案のひとつとして、我が家の庭に埋めるか、王宮の庭に埋めるか……」

「それは、生き埋め?」

「生死については要相談といったところですね」

 さらりとマノンは答える。

 とりあえず、埋めることはほぼ決定事項だ。

「そもそも、殿下がわたくしに懸想することなどあり得ませんよ。殿下がわたくしを口説く姿を見た人々は、殿下がわたくしに弱みをいくつか握られていると考えることでしょう。反対にキーファー公国は殿下をわたくしからお救いするために、殿下と公女の結婚をできるだけ速やかに進めようとするかもしれません」

「なんで貴女の推測は途中からまったく的外れな方向に向かうのかな? あと、僕が貴女に握られている弱みって、ひとつじゃないんだ?」

「現時点で五つです」

 アルベリックの質問にマノンは丁寧に答えた。

「常々思っていたのだけど、貴女は自分が世間からどのように見られているのか、わかっていないよね」

「そんなことはありません。きちんと把握しているつもりです。わたくしは国王陛下と常に反目するフェール公爵の娘であり、ジルベール様の婚約者という立場を利用している悪役令嬢ですわ」

 ふふんとマノンが意地の悪い笑みを浮かべて宣言すると、アルベリックはジルベールに視線を向けた。

「弟よ。お前は自分の婚約者が自身を過小評価していることをどう思ってるんだい?」

「話の論点をずらすな。あと、さっさと帰れ」

 冷ややかにジルベールは告げた。

「あのぉ」

 それまで黙ってマノンたちの会話を聞いていたリリアーヌが、そっと口を開いた。

「アルベリック殿下は、ご自身がキーファー公国の公女様との縁談が調わないようにするために、交際相手を探していらっしゃるということですか?」

「そうだよ」

 弟からはしっしと犬猫を追い払うように手を振られながら、アルベリックは頷く。

「キーファー公国は最近いろいろときな臭くてね。父もキーファー公国と縁戚関係を結びたいわけじゃないんだ。ただ、表だって断る理由がないから困っている。それで、僕の交友関係に少々問題があれば、醜聞を避けたいキーファー公国は縁談を諦めてくれるんじゃないかと考えているんだ」

「父上はキーファー公国と縁戚関係を持つことで利益が生じることも理解されている。いざとなれば、キーファー公国をテルドール王国の属国にすることだって検討しているくらいだ。その布石として、王子のひとりを公女と結婚させるつもりなんだろう」

 ジルベールが冷静に分析すると、アルベリックが肩を落とす。

「僕がキーファー公国の公女と結婚した後、適当な理由をつけて公国に攻め込む可能性があるってところが僕は一番困るんだよ。完全に僕は人身御供だよね? テルドールがキーファー公国に戦争を仕掛けたら、真っ先にキーファー公国の国民は僕を血祭りに上げようとするんだよ? もしかしたら、テルドールの最初の犠牲者が僕ってことになりかねないんだよ?」

「尊い犠牲ってことで、これまでの醜聞が帳消しになって歴史には悲劇の王子として名を残せる機会だ」

「嫌だよ! フェール公爵はジルベールがマノン殿と結婚したら、王国から独立して公国を名乗るか、もしくはジルベールとマノン殿の子供が王位に就けるように算段しているのかもしれないから、ジルベールは生かしておいても充分利用価値があるって考えているだろうけどさ! 僕の場合とはかなり条件が違うよね!?」

 どうやら王子とはいっても、結婚相手によって将来の待遇に大きな差が発生するようだ。

「さすがにジルベール様もわたくしの父が暴走し出したら止めるでしょう」

 マノンが口を挟むが、ソランジュは「どうかしら」と否定する。

「ジルベール殿下はお姉様の不利益にならなければ、お父様が王国から独立しようが、王位を簒奪しようが、特に気になさらないと思うわ。そうですよね? ジルベール殿下」

「――――――あぁ」

 ソランジュに話を振られ、ジルベールは素直に首を縦に振る。

「ソランジュ、お黙りなさいな。そのような話が外に漏れたら、内乱罪で逮捕されるわよ」

 ため息をつきながらマノンが妹に注意をする。

 すでに不敬罪で逮捕される可能性が高い会話が散々繰り広げられていたのだが、その点は誰も咎めはしなかった。

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