第二十五話 謀反を食い止めろ

 払暁奇襲、という言葉がある。

 夜中よりも、明け方の方が眠気によって頭が冴えず、奇襲に対応できない。藍大司馬たちはそこを狙う、とグァン氏は言った。

 彼が言った通り、宮廷の周りは、藍家たちの軍勢が囲んでいる。どうやら、門の衛士も藍大司馬の手に落ちていたようだ。


「用意はいい?」

「勿論」

 叔英シューインが弓を構える。僕は本来、矢尻があるところに巻いた油の布に、火をつける。

「かーっ。結構熱いなこれ!」

 そう言いながらも、彼は弓を放った。


 ひゅううう、と音を立てながらそれは、地面にしかけていたあるもの――養母かあさんがくれたもの――に落下し、パァァァン! パァァァン! と火花を散らして爆発する。


「な、なんだ!?」

「天変地異か!?」


 奇襲をかけるはずが、逆に奇襲をかけられたことで、藍家の軍勢は大混乱だ。

 よかった。風圧で火は消えなかったらしい。


「おー、よく飛ぶぜ。冬だから弓の調子いいな。ってか、あれはなんだ?」

「花火。よく燃えるんだ」

 本当はちょっと違うけど、今は丁寧に教えている暇は無い。

「これで城の人間が、騒ぎに駆けつけてくるはず」

「だな。……とはいえ、これだけじゃねぇよな」

 さすが武官。察していたか。

 グァン氏は門から奇襲がかけられると言っていたが、さすがにそれだけでは抜けすぎているだろう。


「多分グァン氏が動員に掛けられたのは陽動作戦で、藍家本隊は別方向から来る」

「自分たちを慕う子分も皆切り捨てるって訳だな! 小物すぎんぜ!」


 僕らがいるこの位置なら、城のどこから入ってもわかる。

 どこだ。どこから彼らは入ってくる。


「いた! あそこだ!」


 叔英シューインが指を指した方向は、川だった。

 この国を流れる龍河を引いた河安の川は、消火活動を行うためにも、都城のあちこちに引かれている。もちろん、後宮の庭園にもだ。

 そこから入るつもりか!


 


 僕たちも川を泳ぎ、后庭にでる。

 冬の川を渡るなど正気じゃなかったが、寒さなど気にしていられない。幸いにも凍傷にはならずにすむようだ。

 多那如多ドナルドがいるかと思ったが、やつの姿はなかった。


「やつら、ここからどうすると思う?」


 叔英が聞いてくる。僕は、彼らの行動を思い出した。

「確か……頭に何か、担いでいたよな」

「ああ。松明を持って川を渡るみたいに、なにか濡らさないようにしていた……ような……」

 お互いの顔を見合わせる。まさか。

「あれ火種か!?」

「あいつら、後宮に火をつける気かよ!?」


 もしそうなら、急いで中にいる花鈴ファーリンに伝えなければならない。

「二手に別れよう! 君は美雨メイユーたちを頼む!」

「大丈夫かよ一人で!」

「問題ない!」


 いや、今ばったり遭遇して勝てる自信はないけどね。でも、後宮にいる女官と宦官たちを逃がさなければ。









 僕は後宮内を歩き回る。すると、明かりが漏れている場所があった。中を覗く。

 そこには、すっかり妙齢となっていた、李皇后が座っていた。何やら深刻な顔で、盃を覗き込んでいる。

 ――その時、本能的にその盃を弾いていた。


 パシャ、と水がかかる。

 少しの間、絶望的な表情で、李皇后が床に散らばった液体を見つめた。


「何をするのだ! 無礼も……」


 睨みつけた李皇后は、僕の顔を見上げ、ぽかん、と口を開けた。

「さ、……ツァイどの?」

「お久しぶり、李皇后。――さっきの、毒だろ」

 確信を持って僕が言うと、李皇后は顔を背けた。

「な、なぜここにいるのじゃ。ツァイどのは亡くなった。そうか、私を責めに来たんじゃな? そ、そろそろ命日だからな」

 ぶるぶると、早口で李皇后は続ける。

「わ、私が、あの時、止めなかったから。怪しい行動をしていた女官がおったのに、疑いたくなかったから。わ、私の、私と一緒に遊んでくれた最初の女官が……毒を、盛るなんて……」

 私のせいだ、と李皇后は続けた。

「私が遊戯なんぞに心を奪われておったから、人を疑うことを忘れておったから、ツァイどのが死んだ……美雨メイユーを裏切ってしまった……」


「――そんなこと、言わないでくれ」


 僕は、李皇后の肩を叩いた。

 彼女の独白に、大体察した。僕に直接毒を盛ったのは、李皇后と親しい女官なのだろう。

 けれど。

「あなたがあの遊戯を楽しんでくれたから、美雨メイユーは報われたんだ」

 僕は微笑む。

 あなたがいてくれたから、美雨メイユーはこんな宮廷の世界でも生きてこれた。僕も、李皇后がいてくれたから、なんとかなった。

 そして。

「李皇后。僕は生きてるよ」

「…………へ?」

「詳しく説明する暇がないんだ。今すぐ、後宮にいる人間を全員呼んで、外に出てくれ。――謀反だ」

 李皇后の眼差しに、怜悧な光が戻った。

「…………わが従兄じゃな?」

「うん。……周りには強い武官たちがいるけど、出来るかい?」

 僕が言うと、僕の手を振り払って、彼女は笑った。


「誰に向けて言っておるのじゃ。私は、この後宮の頂点ぞ?」


 その頼りがいある言葉に、僕も笑った。

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