第二十二話 花鈴の兵法

「『密告』の全体公開って、あれだろ? 『卓上話演ジョーシャンファーユェン』で、普通一人にこっそり教えるものを、全員に公開するやつ」

 どうやってそれをやるんだ? と叔英シューインが尋ねると、花鈴ファーリンは説明した。


「まず、美雨メイユーさんが複数の貴公たちを閨に呼んでいるのは、藍大司馬を呼び出すためだけではなく、藍家に都合の悪い情報を直接入手するためのものでした」

「藍家に都合の悪い情報? そんなのがあるのか?」

「あるに決まってるじゃないですか。――特に、性的醜聞スキャンダルがね」


 ニヤ、と花鈴ファーリンが笑う。


「あーいう権力を振りかざす男は、男女関係なく手を出しています。でしょう?」

「……沈黙ノーコメでお願いします」


 いや、心当たりはあるのだけど。僕も先輩や上司に、何度かされかけたし。

 隣を見ると、思いっきり叔英シューインが目を逸らしていた。武官は文官より上下関係マウンティングありそうだな。「孝武帝の男色も有名ですしねー」と、花鈴ファーリンは言う。


「こういうのは、名乗り出る被害者にあまりにも負担がかかります。匿名で告発しても、『嵌めるために嘘をつかれた』だの言われてしまうでしょう」

「……そうだな。それで心を壊したやつは多いよ」

 思い当たりがあるのか、叔英シューインが言った。

「それを含めて、藍家の悪事はすべて藍大将軍によって始末され、皇帝までには届かなかった。ですが――直接、皇帝に話すことができるなら?」

「つまり……美雨メイユーから閨に招かれた人物は」

「ええ。全員、藍家の被害者です」


 この事は内密に、と花鈴が言う。

 被害者だと名乗り出ることは、家の弱みになり兼ねない。だが、表向き皇帝の寵愛を受けているのなら、手を出されることは無い。それも複数なら、権力が一人に集まる心配もされない。

「もっとも、彼らは被害者の顔など覚えてないでしょうね。自分たちが権力をにぎれたことに舞い上がっています」皮肉な笑いを浮かべる花鈴。


「あ、美雨メイユーさん、だから身体の関係はないですよ。浮気じゃないです。安心してください、ハオ兄さん」

「いやそこの心配は、……してたけど」


 でも僕だけが許されたあのへやに、他の人がいるっていうのは……なんか、ちょっと、かなり嫌だ。


「彼らの協力によって、藍家に都合の悪い情報は十分集められました。あとはこれを公開します」

「公開するったって……匿名じゃ結局、握りつぶされるんじゃないか? かと言って実名じゃ、被害者にとってあまりに残酷だ」

「ええ。実名は出しません。そして、この情報をとして公開します」

「は? 嘘のこととして伝えたら、意味ないだろ?」


 訳が分からない、と叔英シューイン。だが、僕は花鈴ファーリンの意図がわかった。




「まさか――『卓上話演ジョーシャンファーユェン』の脚本として、悪事を発表するのか!?」


 

 僕の推理は正しかったようで、花鈴ファーリンは不敵な笑みを浮かべた。


「『紙牌決闘カードデュエル』と違って、今、『卓上話演ジョーシャンファーユェン』が流行しているのは、後宮と城下町の庶民の間だけ。貴公たちは女子供が遊ぶ低俗なものだと考えて、手を出していません」

 そう言えばそうだ。高官たちは、史実や礼学の経典と違い、作り物の物語は低俗なものと考えており、碁や六博よりも規則が簡易になった『卓上話演ジョーシャンファーユェン』を「男がする遊戯では無い」と見なしている。

「しかも、この『卓上話演ジョーシャンファーユェン』のおかげで、女官たちの識字率も庶民の識字率も格段に上がっています。これなら彼らの目をかいくぐって、多くの人に知らせることが出来る。

 しかも人間は、探りたい生き物です。たとえ別の名前の角色キャラクターでも、よく知る人物と似ていれば、『あれ? これ実話じゃね?』と思い至る人も出るでしょう。そして、人は考察をすると、


 匂わせられればいいんです、と花鈴ファーリンは言った。


「そして、噂が城下まで広まった時、朝議で皇帝が取り上げるのです。『ところで、藍家のこれこれの噂が流れているのだが――』と」

「たとえ噂だとしても、広がった時点で藍家に振り払う手段はないってことか!」


 叔英シューインの顔が輝く。

 ふふ、と花鈴ファーリンは言った。


「女と庶民を見くびっている奴らに、目にもの見せてやりましょう――――!」

 

 

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