第二十一話 犯人の動機

「やはり、藍家がハオ兄さんに毒を盛っていました」


 花鈴ファーリンがそう報告したのは、もうすっかり春めいた時期だった。

 そのころ僕は体調を取り戻し、体力回復に勤めていた。花鈴ファーリンは喪が明け宮廷へ復帰していた。代わりに、宮廷に戻ることが出来ない叔英シューインが、僕の面倒を見てくれた。同世代の男と一緒に暮らすのは初めてだったから、なんやかんや楽しかった。


「犯人は、藍大将軍の奥方、グァン夫人です」

グァン夫人……って、菫卿ドンチンじゃないのか!?」

「はい。確かに藍大司馬もご存知だったようですが、指示をしたのはグァン夫人だということがわかりました」

「なんでそう言い切れるんだ?」

 僕の言葉に、花鈴ファーリンはあっけらかんと言った。


「忍び込んで盗み聞きしましたから」

「……あ、そ」

「あんた、間者とか向いてるんじゃないか?」

ヤオ家の人間たるもの、盗聴などお手の物です」

 で、と花鈴ファーリンは続ける。

 

「藍大司馬の動機は勿論、一族の繁栄のため。ですが、グァン夫人の方の事情は、また複雑なものになっています」


 グァン夫人は、亡き藍大将軍の三番目の妻。年は四十も離れていた。

 だが恐らく、老いた藍大将軍には既に子種がなかったのだろう。グァン夫人には子が生まれず、「女として無能」だと、藍大将軍の子や孫に詰られていたらしい。

「ありとあらゆる医者や妖術に頼ったものの、結局子を産めぬまま。そこに現れたのが、阿嘉アジャを連れて皇帝になった美雨メイユーさんです。

 これは私の想像ですが……長い間不妊に苦しんできた彼女は、心が壊れたのでしょう。自分では制御出来ないほどの嫉妬と憎悪に苛まれた」

「そ、そんなことで? だからって、人を殺していい理由にはならねぇだろ!?」

 叔英シューインが納得いかない、という顔をしているが、花鈴ファーリンは厳しい顔で言い放つ。


叔英シューインさん。何に傷つくは、その人だけのものです。それは他者が図るものではない。

 ……それに、当事者にとっては、死よりも身が引き裂かれる出来事です。それほどの出来事だと理解されないことが、彼女の病の最大の原因です」


 花鈴ファーリンは目を伏せる。


「とは言え、叔英シューインさんの意見にも一理あります。同情はしますが、容赦はしません。徹底的に懲らしめましょう」

「けど、どうやって」

ハオ兄さん。――まだ決まっていませんが、近いうちに、阿嘉アジャが皇太子として立太子されます」


 その言葉に、僕は驚いた。

 多くの貴族や豪族の場合、長子が家督を引き継ぐことになるが、皇帝の後継者である皇太子は皇帝自らが決める。その為、皇帝は死期が近づいてから、皇太子を任命する遺書を認めることも多い。

 だが。


「皇太子って……阿嘉アジャはこないだ、五歳になったばかりだろ!?」

「ええ。そして、今のところ、阿嘉アジャ以外の公子はいない。

 そんな中で、グァン夫人は、ハオ兄さんが亡き今、どういう手を打つと思いますか?」

「まさか、阿嘉アジャの暗殺――阿嘉アジャをおとりにするつもりなのか!?」


 何考えてるんだ美雨メイユーは! まだ五歳のわが子を巻き込むなんて!


ハオ兄さん、落ち着いて。美雨メイユーさんも、自分がいかに残酷なことをしているか、わかっています。だからこれは、最後の手段です」

「最後の手段にもするなよ!! 阿嘉アジャは、子どもなんだぞ! どんな理由があろうと、それは絶対に」

美雨メイユーさんの心も壊れかける寸前なんですッ!!」


 滅多に声を荒らげない花鈴ファーリンの怒鳴り声に、僕は口を閉ざした。


「兄さん、美雨メイユーさんは怖くて仕方ないんです。今度は阿嘉アジャが殺されるかもしれない。たとえどれだけ道理にかなってなくても、人は簡単に人を殺せます!

 兄さんが死んで、どれだけ美雨メイユーさんが自分を責めたかわかりますか。自分のせいで、って。――だからこんな自罰的で自滅的な手段ばかりとってるんじゃないですか!!」


 その言葉に、僕の頭からは感情の荒波が去り、徐々に冴えてきた。

 同時に、身体を丸めて、自分を守るように座り込んでいる美雨メイユーのことも、頭の中に浮かんだ。


「……ごめん。悪かった」

「いえ。兄さんの言うことももっともです。なので、私たちで先手を打ちましょう」

「先手?」


「ズバリ、『密告』です。全体公開の、ね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る