閑話 美雨の出生 後編

 木偶の乱。

 当時、孝武帝は怪しげな術に溺れ、不老不死を求めた。そこに、一人の方士が現れる。名前は単福ダンフー

 彼は孝武帝に取り入り、法外な報酬をふっかけた。彼を気に入った孝武帝は、次第に諌める皇太子や臣下たちを遠ざけるようになる。

 そしてついに、単福ダンフーは、ジン皇太子が木偶人形を用いて孝武帝を呪っている、と吹聴する。

 怒り狂った孝武帝は単福ダンフージン皇太子の元へ送り、自分の元まで連れてくるよう命じるが、ジン皇太子が単福ダンフーを殺害したことで、反乱へと変わった。こるが木偶の乱。

 このジン皇太子が、私のお祖父様。

 そして、捉えられたジン皇太子の連座として、お祖母様も、お父様も、お母様も、私の兄姉たちも、全員処刑された。

 私だけを残して。


 当時、ジャン光禄大夫は廷尉右監だった。廷尉は刑法・裁判を司る官職で、当時のジャン氏は治獄使者としてお祖父様たちを取り調べた。その中に、私もいたのだ。

 彼は私を憐れんで、私費で養ってくれたらしい。その後お祖父様たちが処刑された後に無実が証明され、私は彼の養子になっている。だから今まで知らなかったけど、私の氏はジャンなのだ。ここまでは、藍大将軍から聞いた。

 私が知りたいのは、この後。

 私は彼のことを覚えてない。親なし子として、物心ついてから奴隷として生きていた。

 ジャン光禄大夫は、廷尉であった時、狂った孝武帝から今すぐ処刑するよう命じられても、自分が担当する容疑者たちを処刑しなかった。私だけでなく、多くの人が彼に命を救われている。わざわざ私費で養ってくれた人が、私を捨てるなんてとても思えない。


 彼はこの後、官職を失い、地方で働いていた、となっている。その後、急に光禄大夫についている。

 月里ユエリーは長いこと悪疾にかかっていると言っていた。そんな記録はここにはない。けれど、なにかの過失でクビになったとも記されていない。

 何故彼は官職を失っているの?

 彼の養子になった私は、なぜ市中に放り出されたの?



  ■


 結局、めぼしい情報は手に入れられず、私は後宮に戻ることにした。


「あ、美雨メイユーさん!」


 後宮に戻ると、見慣れた顔があった。


花鈴ファーリン!? どうしてここに?」

「藍大将軍の命で、私も女官として後宮に入ることになったんです。しかも阿嘉アジャの乳母として!」

 いえーい! と、明るく花鈴ファーリンが言う。

「あ。……阿嘉アジャ公子の乳母として!」

「いいわよ言い直さなくて」

 ハオの従妹であり、私の友人でもある花鈴ファーリンが後宮に来てくれた。阿嘉アジャは信頼できる人に預けたかったので、本当に嬉しい。

「だけど、あなたも巻き込むことになってしまったわね……いつも頼りっぱなしだわ、私」

「なんのなんの! それに私、今ワクワクしているんですよ!」


 頬を両手で覆い、恍惚とした顔で花鈴ファーリンは言う。


「権謀術数の宮殿、華やかな世界の裏側のドロドロとした世界、そこに毒殺がないなんてことはなく……! ああ、楽しみで仕方なくて!!」

「相変わらず変態ね、あなた」


 花鈴ファーリンは有能だけど、こういうところがヤバい。


「毒だけじゃなくて、仕掛けで密室殺人とか起きないですかねえー」

「私、狂人玩ルーニープレイには一家言あるけど、あなたは素で狂ってるのよね」


 でも正直、こんな精神じゃないとやっていけないような気もする。宮廷って。

 

「あ、更に多那如多ドナルドさんも、ここに住めるようになったんです!」

多那如多ドナルドも!?」

「ええ、藍大将軍の取り計らいで! 后庭にいますよ!」

 それはありがたい。けど。

「気を遣うのではあれば、ジャン光禄大夫に会わせて欲しいわ……」


「……ジャン光禄大夫?」


 私の呟きに、花鈴ファーリンが目を開いた。

「知っているの?」

「ええと……ジャン延年イェンニェン様のことですよね」

「そうよ」


 花鈴ファーリンは学習所に顔を出していたので、私より政に明るい。何か知っているかもしれないと思い、「どんな人か知ってる?」と尋ねると、ええと、と花鈴ファーリンは言った。


「もしかして、美雨メイユーさん、ご存知なかったのですか……?」

「へ?」

「その方は、伯母さまの元婚約者ですよ」


 花鈴ファーリンの伯母さま……ってことは、ハオ養母おかあさまで、私の姑で、私は昔から「おば様」と呼んでいて……。



「……はえ?」


 またしても知らない私だった。

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