第九話 遊戯ってなんで過激な言葉が出てくるんだろうね

「皇帝に対して、説教じみたことを申してしまった。許して欲しい」

「いいえ。……とてもよく、わかるわ」


 今度は美雨メイユーが目を伏せる。

 再び沈黙が重くのしかかった。耐えきれず、僕は口を開く。


「え、ええと、彼女は、遊戯も得意なんです」

「遊戯? 碁か? 六博か?」

「どちらも得意ですよ」

「あまり好きでは無いけどね」

 美雨メイユーは付け足す。

「ほう。得意ではあるのに、好きでは無いと」

「ええ。勝ち負けが出るの、好きじゃないの。私」

「は? 勝ち負けがなくて、どう決着をつけるのだ?」

 李太皇太后が怪訝そうな顔をして尋ねると、


「それでは太皇太后! 一緒にやりましょう!」


 美雨メイユーはキラッキラとした目で、竹簡とダイスを取り出した。

 持ってきてたんだ。








「よいぞよいぞ! これで歌熱グールとやらの攻撃は終了じゃ!」

「それでは、猫猫マオマオの番です。どうしますか」

「無論、逃げるに決まっておろう! こやつら歌だから範囲攻撃の上、状態異常も起こすのじゃぞ! いくら猫猫マオマオの命が九つもあるとは言え限界だ!」

「では対抗力で振ってください」

「コロコロ~……よし成功!! ふはは人魚モドキめ! 雑魚ザコであったな!」


 すっかり『卓上話演ジョーシャンファーユェン』の遊戯規則ルールを理解した李太皇太后は、まるで熟練の玩家プレイヤーのように遊んでいた。調子に乗って美雨メイユー狂人玩ルーニープレイを勧めてくる。

 すごいな。数刻前の、「感情をあまり表に出すな」と言った同一人物とはとても思えないぞ。


 こうしてみると、ごく普通の人間だ。楽しいから笑い、興奮するから声を上げる。

 そりゃそうだ。まだ彼女は、十三なのだ。字を貰っても、心と体はまだ不安定のまま。

 幼くして後宮に入れられ、後ろ指をさされ、瞬く間に夫が亡くなった。それでも怒りも悲しみも表に出してはいけないと育てられた方。

 美雨メイユーも、ここで育ったら、そんな風に生きたのだろうか。


「……ではあなたがつけた火により、歌熱グールの棲家は燃えていきました」

「見よ! 火の海にしてやったわー!」


 ……さっきから高貴な人間が使ってはいけない言葉を使っている気がする。いいのかこれ。悪影響も与えてないかこれ。藍大将軍に怒られそう。


 ■


「ふう。楽しすぎて、喉が枯れてしまったわ」

「良かったわ、同志がお城で見つかって。また遊んでくれるかしら」

「勿論だ! 今度は私が遊戯主人ゲームマスターをやろう! ……ところで、貴兄は何をしておるのだ?」


 呼ばれたので、僕は顔を上げた。


「記録をとっているんです」

「記録?」

「先程遊んだ内容を書き留めて、後で読み返せるようにしてるの。たまに挿絵なんかも描いてみたり」

「これでも役人やっていたんで、書き留めるのが仕事だったんです。絵は花鈴ファーリン……従妹の方が上手いんですがね」

 丁度書き終えたところだったので、僕は李太皇太后に竹簡を渡す。

「そうやって、たまに読み返して、『あの時楽しかったね』って。そう言い合えるのが醍醐味なの」

「……!」

 美雨メイユーの言葉に、李太皇太后は目を輝かせる。頬を紅潮させ、両手で竹簡を受け取った。


「……少しだけだが、陛下と、碁をしたことがあった」


 ポツリ、と李太皇太后は言った。

「陛下はお忙しい方であったから、中々お会いできなくて。その時は夜更かしして遊んだのだ。灯台のゆらめきと、柔らかい影を思い出す……」

 だんだん声は掠れていく。

「……思えば、あの時も、楽しかった、のだな」

 ポロポロと、玉のような肌の上に涙が零れていき、そして、破裂するかのように、彼女は泣いた。


 その時、ようやく私は、故人を偲んで泣けた気がすると、李太皇太后は、後に話してくれた。




 後日。

「見よ! 絹の巻物じゃ! ツァイどの、これに今回の遊戯の記録を記してくれ!」

 李太皇太后に書記係を任されることになるのだが、それはまた別の話。

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