摩天楼は冷たく微笑む

岸亜里沙

摩天楼は冷たく微笑む

高層ビルの屋上では、巨大な蜷局とぐろを巻くように強い風が舞っていた。


真冬だというのに、その風はとてもあたたかく感じる。


これから自殺をする私の背中を、優しく押してくれているようだ。


無心で鉄柵を乗り越え、屋上の縁に立つ。


若干の恐怖心が襲うのではないかと思ったが、実際は正反対。


これで全てが終わるのだと思うと、無性に清々しくて、心の中をおおっていた悩みは消え、久方ぶりに私は笑っていた。


「サヨナラ」と小さく私はつぶやき、躊躇ためらいもなく身を投げた。


生まれて初めて感じた、最初で最後の自由。


今日が私の命日。


落下し続ける体とは裏腹に、意識は天高く昇るかのように薄れていった。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆









気がつくと私は、まっ白な天井を見上げていた。


「ここ、どこ?」


「良かった。目が覚めたんだね」


体に力が入らず全く動かない。

声がした方に視線だけを向ける。


そこに居たのは緑色の手術着を着た医師のような年配の男性。


「ここは病院だよ」


「私、死ね、なかったの?」


私は頬に涙が伝うのを感じた。

まだ確かに生きている。


「いいや。君はあのビルから飛び降りた時、一回死んだんだよ。そして生まれ変わった。だから今日は君の命日でもあり、新しい誕生日でもあるんだ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

摩天楼は冷たく微笑む 岸亜里沙 @kishiarisa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ