ボーナストラック

大学3年生・冬 夢に向かって 

 窓の外はうっすら冬の日差しが当たっていた。今日も東京の街はせわしなく動いている。


 日曜日。

 僕はアパートでインスタントコーヒーを飲んでいた。

 近くをトラックが通り過ぎて部屋が若干揺れる。これにもすっかり慣れた。


 目標だった明央大学に合格した僕は、大学からやや距離のあるアパートに入った。

 遠い方が、彼女を目撃される危険も減るだろう。そう思ってのことだ。


 インターホンが鳴った。僕はドアを開ける。


「おひさ~、翔太郎」

「久しぶり、芽生メイ


 僕は芽生を部屋の中に迎え入れる。


 高校の時は名字を取ってユッキーと呼ばれていた僕だが、大学に入ってしばらくしてから今の呼び方に変わった。


 きっとどこかで、僕たちは結婚する。その時になってもユッキーって呼んでるのはまずいよね、と芽生が言ったのだ。


 芽生はコートを脱いで、グレーのセーターと青いジーパン姿になった。


「先週は来られなかったから、そのぶんお土産たくさん持ってきたよ」

「そんなこと気にしなくていいのに」


 芽生はたくさんのお菓子をテーブルの上に置いた。


「今年もあと一ヶ月切ったね~」

「そうだね。来年はいよいよ就活だよ」

「そっかぁ。あたしはもう、配信で食べてくって決めたよ」

「おー、ついに決めたか」

「踊ってみた、出せば安定して数字伸びるし、広告収入で余裕持って暮らせる。でも、どうにもならなくなったらお父さんの会社で事務やろうかなって考えてるよ」

「事務やるの?」

「あたし、大学で資格取ったからね。こう見えても人生のリカバリーくらいは考える女なのだ」

「さすが芽生。よしよし」

「えへへ……」


 芽生の頭を撫でると、脱力したような笑い声がこぼれる。顔つきはだいぶ大人びた彼女だが、こういうところは昔のままだ。


「翔太郎は? 狙ってる会社あるの?」

「実は、葉月エンタープライズを第一志望にしてるんだ」

「えっ、お父さんの会社じゃん! 長野に帰ってくるってこと?」

「採用されればね」


 芽生の顔がパッと明るく輝く。


「じゃあ地元で一緒に暮らせるね! 物件探しはあたしに任せといて!」

「ダメだよ、それこそ一緒に選ばないと」

「あ、そっか」


 僕たちは笑い合う。


 葉月エンタープライズは芽生の父親、辰馬さんが築き上げた会社だ。多角的総合企業を名乗っていて、様々なサービスを手がけている。


 ガソリンスタンドや自動車販売、運送にゴルフ練習場やバッティングセンターなど、長野北部にかなりの系列会社を持っている。


 それらを取りまとめる葉月エンタープライズの経営企画室。

 僕が狙っているのはそこだ。

 かなりの狭き門なのだが、どうしても入りたい。


 辰馬さんがいるから有利……なんて考えたわけじゃない。

 純粋に、自分の持っている発想力を試してみたいのだ。それが故郷でできるなら一番いい。


 ふさわしい場所が、ちょうど彼女の父親の会社だった。まさに奇跡!……と言いたいところだけど、前々から面白そうな会社だと思って調べていたのだ。葉月で活躍するにはどうするべきか。そんなことを考えていたら自然と第一志望になった。


「あたし、お父さんには何も言わないでおくよ。翔太郎もその方がいいよね?」

「わかってくれる?」

「もちろん。翔太郎はコネとか嫌いそうだもんね。真面目だから」

「不器用とも言う」

「そういうところが好きなんだけどね」


 芽生は僕が淹れたコーヒーを飲む。


「月詩って覚えてる?」

「もちろん」

「あの子もこっちで就職先を探してるみたいなの。もしかしたら踊ってみた撮影チームがまた合流できるかもね」

「芽生は僕が他の女の子に会うの、嫌じゃない?」

「月詩は特別だよ」


 現在、芽生の踊ってみたの撮影は彼女のお母さんが引き継いでいる。動画に編集を入れる時は芽生が自分でやる。そんなスタイルに変化した。


 月詩さんは群馬の大学にいるので、僕と同じように気軽に地元には帰れないのだ。


「翔太郎が合格決めたら再来年からついに同棲できるね。めっちゃ楽しみ~!」

「ここまで耐えてきたし、そろそろ始めたいね。芽生にこれ以上苦労かけるのも嫌だ」

「あたしは平気だよ? 新幹線なんて寝てれば着くもん。まあ電車の乗り換えはちょっとややこしいけど」


 それを月に二回、三年も続けてくれているのだから本当に僕は素敵な彼女を持った。


「ねえ、同棲できるようになったら……」

「うん、僕から言うよ」

「そ、そっか」

「もうちょっとだけ待ってて」

「わかった」


 直接言葉にしなくても、お互い意味は理解している。

 あとは内定をもらい、大学を卒業するだけ。

 幸せな二人暮らしを夢見て、もう少し頑張ろう。


     ☆


『今日は久しぶりの歌枠ってことでよろしくね~』


〈待ってた〉

〈半年ぶりか?〉

〈始まる前から泣いてる〉


 雪の降る夜、僕は部屋で一人、芽生のカラオケ配信を聴いている。

 踊ってみたと雑談配信の他にもコンテンツを増やしたいということで、芽生は歌ってみたも始めた。


 高校時代、一緒にカラオケに行かなかったので知らなかったが、彼女はとても歌が上手いのだ。予想通り好評で迎えられたので続けるようになった。


 芽生はいまだに個人勢の配信者のままだ。

 事務所に所属することもなく、好きなことをやっている。

 結局、彼女にとってはそれが一番向いているのだろう。


 IOLAさんのMVに参加したのが呼び水となって、たまにアーティストのMVに出演することはある。それでも片手で足りるくらい。でも、それでいいのかもしれない。


『今日は夢に向かうあなたのために、応援ソングをたくさん用意してきたよ! 最後まで聴いていってね~!』


 センター試験が近い。

 そういった人たちへの応援歌かもしれない。


 でも、この選曲は僕にも向けてくれているのかもしれない。


 静かな部屋で、僕は彼女の歌声にじっと聴き入っていた。

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