12話 ありのままのメイでいてほしい
「かんぱ~い!」
「かんぱい」
「テンションひっく。もうちょっとアゲてこ?」
「え、えーと、ウェーイ」
「くふっ」
メイが飲みかけていた紅茶のペットボトルを離した。「けほっけほっ」とむせながら笑っている。
「ユッキー面白すぎ……ふふふ」
「な、慣れてないから……」
「んーん、かわいくてよかったよ」
メイはずっとニコニコしている。
深呼吸をして、僕は自分のペットボトルを口にする。メイも紅茶を一口飲んだ。
「ほい、またクッキー焼いてきました~」
「おおー」
バッグから取り出されたタッパー。その中に丸いクッキーがたくさん入っていた。
「フツーのとチョコ味で分けてみた」
「す、すごいね。お父さんいたのに」
「来る前に用意しといたから余裕だったよ。はい、どーぞ」
「いただきます」
バタークッキーをつまんで口に入れる。今回もサクッと溶けてほどよい甘みが広がる。
「おいしい。前にもらったやつもすごくよかったよ」
「あ、お礼のやつね。今回の方が時間かけて作れたと思うんだけど」
「どっちもおいしいよ」
「ありがと」
メイは自分でもクッキーを食べた。
「うん、まずまずかな」
「お菓子作るの好きなの?」
「そーね。ダンスにはまる前はいろいろ作ってた。だから好きといえば好き」
ネット上のメイは人気者だ。学校でも同じイメージだけど、実際のところはどうなんだろう。かわいいと綺麗をあわせ持ち、運動神経がよくて料理もできる。
最強じゃないか? 調理実習とかも無難にこなしそうだ。
「あ、そうだ」
ニコニコ顔がいたずらっ子の笑みに変わった。
メイはクッキーをつまむと、僕の口に伸ばしてくる。
「あーん」
「こ、こら! からかうのはよくない!」
「え~、面白いからやらせてよ」
「は、恥ずかしくて無理だよ」
「ねえ、おねがぁい」
「甘い声はずるい!」
僕たちはしばし睨み合った。僕は口を閉じ、メイはその前にクッキーを構えている。
「…………」
なんだ、この緊張感。
「ふふっ、本当に楽しいなあ」
メイは笑って、手を引いた。
「まあ、楽しいけど――ッ」
そこまで言いかけて硬直した。メイが不意打ちとばかりにクッキーを突っ込もうとしてきたからだ。でも、また途中で止まった。
「……あぶな。考えてなかった」
「ネイルのこと?」
「うん。勢いでやりそうになっちゃった」
「やっぱり、めちゃくちゃ優しいよね」
「う~、こんなはずじゃなかったのに……」
メイは不満そうに言って、クッキーを自分の口に入れた。淡いピンクのネイルが照明を反射している。
しばらくお互いに黙り込み、クッキーを静かにつまむだけになった。
マシンの洗濯している音だけが響いている。
「あ」
いきなりメイが言った。
「どうしたの?」
「え、その……」
露骨に視線を逸らされる。……マジでどうした? 僕みたいな挙動になっているんだけど。
「あ、あのさ」
やがて、メイが顔をうっすら赤く染めて言う。
「唇に、クッキーのかけらついてる」
「え――あっ」
手を動かそうとした。だが、それよりメイの方が早かった。指の腹が僕の唇をなぞり、かけらを取り去っていく。メイはその指をペロッと舐めた。
ちょっと下を向いてから、やがて笑った。
「こういうの、恋愛ドラマとかで見るけど、実際やろうとすると恥ずかしくなっちゃってさ……あはは」
「ああ、うん……」
「ド、ドキドキした?」
「……した」
「へへ、あたしの勝ちだ」
照れているメイの笑顔が信じられないくらいまぶしい。
みんなメイのことをギャルとか男の扱い慣れてそうとか言ってるけど、この純真さはどうだ。誰も、メイのこんな顔は知らないだろう。
「あ、あのさ、男友達いないんだっけ?」
「うん、いないよ?」
「そう……」
「急にどしたの?」
「その、今の笑った顔、誰にも見せないでほしいなって、思ったりして……」
ああ、なんて恥ずかしいことを言っているんだ。でも言わずにはいられなかった。噛んでもいいからこの気持ちを伝えなきゃと思った。
「それって、あたしの笑顔を独り占めしたい感じ?」
僕は真っ赤になりながら、こくんとうなずいた。
メイが口に手を当てて「ほわ~」とよくわからない反応をした。
「やば、ユッキーがそこまで言える子だなんて思ってなかった。これ、他の男子に見られるの嫌なんだ」
「う、うん」
「そっかぁ~。ユッキーってもしかして独占欲強いんかな?」
「自分でもよくわからないけど……」
「ふっふっふ、そこまで言うなら隠しといてあげましょう」
「ほ、ほんと?」
「うん。てか、たぶん見せようとしても見せられないと思うんだよね」
メイはまた、自然体の笑顔を見せてくれる。
「だって、ユッキーと話してるからこうやって笑えるんだもん。こんなにリラックスできる人、他にいないよ?」
「月詩さんとか……」
「あたし、月詩の前ではけっこういろいろ意識してるから。ダラッとしてても大丈夫って安心できるの、マジでユッキーだけ。キミはありのままのあたしを受け入れてくれるもんね」
消えかけた顔の熱さがぶり返してきた。
メイにここまで言ってもらえるなんて。
「こうあるべき」とメイに押しつけなかったことで、彼女の信頼を勝ち取ることができたのだ。
きっと、配信者として周囲の視線を気にすることは多いだろう。
でも、少なくともここでは何も気取らなくていい。
このコインランドリーが、メイにとって安心できる隠れ家。
やっぱり二人にとって大切な居場所になっているんだ。
これからも秘密を守り抜いていこう。そう決意した。
まだ時間はある。もう少しだけ、飲み会を楽しもう。
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