11話 密会に障害はつきもの
ゴールデンウィークも、ぼっちにとっては家にこもるだけの時間でしかない。
メイと会う予定の土曜日までは勉強をして動画を見てだらだら過ごした。
今日はいよいよ夜会の日である……のだが。
「すー、すー」
「どうするんだこれ……」
僕の部屋で母さんが爆睡しているのだった。
ようやくの休日ということで僕の顔を見に来てくれたのだが、よっぽど疲れているらしく眠ってしまった。
現在、夜の七時。あと一時間で出かけなければならないのに、母さんが起きなかったら行けなくなってしまう。メイとは一時間くらい話すし、放置していくのはまずい。
「くっ……」
やはり密会に障害はつきものなのか。天は僕に試練を与えている。
「母さん、母さん」
「んん……」
「そろそろ起きないと」
「ああ……もう真っ暗だ……」
よかった。起きてくれた。
母さんは座布団から顔を上げ、カーペットにあぐらをかく。
「ふああ……ごめんね。完全に寝ちゃった」
「いいよ。疲れてるんだもんね」
「晩ご飯はどうするの? どっか食べに行く?」
「……えーと、実は昨日外食しちゃったんだ。今日は惣菜で食べるつもりだよ」
「そっか。なんか作ろうか?」
「とりあえず大丈夫」
「わかった。お母さんはどこか寄って食べていくかなあ」
「たまには贅沢しなよ」
「あんたは? 家にいた時からケチる傾向にあったでしょ」
「ちゃ、ちゃんと牛丼の大盛り食べたよ」
「うんうん、そのくらいはしないとね」
納得してくれたか……?
「じゃ、そろそろ行くかあ」
母さんが立ち上がったので、僕は玄関まで見送る。が、廊下でその足が止まった。
「シンクが汚れてるな。ちょっと掃除させて。気になる」
「えっ!? じ、自分でやるよ」
「まあまあ」
母さんは流れるようにスポンジを掴んでシンクをごしごし洗う。何もかも拒否していると怪しまれるので、僕は見守るしかない。
「よーし」
十分ほどかけて、母さんがシンクを洗ってくれた。僕は食器を洗うばかりでそちらを見ていなかったからありがたい。
「今度こそ帰るね」
「うん。気をつけて」
「あ、それで洗濯機なんだけど――」
「洗濯機、なくていいかも。コインランドリーあるし」
「そう?」
「そこまで歩くのもいい気分転換になってるし」
「ふうん。それがずっと心配でさ」
「大丈夫だよ」
母さんはうなずき、帰っていった。僕はリビングに戻って時計を見る。いつの間にか七時四十分まで時間が進んでいた。
でも、まだ余裕だ。
まっさらピュアまでさほど距離はない。今から出かければちょうどいいだろう。
僕は洗濯物と、買っておいたミルクティーをバッグに入れてアパートを出た。急ぎ足で歩いて――ガツン。
「ぐうっ」
「ごはっ」
僕はバッグを落としてうずくまった。相手も同じようにしている。
まさか、路地の角で人と激突するなんて。
「す、すみません……」
「や、こちらこそ……」
街灯に照らし出されたのは、見るからに爽やかさ全開の男の人だった。大学生くらいだろうか。
「キミ、高校生?」
「は、はい」
「ごめんな。まさか人がいるなんて思わなかったよ」
「僕も不注意でした」
「慌ててたんだ。早く帰らないとライコーさんの配信が始まっちゃうと思って」
「ああ、今日はスマブラ大会の日でしたね」
「え、わかるの!?」
「たまに見るので」
「なあ」
「はい?」
「俺らの出会いってさ、運命なのかな」
「そういうのは女性に向かってやった方が……」
「うん、俺もやっちまったと思った」
顔を見合わせ、「はははは」と笑い合う。
「でもゲーム実況者の話題伝わったのマジで感動した。キミ、この辺に住んでるの?」
「はい、アパートに」
「へー、実は俺もそうなんだ。そこのレジーナってところでさ」
「えっ、僕もそこです」
「マジで!? じゃあ今度語ろうぜ! 俺103号室のツルタ!」
鶴田と書くらしい。
「僕は205号室の結城です」
「えっ、二階の角部屋? いいとこ入ってんね」
「両親が探してくれたので」
「そっかそっか。まあ、今日は急ぐから次会った時はゆっくり話そうな。じゃ!」
「お疲れ様です」
鶴田さんは走ってアパートへ飛び込んでいった。
スマホの時計を見ると――七時五十分!
くっ、やばい!
僕は走り出した。
「あれ? また結城くんと会っちゃった」
もおおおおおおおおお!!! どうしてえええええ!!!???
僕は叫びたくなった。今度はクラスメイトの藤堂くんと鉢合わせだ。
「と、友達の家に行った帰りだから……」
「俺もまた佐久間たちと遊んでたんよ。てか、友達って同級生? 結城くんって教室で誰とも話さないよね」
「あ、まあ……」
どうする。架空の友達を作り出すか? でも設定がないと後々矛盾する危険がある――そうだ!
「じ、実は趣味の合う大学生の人で、この辺のアパートに住んでるんだ」
「マジ? 大学生と遊んでるとかいい趣味してんね。美人?」
「い、いや、男の人」
「なんだ。女子大生なら顔見たかったのに」
「僕に女子の知り合いなんているわけないじゃん」
うぐ、この直後に崩れる嘘をつくのはあまりにつらい!
「そう? 結城くんってかわいい系男子だと思うし年上にモテそうだけどな~」
「そ、そんな風に見える?」
「ちょいネタキャラっぽさはあるけどね」
「……教室ではただのぼっちだからさ」
「一人が好きなんじゃなくて?」
「人と、話したい時もあるよ」
「だったら俺らのグループに声かけてくれていいぜ。佐久間も
「あ、ありがとう……」
藤堂くんってこういう人だったのか。ただチャラチャラしているだけだと思っていた。
「ま、気をつけて帰れよ! じゃあな!」
「う、うん。おやすみ」
藤堂くんが路地の向こうへ消えていく。今回も、僕はちゃんと見えなくなるまで待った。
スマホで時間を確認。
八時、六分。
……やらかした……。
無遅刻記録が、よりによって今日途切れた。
とにかくメイを待たせてしまっている。一秒でも早く行こう!
僕は走ってまっさらピュアへ駆けつけた。体力がないからすぐに息が上がる。
店の左側面から正面へ回り込む。
――と、駐車場を突っ切って走ってくる影があった。
「はあ、はあ……あれ、ユッキーもいま来たとこ?」
「ふう、ふう……うん、そう」
「あたし、お父さんがアパート来てて、なかなか帰ってくれなかったんだよね」
「僕も、母さんがアパート来て、友達と鉢合わせちゃったりして……」
お互いに肩で息をしながら視線を合わせる。
「ふふっ」
「はははっ」
そして、同時に笑い出した。
「これでタイミングぴったりになるの、逆にすごいじゃん」
「メイを待たせなくてよかったよ」
「あたしも助かった~」
メイはバッグを置いて深呼吸をした。
「やっぱ、黙って会おうとするといろいろ難しいよね」
「誰にも言えないもんなあ。でも……」
「うん、どしたの?」
「メイがちゃんと来てくれて嬉しい」
「あたしは約束を守る女ですから」
ふふん、とメイは胸を張る。
「ま、遅刻してるんですけど」
「それは僕も一緒だ」
「ユッキーこそ、あたしより壁が多かったのにえらいよ」
「約束は守りたかったから」
「あえてあたしと同じこと言ってる?」
「でも、本当にそう思ったよ」
「……よかった」
メイは安心した様子だ。
「ユッキーが急に来なくなったらって、たまに思う時あるんだよね。でもそんな心配するのはユッキーに失礼かな」
「そうだね。気にすることないよ」
「あははっ、言うねえ」
走ったせいで興奮しているのか、いつもより大胆な返事ができていた。
「ふう。――じゃ、一時間だけお茶しよっか」
僕はうなずいた。
「始めよう」
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