9話 言葉にするのが難しい
四月最後の週末。そこから平日を二日挟んでゴールデンウィーク突入である。
母さんは休日出勤があるとかで、ゴールデンウィークも普通の土日休みにしかならないらしい。
僕は実家に帰らず、アパートで過ごすことに決めた。
最近、考えていることがある。
――僕とメイの関係って、なんなのだろうと。
密会をする仲。交際とは違う。けれど友達というのもしっくりこない。
ただ遊ばれているだけとも考えるが、何回も会っているし、必ずメイの方から誘ってくれる。つまらない相手ならメッセージなんて送ってこないはずだ。
では、僕たちのつながりってなに? それがわからなくてモヤモヤしている。
日曜日の夕方、メイから暗号が送られてきた。僕はオッケーの符丁を返す。いつものようにシャワーを浴びて、洗濯した服を着る。
簡単な野菜炒めとご飯で夕食を取ったら着替えを持って出発だ。
☆
「やっほ」
「お疲れ」
夜八時過ぎ。今日もコインランドリー・まっさらピュアに人はいない。
やってきたメイは、白いカットソーと黒のショートパンツ、同じ色のブーツという格好をしていた。前髪はヘアピン二つで留めていて、左手首にはおなじみのカラフルなゴムが二つある。いかにも活発そうな女の子という印象だ。
「ね、この格好どう思う?」
「すごく似合ってる」
国語は得意なつもりだが、女子の服装を褒める語彙がない。
「変じゃないよね?」
「うん。どうして?」
「やっと月詩を説得できたから、次はこの格好で踊ろうと思ってるんだ」
「おお!」
「あはは、食いつきいいね。期待してたんだ」
「ま、まあね」
ちょっと恥ずかしくなる。でも、メイがついにジャージ以外の服装で踊るのは熱い。僕はそれをずっと待っていたのだ。
「てか、この前の踊ってみたの感想聞いてないな」
「すごくよかったよ。ラインで言いたかったけど、こっちから送るのも危ないって思ったから」
「そうね。月詩といる時に来たら終わるからね……」
メイは苦笑する。
「とにかく、最高だった。いつもはキレに目がいくけど、今回のは表情の変化も多彩でさらに表現の幅が広がった感じ。前はずっと笑顔で踊ってたけど、今回は歌詞や曲調に合わせてけっこう変えてたよね?」
服装は褒められないのにダンスの感想はスラスラ出てくる僕だった。
「そんなにちゃんと見てくれたんだ」
「だって、ダンスがすごかったからメイの動画追いかけるようになったんだし」
「へへ、ありがと。なんか、ちゃんと言語化されると恥ずかしいね」
メイは「ジュース買ってくる」と言って外へ出ていった。
僕はテーブルについて待っていたが、なかなか戻ってこない。店のロゴの隙間から、自販機の前をうろうろしている姿が見えた。
やがて戻ってきたメイは、サイダーのペットボトルと一緒に僕の向かいに座った。
「うう、駄目だ」
「何が?」
「顔熱いの、冷めなかった」
「……僕のせい?」
「だって、男子にこんな褒めてもらえたの初めてだからさ。直接話す男子って今はユッキーだけだし、お父さんもダンスのことは『すごかった』くらいしか言ってくれないし」
「男子っていうだけでそんなに違うのかな」
「全然違う。女子はもう慣れてるから笑って答えられるんだけどな……」
ふー、とメイは深く息を吐き出す。
今こそ、あの疑問をぶつけてみるべきかもしれない。
「あのさ、僕たちってどういう関係なのかな」
「え? うーん…………友達?」
「あ、やっぱり?」
あっさり返事をされて、ちょっと拍子抜けした。
「でも普通の友達じゃないよね。ここでしか話さないし」
「そう。そこがなんか引っかかって」
「じゃ、密会仲間ってことで」
「なるほど」
メイはあまりこの関係を難しく考えていないようだ。なら、僕も考えすぎない方がいいのかもしれない。
「仲間だしいろいろ協力してあげる。困ったことあったらアドバイスとかできるかも」
「ありがとう……」
ほんのちょっと、期待している自分がいた。
でもこの雰囲気だと、メイは僕を異性の友達としか見ていないようだ。そうだよな。相手をしてもらって浮かれていたけど、僕は基本的にぼっちなのだ。メイとは住んでいる世界が違う。
だったら、せめてこの時間だけは楽しまないと。
「そういえば、今回はホワイトポニーの曲を使ったんだよね。本人たちと会話とかできないの?」
「やー、さすがにできないよ。事務所に話通すだけだから。でもボーカルのミアさんが見てくれたみたいで、ツイッターで感想つぶやいてくれたよ」
「そうだったのか。よかったね」
「ユッキーは他の人の反応とかあんま見ないタイプ?」
「うん……もしネガティブな感想とか書かれてるの見たらショック受けそうだから……」
「あたしのことなのに?」
「自分が好きなものを否定されるのってすごく怖いんだ」
「なるほど~。ユッキーの性格がだんだんわかってきたぞ」
メイはうんうんとうなずく。
「あたしにもアンチはいるから、心配なら調べない方がいいよ。ネチネチ文句つぶやいてる奴とかもいるしね」
「いるんだ……」
「だいたいブロックしてるけど、なぜか新しいのが出てくるんだよ」
「同一人物かもしれない」
「ありうる」
有名人って大変だな。悩みも多そうだ。
「あの、愚痴くらいなら聞くよ」
「どしたの、急に」
「何か力になれないかなって思ったりして……」
メイがニコッと笑った。
「ユッキー、やっぱいい子だな~。ありがとね」
いい子って言われると自分が小さい子供みたいに思える。
「そういえば、ユッキーってゴールデンウィークどうするの?」
「特に予定ないな。家で勉強してると思う」
「わー、真面目だ」
「他にやることなくて」
メイは何か考え込んでいる。
「東団地公園ってわかる?」
「うん。あの小さいところでしょ?」
「そこでダンスの練習するつもりだから、こっそり見に来てもいいよ」
「でも、月詩さんに見つかったら……」
「そこは上手く隠れてさ。興味ない?」
「いや、めちゃくちゃある」
「正直だなあ。予定では五月三日に練習するから、時間決まったら教えてあげる。来れそうならちゃんと隠れてね?」
「わ、わかった」
今日の密会はこれで終わった。
洗濯物を回収すると、タイミングをずらしてコインランドリーを出るのが僕らの決め事だ。今日はメイを先に行かせる。
「わざわざ言うことじゃないかもだけど」
「うん?」
メイは金髪を指でいじって、なかなか話し出さない。
「最近……ユッキーと話してる時のこと、学校でも思い出したりしてさ」
「……ああ」
「そしたら、『あたしで女の子に慣れとけ』なんて言わなきゃよかったなって思うようになって」
「どうして?」
「なんか、ユッキーが他の女の子と話してるのを想像したらさみしくなったの。自分でも、なんでそんな気持ちになったのかわかんないんだけど」
予想外の告白だった。
「ユッキーは友達だと思ってて、でも本当は心の中じゃ違う気持ちなのかもしれなくて……」
そこまで話すと、メイは「うあー」とうなりながら髪の毛をかいた。
「駄目だー。全然言葉にできない。自分の気持ちなのに」
メイが難しく考えていないなんてとんでもない思い違いだった。彼女は彼女で壁に当たっていたのだ。
「その、今は考えすぎない方がいいんじゃないかな」
「そう? まだ友達でいてくれる?」
「もちろん。しばらく気ままにやっていこうよ」
「……ん。そうだね」
メイはうなずいて、バッグを肩にかけ直した。
「またお話ししようね」
「ぜひ。その前に練習見に行くけどね」
「あ、そうだった。じゃあまた時間連絡する!」
僕らは手を振って別れた。一人コインランドリーに残される。
練習見学、か。
バレたら大変なことになるのに、それでも誘ってくれる。
どう考えてもただの有名人とファンの関係ではなくなっている。
でも、僕とメイはまだ友達だ。
これから変わるか、変わらないか。今後はそれを探っていくことになりそうだ。
……それにしてもこの感情、言葉にするのがあまりに難しい。恋愛って、考えることが多すぎるよ。
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