隣の女子校の有名ギャルと、夜のコインランドリーで密会したい。

雨地草太郎

第1部

1話 目が合って5秒で逃走

「おい、お前ら昨日のやつ見たか?」

「見た」

「もう五回は見てる」


 四月。高校二年生初日。

 教室の窓際で盛り上がっている男子三人組を、僕――結城ゆうき翔太郎しょうたろうは後方からそーっと見ていた。


「メイちゃんやっぱかわいいわ~」

「ダンス最高だよな」

「雑談も聞いてるだけで楽しいし」


 僕はそんな話を聞きながら、自分のスマホに視線を落とす。

 画面では金髪ロングヘアーの女の子がキレキレのダンスを披露している。ジャージに半袖シャツなので服装は味気ないが、上着を腰に巻いているのがいいアクセントになっている。さらに、動きが圧倒的にかっこいいので服装なんてすぐ気にならなくなる。


「かわいいし運動神経も抜群。そりゃフォロワー増えるわ」

「この子が隣の高校に通ってるって、これもう奇跡じゃね?」

「大げさだなあ」

「だってそうだろ。長野の至宝だぞ。俺らみたいなのでもお近づきになれるチャンスがあるってことじゃん」


 僕が通っているのは、長野県長野市にある上松うえまつ高校。このメイという女の子が通っているのは、ここから徒歩で行ける距離にある北峰きたみね女子という高校だった。厳密には隣じゃないけど、みんな隣の女子校と呼んでいる。


 葉月はづき芽生めい

 それが彼女の本名だと聞いた。

 高校二年生で、ムービーキャストという動画投稿サイトを拠点に活動している個人配信者だ。配信活動では「メイ」という名前を使っている。そのまんま。

 メインは踊ってみた系のダンス。たまに歌ったり、雑談配信をすることもある。

 芸能事務所からスカウトも来ているらしいけど、自由を優先したいから全部断っているのだそうだ。


「はあ、メイちゃんとお話ししたい。でも俺じゃ無理かな……」

「無理だな」

「はっきり言うなよ! 夢くらい見せろ!」

「だって見るからにギャルだし。男をあしらうのすげー慣れてそう」

「わかるわかる。お前には無理だ」

「友達が冷たい……」


 僕はうずうずしていた。

 新たにクラスメイトになった三人組は、間違いなく気が合う。話しかけたい。

 でも、できない。

 僕はいわゆるコミュ障ってやつだから。

 たぶん、声をかけてもまともな会話はできない。「あ、あ……」とか口走って恥をかくだけだ。

 中学でぼっちになり、高校一年の時も友達を作れず今年に至る。学校で一声も発することなく帰るなんてよくある話だ。

 ……今年も、何も変わらないか。

 二年生初日にして、気力を削り取られている僕だった。


     ☆


 オリエンテーションのあとはすぐ授業。午後になってホームルームが終わると、僕はすばやく帰路についた。

 家庭の事情で、五日前から学校近くのアパートに入った。当面一人暮らしをすることになっているのだ。早く新しい生活に慣れないと。


 街はうっすらと夕焼けに染められている。

 通りを右に曲がってマックの前を通り過ぎようとした時――何かが目に入った。

 思わず立ち止まる。

 駐車場の見づらい場所に、男たちが固まっていたのだ。

 よからぬ気配がする……。

 見たところ学生ではなさそうだ。四人とも服を着崩して、髪の毛も染めている。


「ねえ、連絡先交換しようよ」

「い、いや……」

「なんで? いいじゃん。スマホ出してよ」

「俺にもちょうだい」

「怖がらなくていいって」

「だ、誰か……」

「はいはい、大声出すのはやめようね?」

「俺たちも暴力振るいたいわけじゃないのよ」


 どうやら女の子がチンピラに絡まれているらしい。


「……ッ」


 僕はつばを飲み込んだ。

 そう、確かに僕はコミュ障だ。

 けれど、こういうところに出くわしてしまうと見て見ぬ振りがどうしてもできない。このまま帰る方が後悔するとわかっているから。


 僕はブレザーのポケットからスマホを出して耳に当てた。


「あー、そうですそうです。上松の角にあるマックの駐車場です。すぐ来られます? 五分? はーい、じゃあ彼らにそう伝えておくので早く来てください。はい、強引に迫ってるので」


 わざと大きな声でしゃべりながら集団に近づいていく。チンピラどもがみんな僕を見ている。僕は精一杯の笑顔を作った。


「お楽しみ中のところごめん。警察に電話しちゃった」

「は――ああああッ!?」

「何してくれてんだよおおお!!」

「お、おい! 早く逃げるぞ!」


 四人組はものすごい勢いで走って逃げていった。


「……素直な人たちだ」


 うまくいきすぎてコントみたいだった。


「あ、ありがとう……」


 背後から声をかけられた。


「あ、いえ。気にしないで――」


 振り返って、僕は硬直した。

 そこにいたのは金髪ロングヘアーの女の子だったのだ。

 見覚えのある顔。切れ長の目は特に印象的だ。


 動画配信者のメイ――葉月芽生がそこに、おびえた顔で立っていた。

 グレーのカーディガンに白いブラウス。赤いリボン。黒いプリーツスカートにソックス、ローファー。

 北峰女子高校の制服姿だ。

 やたら短いスカートからすらりとした長い足が覗く。


「あっ、あっ、その、た、たまたま通りかかって気になっただけだから! 僕こういうの放っとけないんで! それじゃあ!」

「ちょっ、待って……!」


 僕は走って逃げ出していた。慰めの言葉が出てこなくて慌ててしまったのだ。


 昔からこうだった。

 ためらいなく人助けするくせに、その後のフォローがド下手。

 いや、無理だって。

 そんなの冷静に対処できる方がおかしいんだ。

 もう直接会うことはないだろう。逃げたことは許してくれ……!

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