元徳2年(1330年)

第32話 三男誕生と船舶訓練と中原章房の暗殺と仇討

 さて、年が明けて元徳2年(1330年)になった。


 また子が生まれ幼名は虎夜刀丸と名付けた。


 後の楠木正儀くすのき まさのりだ。


 今回は滋子の体調などに細心の注意を払った。


 本来の正成の妻は3人子供を産んだあとになくなった可能性があったからな。


「滋子、身体は大丈夫か?」


「はい、大丈夫でございますよ」


 どうやら、子供を産んだ後に母が死ぬという事態は避けられたようだ。


 本当に良かった。


 母子ともに健康なのを確認すると、俺は壱岐でキャラックタイプの大型砲撃船を10隻建造させていたものの完成の報告を聞いた、そしてそれぞれに150名ほど載せて航海訓練や砲撃訓練を行わせてた。


 この大型砲撃船こそが俺の奥の手では在るのだが、こいつの実際の出番は暫く先だ。


 瀬戸内海にて水上の戦闘が起こったときには活躍するだろうし、その前に九州を鎮圧する必要性が出たときには役に立つはずだと思うがな。


 そのためにはこの10隻の船が完全に連携を取れ、俺の手足のように動けるようになる必要がある。


 その訓練ついでに銛を用いた捕鯨を行わせることで、資金や食料の確保も行わせた。


 鯨というのは捕獲できれば余すところなく利用ができる優れた獲物で、鯨油は燃料や害虫駆除など多用途に使えるし肉と軟骨は食用にできる。


 さらにヒゲや歯や骨は櫛などの手工芸品や生活用品に、毛は綱に、皮は膠に、血は薬にと捨てるところがないのだ。


「まあ、銛を使った突き取り式捕鯨だと泳ぎが早い鯨をかるのは無理だがな」


「まあ、それでも十分でございましょう」


「ああ、鯨は高く売れるし、捕鯨は訓練ついでだから無駄も特にないしな」


 基本の捕獲対象は遊泳速度の遅いセミクジラやコククジラなどになるのだが、それでも十分だった。


 この当時の保存技術では魚は腐るのが早いため主に干物にしたが、哺乳類である鯨やイルカの場合は熟成させたほうが旨味成分であるアミノ酸が増えてよりうまくなる。


 厳密には魚も熟成は可能なのだが、常温では自己消化の速度が早すぎて腐敗状態になってしまうのだ。


 さて壱岐でそんなことをさせていた頃、京の都ではある事件が起こっていた。


 4月1日に正五位検非違使大判事中原章房なかはらののりふさが清水寺参拝の帰途に瀬尾兵衛太郎に殺されたのだ。


 これは彼が後醍醐天皇から討幕計画をうちあけられたのだが、成算なしと諌めたために、中原章房による六原への密告や露見を警戒した天皇が平成輔たいらのなりすけに手配させ悪党の瀬尾兵衛太郎を実行犯として行われたことだった。


 因みに中原章房は「法曹一途ノ硯儒」と称され、醍醐天皇から暑い信任を受けていたのだがな。


 そして中原章房の子の章兼は同年4月17日に山城国白河において、瀬尾兵衛太郎を発見し、弟の章信と共に瀬尾を討った。


 これは文官のあだ討ちとして評判になったが、もちろんそもそもの原因が後醍醐天皇に在ることなどは世間には知らされなかった。


 後醍醐天皇は二人の行動を危惧して九州の大宰府に彼らを転勤させた。


 事実上の左遷と言うか流罪のようなものだな。


 実際には正中の変後、後醍醐天皇は邦良親王、量仁親王により退位させられる可能性が高かったが、邦良親王の急死により一旦は危機を脱した。


 本来であれば文保の和談に従うのであれば嘉暦3年(1328年)に後醍醐天皇は皇位を譲らなければならなかった。


 しかし、皇位を譲れば自分も自分の子供も荘園などの領地すらすべてを失い、恐らく臣籍降下させられるであろうことをわかっていた後醍醐天皇は簡単には皇位を譲らなかった。


 比叡山だけでなく興福寺や延暦寺など南都の寺社に自ら赴いて赴いてそういった旧来の寺社勢力と接近しつつ、鎌倉に強い影響を及ぼすであろう西園寺禧子が男子を生むのを期待したが男子は生まれずにいた。


 もともと大覚寺統に仕える貴族たちは後宇多院の考えに基づいて、邦良親王を支持する者が大多数だったが、邦良親王が急死してその近習が出家に至って、持明院統の嫡子量仁親王が幕府の指名で皇太子に立てられ、退位の圧力はいっそう強まっていた。


 もし、六波羅が武力介入してきたら後醍醐天皇に逆らう武力はなかったから相当追い詰められていたわけだ。


 窮鼠猫を噛むとはいうが、この追い詰められた後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒すことになるとは誰も思っていなかっただろう。


 中原章房の暗殺のような事が起こっても帝による倒幕計画はもちろん続けられていた。


 それにより日本を揺るがす内乱の始まりが近づいていたのだ。

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