嘉暦3年(1328年)

第29話 北畠具行と言う男

 さて、あれこれやっているうちに年はあけ嘉暦3年(1328年)になった。


 俺は相変わらずあちこちの領民と混じって治水や開墾をおこなったり、大陸に言って交易を行ったり、朝鮮半島に連れ去られた壱岐や対馬の人々を奪還したりしていた。


 俺が赤坂村に戻ってきたときに万里小路藤房が連れ来てきた男が居た。


 その男は北畠具行きたばたけともゆきと言う公卿だった。


 北畠具行は北畠親房・顕家と同族の村上源氏で、親房の父の師重の従兄弟だが、後醍醐天皇の討幕計画に、高級貴族である親房・顕家は関与していなかったが、具行は積極的に関わっていた。


 これは彼が親房とは違いせいぜい中級貴族でしかなかったが能力は有ったということだろう。


 そして、万里小路藤房とも親しい帝の側近の一人だ。


 本来は元弘の変において捕えられ斬首されたが、佐々木道誉(京極高氏)の行き届いた配慮に深く感謝しその具行の態度に高氏も感服し、柏原宿の徳源院に一ヶ月ほど留め、幕府に対して助命を嘆願したというくらいだ。


 佐々木道誉はばさらものとして身分秩序を軽視して実力主義的で、公家や天皇といった名ばかりの権威を軽んじていたのだから公家としては北畠具行という男は変わっていたのだろう


「して、このような辺鄙な村にどのような御用ですかな?」


 俺は北畠具行に単刀直入に聞いた。


「うむ、この村に良い温泉が在ると聞いてな。

 私も共に入らせていただきたいと思ったのだよ」


 この男の目に暗い権力欲のようなものは見られない。


 そうでなければ万里小路藤房も連れては来ないだろう。


「そうでしたか、では、ご案内いたしましょう」


 俺は二人を引き連れて村外れの温泉へと向かった。


「ほう、立派なものであるな」


 北畠具行がそういった。


 山奥の赤坂村の温泉はもっとしょぼいものと思っていたのだろう。


 俺は共同温泉として村の誰でも使える用にしていたが、休養を取れるための床などもしつらえてある。


「まあ、使うものが多くなればそれなりに施設というのは整うものですよ」


「ふむ、そういうものか」


 俺達は服を脱ぎ湯に浸かる。


 いまは俺達の他に湯を使っているものは居なかった。


「ふむ、確かに良い湯だな、旅の疲れが消えてゆくようだ」


 北畠具行がいうと万里小路藤房も頷いた。


「であろう、山の中の湯というものも良い物だ」


 そんなことを言っていたが北畠具行が俺に聞いてきた


「働きもしないのに贅沢だけしている貴族など民から見れば害でしかないとお主は言ったそうだが

 ではなぜ朝廷は今でも存続しているのであろうか?」


 俺は首を傾げた。


「いきなりな質問ですな。

 民にとっては作った農作物を奪われるのが害でしか無いにせよ、生まれ育ったときからそういうしきたりになっているので何となく逆らえぬというところでしょう。

 幕府であれば逆らえば兵をもって取り立ててくるということもありますしな」


 こんどは北畠具行が首を傾げた。


「しきたりであるから、であるか」


「つまり、なぜそうなっているかなどということの根幹は多くの者にとってはどうでも良いことなのですよ。

 俺が朝廷や幕府に献金を行い許可証や官位を得たりしてるのもそうすれば統治や商いなどに都合がいいからに過ぎません」


「ふむ、では幕府や朝廷はなくても構わぬともうすか?」


「いや、そうは思いませんがね。

 人がまとまるには中心となる何かとか誰かが必要でしょう。

 俺が瀬戸内で無事に商いを行えるのも海賊討伐の許可証という権威があればこそです。

 無論其れには相応の武力も必要としますが」


「つまり、武を働くにも権威というものは有用であると?」


「まあ、時と場合によると思いますがね」


「なるほど、そうであるか……」


 そのあと北畠具行は何かを考えているようだった。


 俺達はのぼせない程度に茹で体を温め、上がると家人が大きなイノシシを仕留めてきていた。


 山に近い畑では鹿や猪は畑を荒らすのでこまめに狩る必要がある。


「今夜はイノシシの丸焼きを食えそうですな」


「丸焼き?」


「ええ、内臓を取り出してそこに野菜や米、味噌を詰めて

 木にくくり、回してじっくり火で炙って食うのですよ」


 イノシシの血を抜いてから、火をおこし火で炙って毛を焼いてしまい


 腹を切って内蔵を取り出し、取り出した場所に洗って適当な大きさに切った野菜や野草、葱や大蒜、韮、明日葉などを塩や味噌とともに詰め込んで切ったところを縫い合わせて、丸太で柱を作り、そこに棒で刺したイノシシを載せてゆっくり回しながら炙ってじっくりと火を通す。


 やがて焼けた肉が茶色く変わり肉汁が焚火に滴り落ちる。


 肉や大蒜、韮の焼ける匂いが漂って食欲をそそる。


 十分に焼けたところで火からおろし、肉を切り分けていく。


 匂いにつられてやってきた村人たちに焼けた肉や野菜、米を取り分けさせながら、俺は貴族の二人にも其れを分け与えた。


「ふむ、美味だ、限りなく美味だな」


 北畠具行が優雅な仕草で箸を用いて食べながら言った。


「新鮮な肉と新鮮な米とはうまいものです」


 万里小路藤房が続けていった。


「京の都ではなんでも干物であるからな。

 誠に美味である」


 この時代武士や悪党は狩りによって得た獣肉を食料としていた。


 初めの方は貴族は嫌がっていたようだが、次第に貴族や僧侶の方が武士に感化されていき、獣肉を食すことはさほど禁忌ではなくなっていた。


 無論、上流貴族や古い仏教宗派のような頑なにそういった禁忌を守るものも居たがな。


「うむ、肉汁がしみてうまいですな」


 骨のついたままのの肉は手づかみでたべ、笹の葉に載せた米をむしゃむしゃ俺は食った。


 村人たちもうまいものが食えて皆嬉しそうだ。


「この村の者たちは皆幸福そうであるな」


 北畠具行がいった。


「まあ、うまいものを食って不幸だと思うものは居ませんな」


 俺がそう答えると北畠具行は少し考えたようだ。


「民が皆幸福になる国を作りたいものだ。

 皆が笑い過ごせる国を」


 俺はため息を付いた。


「たしかに其れは理想です。

 だが、現実には民を食いものにするものばかりですよ」


 万里小路藤房が言葉を続けた。


「そなたにならできるのではないか?

 現にそなたの村の民は幸せそうであるが」


「其れは狭い村だからですよ。

 俺には幕府をひらいた源頼朝のような権威はありませんからな」


「権威……で、あるか」


 北畠具行が呟いた。


「権威というものを馬鹿にしても、いざという時には無視できません。

 其れが人間の奇妙なところです」


「なるほど、良い話を聞けた、そして馳走であった」


 北畠具行が箸を置き、一度家の方に向かい戻ってきた時彼は何かを手にしていた。


「礼というものの程ではないが、一曲奏じて見ようか」


 笙と呼ばれる笛の音色は演奏者の心をそのまま表しているのかとても澄んだ美しい音色だった。 

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