第49話 3話スズランの心(懐かしき児童小説と切符)

 翌日ペチュニュアで今日も一日暇だなぁ、などと思っていると。

「新さん新さん、見てください!」

 そう言って、今日もまた一冊の本を差し出してきたミア。

 デジャブを感じるなぁと思いつつ、本のタイトルを見れば大変懐かしいタイトルだった。

 (果てしない物語)1982年に日本で出た、ドイツの作家ミヒャエル・エンデの児童文学ファンタジー小説で、日本ではどちらかと言えば、映画の方が有名である。

 映画名はネバーエンディング・ストーリーというタイトルではあるが、作者からはあまり良い感想は出なかったそうだ。

 本自体はまでは珍しく、ハードカバーに本物の布を使っており、価格も普通の本よりは少し高めだったと、新が小さい時に母から聞かされていた。

 そんな昔懐かしい児童文学小説が今まさに目の前にある、だけでなく、昨日と同じ流れでミアがもってきたことに妙な違和感を感じとり、新は本を開く。

 すると昨日と同じように本には栞が挟まっており、それは昨日と同じくスズランの押し花の栞であった。

 しかし、昨日と違い栞は真新しい印象を受ける。

 一瞬昨日とは違うモノだろうと思ったのだが、押し花の栞は珍しく昨日も思ったが手作り感が非常に強く出ていて、スズランの花弁の位置なども昨日見たものと同じに見えた。

 いったい何が起きているんだ? と小首をかしげた時だった。

「すみません。本拾いませんでしたか?!」

 勢いよくペチュニュアのドアが開け放たれ、そこには一人の女性が立っており、ジーンズが良く似合うサイドポニーが特徴的な、少し小柄な女性だった。

「これですか?」

 ミアが拾ってきたらしい果てしない物語をかざすと、それ~! と大きな声を出しながら慌てて駆け出し、昨日と同じようにひったくる様な感じで半ば奪うような仕草をすると、慌てて中身を確認した。

 開いたページは、やはりあの例の押し花の栞があるページで、栞が挟まっていることを確認するとほっと胸を撫で下ろしていた。

 どうやら栞自体が相当大切なものなのだろう、少し目頭に涙が見て取れた。

「あの、どうぞ」

「へ?! いやいや、私今お金持ってないし」

「どうぞ・・・・」

 ミアは有無を言わさず、彼女に紅茶のティーカップを出していた。

 いつ淹れたのかとたまに聞きたくなる新をよそに、どうしようかと迷う女性。

 好意を無下にするのも失礼なのかと思ったのだろう、カウンター席に腰かけると、出された紅茶を手に持った。

 ティーカップにはルビー色の透き通った赤い液体があり、凄く綺麗な印象がある。

 女性もそれは思ったらしく。

「これ、綺麗だけど何?」

「ローズヒップティーです。バラのお紅茶ですよ」

 ローズヒップ、という単語にいまいちピンと来てないと察したのか、ミアはすかさずそれがバラであると言い直した。

 新も、バラに紅茶なんてあるんだと初めての知識に感動する。

「それ、だいぶ古い本ですよね?」

「え・・・・新しいわよ。こないだかったばかりだし」

 こないだかったばかり?

 その言葉に新は小首をかしげる。

 新の知識が間違っていなければ、果てしない物語、これが発売されたのは1982年の事で、新たちが居る現在が2023年である。

 40年も前に発売された本をこないだかったばかり、という表現はいささか表現としては不適切な気がした。

 今では絶版本のハードカバーで、恐らくネットオークションでしか手に入らないだろうから、もしそこで買ったとしてもそのように発言はしないだろう。

「栞・・・・」

「え、ああ、これね、彼からもらった大切なモノなの」

 気になっていた事のもう一つ、栞について口を開けば、ルビー色の液体を優雅に飲みながら、嬉しそうに頬を緩めながら幸せそうに答えてくれた。

 彼、とは一瞬昨日の来訪者を思い出したが、なんとなく違うような気がして、う~ん、と悩み始める新。

「紅茶ごちそうさま。初めて飲んだ。なんというかすごく酸っぱいけどこういうモノなの?」

「はい、ハーブティーの一種でして、美肌効果などにも期待できるのですが、飲みすぎには注意が必要なので、ほどほどが良いのですよ」

「へぇ~、すっぱかったけど?」

「ビタミンCが豊富なのでそのせいかと」

 ミアのいつもの綺麗な笑顔でそう答えると、へぇ、と感心した後急に立ち上がって。

「ここ、そういえばどこなの?! どうすれば私帰れる? 方向音痴なのぉ」

 今にも泣きだしそうな感じで新の肩に手を当てると、すがる様にしてそういってきた。

「地図もないし、どうしよぉ」

 地図? いやこのご時世に地図はいらんだろう。

 そう思った新たに。

「公衆電話は無いの? 迎えに来てもらえないかなぁ」

「公衆電話ぁ?!」

 またも懐かしい単語が出てきた。

 公衆電話とは、携帯電話が普及した今でこそ見かける事はほぼ皆無、駅ぐらいでしか見なくなったが、10円玉などの硬貨などを使い通話ができる機械である。

「ありませんけど、電車が来ます。それに乗っていただければ帰れますよ」

「へ? ああそうなんだ。でも切符は?」

「こちらです」

 そう言ってミアが差し出したのは、今では見る事も少なくなったが、確かにまだあるはずの、少し細長い四角形の茶色と裏が黒塗りの切符だったが、妙に紙の質感が強い気がする。

 金額も確かに記載されており、切符を切った形跡もないため、恐らく使う事は出来るのだろう。

「え、良いの?」

「どうぞ」

 邪気の無い笑みを浮かべ、ミアがそう言うと、ミアの差し出している切符と手を掴みありがとう、と感謝を言うとペチュニュアを出て行った。

「電車なんて来るのか? ライトレールしか見た事ないけど」

 線路はあるので、恐らく同じものなら通れる? のかは分からないが、少なくても理論上は可能なのかもしれない。

「えっと、きさらず駅っていうの聞いた事あります?」

「何いきなり都市伝説話し出してるんだ?」

「アレも異界です。えっとこことは違いますけど。なので、ここも通るんですよ」

 なんか今、さらりと良くない事を聞いた気がすると新は思った。

 そもそも、先ほどから感じているこの違和感は何なのだろうかと、新は気持ち悪さを感じながら、サイドポニーの女性が出て行ったドアを眺めるのだった。

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