第四話 スキルとやらを得たようにございまする

 明けて翌日。


「殿、失礼いたしまする」

「うむ」


 大名子息の御屋敷というにはだいぶつつましやかな住居の裏手で、二人の男女が向き合っていた。

 言わずもがな舞姫まいひめ影雪かげゆきである。


「身体改め!」


 舞姫が叫ぶ。


 途端、彼女の視界に映る影雪の脇に、奇妙な文字列が浮かび上がった。

 

――――――――――――――――――――――――

氏名: 下松しもまつ影雪

職業: 大名子息

年齢: 19歳

身長: 186cm

体重: 79kg

BMI: 23

体脂肪率: 25%

基礎代謝量: 1530kcal

――――――――――――――――――――――――


 この他にも様々な項目が現れていたが、最初の方を除けば、舞姫にはちんぷんかんぷんな内容ばかりであった。


「……これが、『すてぃたす』というやつかえ?」


 彼女は傍らに控えるイズナに尋ねる。


「はいですコン」


 ――ステータス鑑定


 それが昨夜、キツネの侍女から舞姫に贈られたスキルだった。


 うまく使えば、効率的に肉体を鍛えることができる能力ということであったが、すでに夜も更けてきたので、説明は日を改めて、という話になった次第。


「して、具体的にどう使うのじゃ?」

「ずばり、悪い数値を正常なあたいまで下げるんですコン」

「悪い数値とは?」

「影雪様の場合、真っ先に目に付くのは、体脂肪率の高さですコン。体重は標準値なのに、体脂肪率が高いのは、内臓脂肪が多いことを意味しますコン」


 いわゆる隠れ肥満というやつである。


「まず食生活を改善して、基盤となる身体作りを目指すのが第一歩ですコン!」


 というわけで、影雪改造計画はスタートしたのであった。




 食生活の基礎は献立――


 ということで、彼女はさっそく土間に据えられた狭い台所へ向かった。


「姫様、スキルを食材に使ってみてくださいコン」


 舞姫は傍らに置かれた野菜類の一つに視点を合わせ、「身体改めすてぃたすおぅぷん」と唱える。

 

――――――――――――――――――――――――

名称: 大根

サイズ: M

熱量: 162kcal

タンパク質: 4g

脂質: 1g

炭水化物: 37g

――――――――――――――――――――――――


「これは……」

「食材の栄養情報ですコン。これを参考にするといいですコン」


 イズナが、具体的に語ったところによると


・消費カロリー>摂取カロリーとなるように献立を作る

・栄養バランスを考える


「まずはこの二つを気を付ければいいですコン。そこから先は数値が良くなってから」

「あいわかった、そのように計らおうぞ。しかし、イズナよ、そなた化け狐の眷属だけあって、博識じゃの」

「そうですかコン?」


 感心する主人に、私なにかやっちゃいましたか、という顔でこたえる侍女。


 舞姫は一通り食材をスキャンすると、袖まくりして朝餉の支度にとりかかったのだった。




 十日後。

 再び庭先で夫と相対した舞姫は、歓喜の声を上げた。

 

「殿! 目に見えて数値が良くなっておりますぞ!」

 

 影雪の体脂肪率が、わずかながらも減少していたのである。早くも食生活の改善が功を奏し始めたのだ。


「これは、存外早く目標を達成できるのではございませぬか?」

 

 ちなみに彼女自身にも、変化があった。

 イズナの話を聞いて以降、普通に食事を摂るようになったので、徐々に体調が良くなってきたのである。

 血色が良くなったおかげか目の下の隈が薄くなり、ボサボサだった髪も子供の時分に褒められた、カラスの濡れ羽色のつやつやロングヘア―に戻りつつあった。


 しかし、喜ぶ舞姫とは対照的に、なぜか影雪自身は浮かぬ顔だった。


 察しのいい舞姫は、すぐに夫の様子がおかしいことに気付く。

 

「殿、いかがなさいましたか?」

「姫」

「はい」

「そなた、毎日御自らの手で食事を作っておられるのか?」

「はい! もちろんにございまする」


 影雪の顔がますます曇る。


「……なにか不備がございましたでしょうか?」


 もしや、味付けが悪かったとか。


「いや、そういうことではない。そうではなくてじゃな……貴女ほどの御方が炊事などをするというのは…………」


 即座に言わんとするところを悟る。

 いかに不遇な状況といえど、女中や小姓はいるのだ。まがりなりにも大名の子息夫妻なら、普通は彼らに台所方面の仕事を任せるだろう。


 しかし、舞姫は即座に告げた。

 

「殿、どうかこの舞めにおまかせくださいませ!」


 幼き日、真兼まさかねの妻となることが決まってからというもの、大名の妃教育はもちろん、家事全般や武芸、果てはサバイバル知識の会得にいたるので、様々なことに自主的に取り組んできたのだ。

 なにせあの暗愚な男の元に嫁ぐのであるから、最悪、落城後に落ち武者となった夫に従い、野山をさまようような生活になることまで想定しておかねばならなかった。


 幸い、その心配は無用に終わったが、せっかく身に付けた技能、機会があれば使ってみたいと常々思っていたところだったのである。


「姫……尊いそなたが手を汚してまでわしのために……」


 影雪が感極まった声で呟く。

 

「あいわかった! わしも今まで以上に気を引き締めようぞ! 好物の饅頭も永遠に封印じゃあ!!」


 なんとしても妻の期待に応えねばねば、と気合を入れ直す夫と、手が汚いってそんなにぬか漬け臭いかな? とこっそりにおいをチェックする妻。


 事件が起こったのは、その年の御前試合まであと二月ふたつきと迫った時だった。

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