第三話 どうやら夫も追放されてしまっているようにございまする

 ――ウドの大木


 それが影雪かげゆきに対する周囲の評価だった。


 幼少の頃より、彼は一族において異質な存在であった。

 

 眉目秀麗。

 透き通るような柔肌。

 女性と見紛う切れ長の瞳。


 他の兄弟たちが例外なく父親似の彫りの深い顔立ちであったのに対し、影雪の母譲りの中性的な美貌は城内で人目を引いた。

 

 ――悪い方に


 彼の生まれ上ノ方かみのかたは、古くから武を重んずる国であった。

 当代の領主は特にその傾向が強く、「男児たるもの心技体すべてにおいて強くあれ。さもなくば、侍たる価値なし」というのをモットーとしていた。


 不幸なのは、その「すべて」に見た目も含まれていたことである。


 世が世なら芸能ジャ〇ーズ事務所に子役としてスカウトされてもおかしくなかった影雪も、ここ上ノ方においては「ひ弱そう」の一言で切り捨てられた。

 家中からは失望され、親族からも軟弱者と聞こえよがしに誹りを受ける。


 やがて年齢が上がり、武術の稽古が始まると、ますます彼の立場は悪くなった。


 武芸の才がなかったのだ。それも決定的に。


 剣術に槍術、弓道、果ては馬術に至るまで、なにをやらせても人並み以下。


 兄弟たちは例外なく秀でているのに――特に真兼まさかねなどは早くも大人を打ち負かしていた――彼だけが弱いままだった。


 ほどなく、彼は家中の子息からも陰で笑われるようになり、背ばかり高いゆえに、ウドの大木にちなんで「大木殿下」などと揶揄されるようになった。


 ここにきて、父親たる上ノ方守かみのかたもりは非情な判断を下す。


 ――こいつはもう駄目だ。見捨てよう

 だが、どうせ捨てるなら、とことん利用させてもらう。


 かくして影雪は、流罪同然に領内の辺境に居を移され、年一度のさる催しの時にだけ、城内へ連れ戻されることと相成った。


 

 

**************************************

 

 


「その催しとは、いかなるものであられますか?」


 舞姫まいひめの質問に、影雪は長いまつ毛を物憂げに伏せてこたえる。


「御前試合じゃよ……」


 彼女はしばし思案すると、再度尋ねる。


「もしや殿が御自おんみずから出場なさるので?」

「聡いな……。その通りじゃ」


 そこまでで舞姫には、ほぼ全容が見えてきた。


 武芸の才覚のない、しかもこんなところに住んでいてろくに修練も積めない状況の影雪を試合に引っ張り出す理由は、一つ。


 負けさせるためだ。


「御前試合には、御館様や一族郎党のみならず、主だった家中の者がすべて見物人として参じる。わしの試合は、いつも一番に行われるのじゃ。兄上の肩慣らしとしてな……」


 免許皆伝の真兼まさかねが相手では、文字通り手も足も出ないだろう。

 一方的になぶられる彼を見た部下たちは、みなこう思うはずだ。


『やはり弱い武士は駄目だ』


 しかも、見せしめとしてやられているのは、主君たる大名自身の息子である。

 

 弱ければ――戦場で役に立たないと判断すれば、実の子ですらこの扱い。

 ましてや、家臣である自分たちがそのような判断を受ければ……。


 こうして部下の危機感を煽り、気を引き締めるためだけに、彼は年に一度公開処刑されるというわけだ。


「あまりにもひどい……」


 舞姫は閉口した。


 彼女とて武士の娘。ほまれがいかに大切かは幼少の頃より叩き込まれている。

 その侍にとって命より大事なものを踏みにじるようなやり口を……。


「……もっとも最近はわしも恥をかくことになれてきたがのう……毎度足腰が立たぬほど打ちのめされるので、小姓の菊之丞きくのじょうには世話をかけるが……」


 彼は、自嘲の笑みを浮かべつつ、床の間に控える世話役の少年に目をやった。

 

「しかしな、今年はそうはさせぬぞ」


 ふいに顔つきを鋭くする影雪。


「たとえ打ちのめされようと、参ったなどとは死んでも言わぬ。何度でも立ち上がり、勝つまで挑む所存じゃ」

「なにゆえ?」

「決まっておろう。そなたに恥をかかせぬためじゃ!」


 夫は強い口調で告げた。


「夫婦となった以上、わしが無様を晒せば、その醜聞は妻であるそなたにも及んでしまう。わし自身はどうでもよい。だが、そなたをかような目に合わせるわけには、ゆかぬ。誰よりも尊く、高邁なる貴女の名誉だけは地に落とすわけにはいかぬのじゃ!」

「………………」

 

 拳を握りしめ熱く語る影雪だったが、対照的に舞姫は冷静だった。

 彼女は手早く状況を分析し、判断をくだす。


「ご無理をなさることはお薦めできませぬ」

「なぜ?」

「殿の御身が危のうございますゆえ」


 あれで真兼は武芸の達人。

 弟をサンドバックにするぐらいは平然とやりそうだが、大事に至るまでの大怪我は負わさないよう、絶妙な手加減をするはず。


 しかし、相手が粘り続けたらどうであろうか。


 見栄っ張りなあの男は、部下から「あんな雑魚もすぐに倒せないのか」と思われることを恐れて、限度を超えて攻撃してくるのではないか。


「いかにも兄上ならやりそうじゃな……」


 先を見通す舞姫の怜悧さに、影雪は感嘆する。


 そしてなおのこと、この人の誉だけは守らねば、と決意を固くした。


 ――妻の名誉を守りたい夫と、夫の安全を第一に考えたい妻


 両者の主張は平行線を辿りつつあったが、その時、意外なところから救いの手が差し伸べられた。


「今から勝てるように鍛えればいいですコン」


 それまで黙ってやり取りを聞いていたイズナが、初めて口を開いたのである。


「私が能力を授けますコン」

「殿に?」

「いえ、舞姫様にですコン」


 目を瞬かせる舞姫。


 かくして、影雪改造計画が行われることと相成ったのであるが、いったい舞姫にスキルを与えるとは?  

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