フェイ 都会を旅する。

シファニクス

フェイ 都会を旅する。

 フェイルーン・ストロノーク、その愛称をフェイと言う。


 世界を管理する世界樹の保護を命じられた彼女は、本来の寿命である三億年を、精霊樹海の中心に在る世界樹に捧げ、世を去ったと思われた。しかし、生前に施していた転生の術が成功し、数千年の時を超えて再びこの地に姿や身分を変えて降り立ったのだ。

 再び女王として君臨する魂胆であったが、立派に育った娘、フィーレインはすでに立派な女王として君臨していた。フィーレインとの面談の機会を運よく取り付けたフェイだったが、フィーレインには世界を見て回ると言い、世界樹は任せてほしいと説得される。

 それでフェイは仕方なく、三億年の寿命を、広大とは言え限定的な地域でしかない精霊樹海で過ごしたことで体験できていない外の世界を見て回るため、一人旅を始めるのだった。


「このくれーぷと言う甘味、美味ではあるが量が足りぬの……」


 そんなことを漏らしながら、クレープの屋台の前に並ぶテーブルの一つで定番バナナチョコに舌鼓をうつのは、翡翠色の髪を風になびかせ、透き通るような青色の瞳を未知のスイーツへと輝かせる少女、フェイである。

 白を基調とし、所々に色とりどりの装飾を加えた肌面積が多く、前衛的なミニドレスを纏う彼女は、前世を世界の調停者の一人として過ごした真なるトゥルーエルフ。今は自身が管理するこの世界をより知るため、各地を回って旅をしている。


 そして今日はこうして流行りのスイーツを楽しんでいるのだ。


 あたりからの視線は冷たい、と言うか敵対的だ。人間にとってエルフは半ば道の生物であり、恐れおののく者も少なくない。この世の根源たる魔力を循環させるための世界樹。それを中心として繁茂する精霊樹海を我が物顔で占領している種族、と言う印象を抱かれているらしい。

 実際はエルフが世界樹を、そして精霊樹海を守護するのは真に神からの名であり、それを仰せつかったのはこのフェイ以外の何者でもないのだが、人々はそんなこと疑っても見ない。


 特徴的な細長い耳には少なくない陰口や言われもない難癖が聞こえてくることがあるが、彼女は決して気にしない。それはその程度では動じぬ器と、高貴な身ゆえに今までも遠巻きにされることは多かったから、と言う過去がある。

 そのため、視線や言葉など気にせず、今はただクレープのその香りと味、鮮やかな見た目を楽しんでいるのだ。


 しかしそこで残り少なくなったクレープにスプーンを向けたフェイに話しかける者がいた。

 

「あの! 写真、いいですか!?」

「一枚だけでいいので!」

「む? わらわに用か?」


 どこか興奮気味な声にフェイが振り返れば、そこには制服姿の少女が二人いた。

 少女と言っても大人びている様子もあり、高校生と言ったところか。

 片方は若干赤く染まった癖毛を背中半ばまで伸ばした活発そうな少女。スマホ片手にフェイに迫っていた。もう片方は落ち着いた印象を抱かせる黒髪を肩口で切り合わせた可憐な少女。幼げを纏う顔付で、こちらも嬉しそうにフェイへと語りかけていた。


「私たち、エルフと会うのが夢だったんです!」

「記念に写真、駄目でしょうか!?」

「写真、とな?」


 フェイはそう言うと口元まで運んだ口に銜えて悩まし気に瞳を閉じる。しばらく考え込んだ後で閃いたかのように口を開き、零れ落ちたスプーンをキャッチする。


「その場の情景を光の屈折を利用して瞬間的に模写するものじゃな、写真と言うのは」

「え、えっと……」

「多分、そうです?」

「それくらいならば構わないが、急を要するのか? 妾は今このくれーぷとやらを食しているのじゃが」


 決していら立っているわけではないが若干不満そうな表情を浮かべてフェイはそう言う。クレープの端にあむっ、と食らいつけば、少女たちも慌てて言い返す。


「いえいえ! 食べ終わってからでいいので!」

「な、なんなら一緒に食べませんか? 私たちで一つ奢るので」

「いいね、それ! どうでしょうか!?」


 落ち着いた方の少女が提案すると、活発そうな少女も追随するようにそうフェイに問いかける。


「ふむ、買うてくれると言うのであればありがたくもらおうではないか」

「ありがとうございます!」

「待っていてください、すぐに戻ってきますから!」


 フェイに背を向けて走り出し二人に、フェイは小さく微笑みを向けた。


「あの子たち、大丈夫かしら――」

「まさか無理やり買わされて――」

「警察読んだ方がいいんじゃないか?――」


 しかし、その耳には嫌悪感が含まれるような声が聞こえてくる。そんなものを気にするフェイではないが、とても気分がいいとは言い難い。

 それでも彼女にとってはすでに慣れっこで、先ほどのように人間に好意的に話しかけられる方が珍しいのだ。だからこそあの二人に興味が沸くと言うものだし、彼女の頬も自然と緩むのだ。

 あたりの声など気にせず、フェイは手元に残ったクレープを味わう。


 フェイが手に持つクレープを完食するころ、二人は三人分のクレープを持って戻って来た。


「お待たせしました!」

「おススメのハニーストロベリーです! 甘酸っぱくて美味しいですよ」

「おお、何とも特異な彩をしておるが、それはこのばななちょことやらも同じであった故、それも美味であることに違いはなさそうよな。感謝する」

「いえいえ!」

「遠慮しないでください!」


 フェイはクレープを受け取ると、興味深そうに観察する。そんな中二人の少女も席に着き、活発そうな少女が口を開く。


「私、カエデって言います!」

「私はアヤカって言います。あの、お名前を伺っても?」

「カエデにアヤカか、覚えておこう。妾の名はフェイルーン・ストロノーク。フェイとでも呼ぶがいい」

「フェイさんですね!」

「素敵な名前です!」


 互いに自己紹介を済ませると、その場の雰囲気が和むのが分かった。


「そうだ、こっちのクレープも食べてみますか? 美味しいですよ」

「シェアしましょう、シェア」

「しぇあ? とはなんじゃ――?」


 それからはスイーツについて語り合ったり、互いのクレープを分け合ったりして楽しいおやつタイムを過ごしていった。

 やがて皆がクレープを食べ終わる頃には、三人はかなり打ち解けた様子であった。ごみを片付け、ひと段落したところでカエデがフェイに言う。


「あの! 写真、いいですか!?」

「ん? ああ、そのような話であったな。もちろんじゃ。しかし、ここにこれ以上居座るのは迷惑になろう。場所を変えようと思うが、よい場所はあるか?」

「えっと、お付き合いしてもらえるのなら、いい場所がありますよ」

「あっ、あそこだね! うん、いいと思う!」

「そんな場所があるのなら、案内してもらおう」

「はい!」


 意気揚々と歩きだしたカエデが向かった先にあったのは、ネオン輝く看板の許、ゲームセンターであった。


「な、なんじゃこの喧騒な施設は! 本当にこんな騒がしい場所でよいのか!?」

「はい! この奥にいい場所があるんです!」


 いつもより五割増の声量で耳を塞ぎながら叫ぶフェイに、カエデは慣れた様子でゲーセンの奥へと進んでいく。その先にあったのは男性のみお断りという掛札と、仰々しいプリ機であった。


「こ、こんなところで写真を撮るのか? このような狭いところで?」

「はい! デコれて楽しいんですよ」

「さあ、一緒に取りましょう」

「で、でこ?」


 疑問符を浮かべるフェイであったが、カエデとアヤカの勢いに乗せられてプリ機の中へと入ってゆく。カエデが撮影を開始すれば、スピーカーからゲーセンの喧騒に負けないくらいの音楽が流れた後で『撮影を始めます、まずは笑顔で!』などと言う声が聞こえて来た。


「な、なんじゃ!? どこから聞こえて?」

「あ、フェイさん! 早く笑顔笑顔!」

「笑ってください!」

「えがっ!? え、こ、こうじゃ!」


 シャッター音とともに撮影され、次々に注文を突き付けられるフェイであったがそのことごとくを慌てこそするものの難なく熟す。そして何度か撮影を繰り返し終えた後、フェイは疲れ果てた表情でプリ機を出た。


「ま、まさか、写真を撮るのがこんなにも疲れることだとは……」

「でも、フェイさん流石です! 写真写り、めっちゃいいです!」

「わ~、可愛い! 一緒に撮れて、本当にうれしいです!」

「……まあ、そなたらが嬉しそうならば、それでいいわい」


 疲れ顔のフェイではあるが、嬉しそうに笑う二人の表情を見て、悪くないかと小さく笑みを浮かべた。


 その後ゲーセンを後にし、少し開けた広場に出た後フェイたちは三人で集まっていた。


「あの、これフェイさんの分です!」

「よかったら持ち帰ってください」

「ふむ、これがプリとやらか……」


 ここまでの道のりでプリについての話を多少聞いていたフェイは、興味深そうに写真を覗き込む。


「それは何も加工していないやつです」

「シールになってるので、何かに張っておいてくれると嬉しいです」

「ふむ、このように繊細に映し出せるのだな。素晴らしい」


 そう言いながらフェイは何もない空間へとプリを放る。するとプリは歪んだ空間に引き込まれ、消えてなくなった。


「えっ、えっ、今の何!?」

「まさか、魔法?」

「うむ。普段は見せぬようにしておるが、これは楽しませてくれた礼じゃ。ものを自在に出し入れできる魔法でな。他にも見せてやりたいのは山々じゃが、本来街の中では使わぬように言われておるのじゃ。すまぬな」

「いえ! 今のを見れただけでも、すっごく嬉しいです!」

「で、でもこれって……」

「他言無用、じゃぞ」


 嬉し気なカエデと違って、アヤカはどこか不安そうな表情を浮かべていたが、フェイがいたずら気に笑って片目を閉じれば、二人そろって嬉しそうに笑って頷いた。


「「はい!」」


 その後カエデたちと別れたフェイは、一人暮れていく空を見上げてぽつりと呟く。


「友……ああ、この感覚は長いこと忘れていたわい」


 彼女は藍色に染まっていく空の中に、薄っすらと溶け込んで消えていった。

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