第20話 がんばれ後期思春期反抗期★
第一王子とは、一番最初の王子様ってことだよね。少なくとも一人以上弟がいる。
……つまり、クマ王子のお兄さんってこと?
クマ王子は金髪キラキラ、こっちは黒髪ツヤツヤ。どっちもメガ盛りハンサムだけど、雰囲気も顔立ちもあんまり似てない気がする。
王太子と第一王子か。
あ。
つまり、正妻の子の弟と妾腹の兄とか、なのか?
棒手振り(ぼてふり)商売から鉄道利権を手に入れてものすごい大企業グループに育て、日本経営史の教科書に載っちゃったあのペンペン草のご一族みたいなものかもしれない。後継者である総帥は正妻の子である弟、愛人の子の兄は一企業の代表止まりだった。
おお……なんという王家の闇…………。
と、わたしが現実から遠ざかっている間に、アクタが立ち上がった。
勇者、メンタル強いんか弱いんか判断に迷うな。
「勇者ヴィクタス、様……? ほ、ほんとうに?」
「名乗った通りだ」
ケーちゃん改めヴィクタス王子は大変クールだ。むしろ塩。ド塩対応。視線の温度は絶対零度で間違いない。
ヴィクタス王子はわたしを見て、近づいて、手を差し出してきた。わたしにはド塩でもないし、優しくしてくれている。
「ママ、怪我はないか?」
「だ、だいじょうぶ、デス」
ケウケゲンのケーちゃんだと理解はしてるけど、王子様だとは思っていなかったので、どうしていいかわからない。しかも不遇の王子様だ。
とりあえず、わたしは自分で立ち上がった。転んだわけでも、怪我しているわけでもないし、どうってこともない。
でも、ケーちゃ、じゃなくてヴィクタス王子は凛々しい眉を下げた。
「手を拒まれるほど、私は頼りないのか、ママ……」
ケーちゃん王子が肩を落とした。絵に描いたようながっかり具合に、ものすごく申し訳ない気持ちになった。
人は見た目が九割。たしかに。
「早く、浄化を完了せねばならぬ」
「……浄化。そうだ、ケーちゃ、王子様は黒の病で魔物になってたの?」
そして、それをマヨネーズが浄化した。
だったら、この国を救える大発見な気がするんだけど!
「闇の力に酷く穢されて、私は自分が何者かもわからなくなっていた」
黒髪ルビーアイズの王子様は悲しげに俯き、視線だけあげた。真っ赤な瞳は潤んでいる気がする。
王子様が魔物にされちゃって、あんな黒いフワフワになっていたんだもんね。
辛かっただろう。しんどかっただろう。怖かっただろう。
わたしはケーちゃん王子を思い切り抱きしめた。
ケーちゃん王子は一瞬、硬直したみたいだったけど、すぐに私を抱きしめ返してきた。頬を胸にくっつけて甘えてくるのは、いつものケウケゲンと同じだ。
「マヨネーズをたくさん食べたら元の姿に戻れるんだよね?」
「おそらく」
サラサラの髪を撫でながら、きいてみた。ケーちゃん王子は控えめに、はっきり頷いた。
よし。ならば産出だ。が。
その前に、解決しておかなくてはいけないことがある。
わたしはケーちゃん王子から体を離してアクタを見た。
「決闘はわたしの勝ちだよ、アクタさん。もういいよね?」
アクタはものすごい顰めっ面だ。あと、顔全体が腫れてきている。たぶん右肩も痛いんじゃないだろうか。早めに手当したほうがいいと思う。
正直、なんでわたしが決闘しなくちゃいけなかったのか、全然理由がわからない。何かこう、男の沽券的な問題で決着をつけたかったのかなとは思わないでもないが、わからんもんはわからん。
けどまあ、ここは少年漫画手法でスッキリしたものとしよう。してなくてもしてもらおう。ケーちゃん王子にボロ負けしたのは紛れも無い事実だ。
そもそも、わたしからは思うところはないんだから、後は自分で折り合いつけてほしい。
がんばれ後期思春期反抗期★
「ママ、交換しよう」
「ロッドはケーちゃ、王子様が持ってて」
ケーちゃん王子にマヨ壺を手渡して、そう言った。
わたしが振っても音しかしない星のロッドだ。如意棒にできるケーちゃん王子が持っていたほうがいい。
今は魔物はいないみたいだけど、またいつ溢れてくるかわからない。使えるひとが持っているべきだ。
「ならば、預かっておくが……」
溜息混じりの王子様は星のロッドをベルトに付けて、縮んだ。
うん、縮んだ。
は?
「ちいさいほうがらくなんだ。ジョーカがカンゼンじゃないから」
十二、三歳から三歳児相当へ、一瞬のうちに変化したケーちゃん王子が言った。美少年から美幼児になった。服まであわせて小さくなっていて、もう、なんというか、すごくてツッコむ気も起きないレベルだ。
だって、今朝は間違いなくケウケゲンだったんだよ?
わたしが困惑していようと、世界の動きには何の影響もない。
ケーちゃんは壺を抱えて、右手で握りしめた木匙でマヨネーズを口に運びだした。モグモグ。
もとからゲル状のものだから、ちびっ子でも喉に詰まることはないと思う。
が。
フワフワのケウケゲンがマヨネーズを直食べしてても気にならないけど、人間の男の子だとちょっと、胃にクる気がする。わたしだってマヨネーズは好きなんだけど、マヨネーズごはんは無理なんだよ。
マヨネーズは調味料。そのままメインで、クリームみたいに食べるのはどうかなーって思う派。
どうせならちゃんとごはんが食べたい。
「お腹すいたし、みんなのところに戻ろうか」
わたしはケーちゃんとマイケル、ついでにアクタにも声をかけた。お腹が空いている時には怒りっぽくなるし、ネガティブ思考になりがちだしね。
アクタはこれ以上ないくらいの顰めっ面をして、俯いている。
わたしはアクタに向き直った。
「勇者アクタ。決闘はわたしの勝ち、だよね?」
「……あ、ああ」
失礼なことに、アクタがじわっと後ずさった。警戒されている。
そのとき、わたしの脳裏をよぎったのはアレだ。かの名作映画の名シーン。
突然現れた人間を警戒して牙を見せた小さな獣に腕を噛ませつつ、「ほら、怖くない。怯えていただけ」と微笑む姫ねえさま。
なるほど、アクタはキツネに似たリスだな。
わたしは手を差し出した。
「な、何だ、急に」
「握手しよう。それで、ちゃんと話し合おうよ。わたしは黒の病をなんとかできると思うし、この国のひとたちを助けたいと思ってる。あなただって、言いたいことがあるんでしょ?」
そう言うと、アクタは気まずそうにわたしを見た。
「ママにさからうなら、もういちどしょうぶしてもいいが?」
足元からアクタを思い切り見上げている幼児は見た目からは想像できないくらい太々しい。
ケーちゃん王子はいばりんぼう王子様だったみたいだ。
「……ヴィクタス様と戦うつもりはない、し、それに……聖女とも争いたくない」
蚊の鳴くような声だったけど、確かにアクタはそう言った。
よし。
「じゃあ、ミーティングしよ。でも、先に食事ね。腹が減っては戦はできないって、むかしのひとも言ってるし」
「ミ……?」
「ミーティング、会議、えーっと、話し合いってことだよ、マイケル」
のんびり会話しながら、わたしはマイケルとケーちゃん王子(幼児ver.)と手を繋いで集落に戻った。
後からついて歩いてきたアクタの足取りは重くて、トボトボという表現がしっくりくる感じだった。切り替えベタなタイプで確定だから、放置した。
村に戻ると、ダナが坂を降りてくるのが見えた。まだ動けない村人たちは村長の家に集めていて、まとめて世話をすることになった。村長宅が一番大きいのと、井戸が近いからだ。
元々、村は川の中洲だったので、川の水が混じらないようにするために一番高い位置から深く井戸を堀ったんだそうだ。深い井戸のほうが水質がいいんだろうか。よくわからん。
とはいえ、土木技術は地形や風土に影響されるものだろうし、わたしが知らない常識があっても不思議はない。そもそも専門じゃない気がする。
そうだね、土木は知識ゼロだわ。一般的なことしか知らないね。つまり、not土木系職種。ひとつ発見。
小さいことからコツコツと!
積み重ねていこう、自分探し!
と、一人でテンションを上げて坂を上っていった。
途中、立ち止まったダナが、
「聖女様、そちらの坊やは?」
と言った。
「ケーちゃんです」
わたしの答えに、ダナは目をまんまるに見開いた。
「あの黒い魔物? この子がかい?」
「びっくりですが、黒の病だったみたいです」
説明のほうが衝撃が強かったようで、ダナは声もなく息を飲んだ。それからつくづくと、ケーちゃん王子を見た。頭のてっぺんからつま先まで目で辿ってから、その場に膝をついてしゃがみ込んだ。
「……良かったねえっ……!」
ケーちゃん王子を思い切り抱きしめたダナの声は涙で潤んでいた。
「こんな、ちいさな、子が……無事で……っ」
完全に泣いている。嗚咽というべきか。
ダナはケーちゃん王子を胸に抱きしめて泣いていた。
後から聞いたことだけど。
ダナには息子が三人いたのだそうだ。今はいない。つまりそういうことだ。
わたしと繋いでいた手を放したケーちゃん王子は、その手でダナをそっと撫でた。何も言わないケーちゃん王子の手はとても小さい。
だんだん啜り泣きになって、静かになって、しばらくして、ダナが顔を上げた。
「ごめんよ、びっくりさせちゃったねえ」
ダナはケーちゃん王子とわたしに謝って、立ち上がった。
「お詫びといっちゃあ何だけど、とっておきを食べさせてあげるよ」
「とっておき?」
思わず食いついた。
いやね、だってね。
この世界でわたしが食べたものって、パンの実と干し肉と自家製(意味深)マヨネーズだけなんだよ。飲み物は瓢箪から出した水のみ。
いい加減、この世界の料理っぽいものを口にしてみたいなーって思っているわけです。そのチャンスが、ついに、来たっぽい。
「村長のところに粉が残ってたんだ。パンが焼けるよ」
「パン!」
パンの実じゃなくて、パン!
丸いものなのか、細長いのか、平たいのか、膨らんでいるのか。どれでもいい、とにかくパンだよ、パン。
「やったー! うれしいです!」
わたしはマイケルとケーちゃん王子と手を繋いだまま、その場でくるくる回ってボックスステップを踏んだ。喜びを表現する踊りを知ってたらそれにしたけど、知らないからこれ。
「聖女様にそこまで期待されちゃあ、気合いをいれるしかないねえ!」
目も鼻も赤いまま、ダナが明るく笑った。
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