第17話 はい、キタコレ三択!



「ありがてぇえ、聖女様ぁあああ!」

「これまでのご無礼、ヒラにヒラにお許しくださいっ!」

「俺はずっとホンモノの聖女様だって信じてましたああああ!」


 寝室に駆け込んできた世紀末冒険者三人組は大声で叫んで、ひれ伏した。土下座というか、五体投地の方が近いかも。

 とりあえず、わたしは怯んだ。ビビった。ドン引きだ。


 だって声が大きいんだよ。半泣きになってるし。あと、敵対心って訳じゃないだろうけど、わたしに対して身構えているのを感じる。

 怖いのはこっちだって。

 三人とも、世紀末に相応しい程度には体格がいいんだからさ。


 けどまあ、魔界が溢れた件についてはなんとか収まったっぽいことは理解できたぞ。よかった。


「夢中だったからよく覚えてないんだ。結局、何がどうなったの?」

 それでも詳しいことは知りたいから、話を向けてみた。

 ベッドに横向きに転がったままだけどね。胸に抱きしめたケウケゲンはクッションみたいにフワフワしている。


「昨夜、あんたが俺の剣を持って突っ込んで行った後、瘴気の塊が何回も光ったんだ」

「で、光るたびにちょっとずつ、黒い塊が減っていっててさ」

「こりゃあ、聖女様の奇跡でまちがいないって、俺たち、ずーっと見てました」


 まるでセリフ分けしたみたいに三人の話はわかりやすかった。仲良しか。


「おじい、もとい、勇者さんは?」

 質問すると、三人が互いに顔を見合わせた。どうする、どう言う? 目で相談しているのがよくわかる。

 ぶっきらぼうだし、不機嫌だし、あの勇者は大絶賛反抗期ってとこか。


 有耶無耶になっちゃったままだけど、アクタには確認したいことがあるのだ。ゴブリンたちの森を出た後、進む方向を決めたのは彼だ。

 わたしに挑むようなあの目つきといい、わたしに対して含んでることしかない感じがヒシヒシとする。


 言いたいことがあるならはっきり、面と向かって言うがいい。

 こそこそ試してくるヤツは大嫌いだ。面倒臭い。

 もういい。知らぬ。


「村のひとたちは?」

「とりあえず、あたしは動けるようになったし、村長の息子も息を吹き返したよ。元々、一番最後まで動けてたのはあたしらでさ」

 湯気のたつ木椀を持ってきてくれた女のひとが言った。


「あたしはダナ。この家のもんさ。声かけてくれたのはぼんやり覚えてるんだけど、なにしろ死にかけてたからねえ」

 ダナはわたしにお椀を差し出し、豪快に笑う。


 わたしは痛みに歯を食いしばって体を起こし、壁にもたれた。簡素なつくりのベッドにベッドヘッドはないから、直接壁だ。


「元気になって本当に良かったです。それから、ベッド、ありがとうございます。食事も。あれ、このお粥、パンの実?」

「ゴブリンが出してくれた木の実だよ」

 村には食い物がほとんど残ってなくてね、と付け加えて、ダナは窓際のベッドに腰を下ろした。


 昨日死にかけていたわりには元気そうだけど、顔色は悪い。できればまだ休んでいたほうがいいんじゃないのかな。

 

 とはいうものの。

 わたしは全身の激痛でベッドに体を起こすのがやっとだ。ケウケゲンがぴったり体側に寄り添ってくれているから起きていられるともいう。

 ほんとうにクッションみたい。ありがとうね。


 八人見つけた生存者のうち、ふたりは元気になって、ひとりは亡くなってしまった。残りの五人はまだ意識が戻っていないみたいだ。


 辛いけど……村ごと魔物にやられなかっただけマシだと思おう。

 どうやらわたしは本当に聖女っぽいけど、万能じゃない。

 体もめちゃくちゃ痛いし。


 ひょっとしたら、このまま死ぬのかもしれない。魔界の瘴気を思い切り吸ったのは間違いない。話を聞いた限り、黒の病は瘴気暴露が閾値を超えると発症しているような気がする。


 魔物になっちゃうのは、いやだなあ。


 などと思いつつ、わたしは木匙を握りしめた。腕が震える。腕の付け根と肩と胸筋が攣ったみたいに痛い。


「ぅぐわぁっ」

 みっともない声が出て、涙も滲む。

 身体中、ほんとに痛い。こんな痛み、初めての経験だ。記憶はないけど絶対初めて。


 そうしたら、信じられない音が鳴った。そう。ファンファーレ。



 タッタラタッタターン

 『はじめての筋肉痛! 体力があがりました!』



 は?

 筋肉痛? これ、筋肉痛なの!?

 体がブッチブチにちぎれそうに痛い、これが筋肉痛? はあああ?


 バカなと思うと同時に、剣を振り回していた『わたし』を思い出した。

 普通に持ち上げるのも大変なものをあれだけ振り回して、走り回っていたのだ。この華奢なプリンセスボディが悲鳴をあげるのは最も至極……。


 いや、でも筋肉痛ってこんなに酷くなるものなんて知らなかった。全身が熱っぽくて、もうとにかく泣きそうなほど痛い。


 あと、システム。体力があがったって言うならパラメータ見せろっていうんだよ。結局のところ、現在の奇跡レベルも浄化レベルもわからないままなんだぞ。

 バックログがないのは五百万歩譲って許してやってもいい。

 けど、パラメータ確認ができないのは最低最悪でしょーが。開発する気あんのか。プレイヤーのことをミリでも考えてみろってんだよ。


 痛みと内心の怒りにプルプル震えていると、ダナがわたしから木匙とお椀を取り上げた。


「あたしが食べさせてあげようかね」

「……す、すみません……ありがとうございます」


「そんじゃ、俺たちはこれで!」

 デニスが言って、三人組は部屋から逃げるように出て行った。

 やつら、何か隠してやがるな……。


「マイケル、あの三人を手伝ってきてくれる?」

「ワカタ」

 わたしの足元あたりに腰掛けていたマイケルに声をかけると、ピョンと軽く跳んで、走って行った。

 なんて頼りになる子なんだろう。

 わたしがニコニコ見送ると、脇腹でケウケゲンがモゾモゾ動いた。


「ごめん、ケーちゃん。重かった?」

 やっぱり重たいよね。ごめんね。

 わたしはなんとか体を浮かせてみた。

 ケウケゲンは寝返りをうってから、わたしの膝に上がってきた。ポインポインと軽やかだ。


「うーん、それにしてもすごいねえ」

 ひと掬い、お粥を掬った匙を口元に差し出してくれたダナが言った。

 食べさせて貰う恥ずかしさと一緒に匙を口に迎え入れ、ごくんと飲み込む。パンの実粥は強めの塩味だった。あのストロング干し肉よりはマシだけど、かなり効いてる。

 味が強いほうが好まれる国なのかな。


「何がですか?」

 頭の中ではよそごとを考えていても、世間話はできるのがオトナ。わたしは(たぶん)できるオトナだ。


「盗人小鬼を使ってるだけでもすごいのに、これ、魔物だろ? 聖女様ってのはすごいもんだよ」

 ダナは本当に感心している様子で、もうひと匙、お粥をくれた。

 しょっぱい。


「この子が何者かはわからないんですけど、いい子ですよ」

 肘をお腹にくっつけて支えたら、手はギリギリ動かしても痛くない。

 わたしはそーっとあげた左手で、ケウケゲンのフワフワの黒い毛を撫でた。

「ママ」

 ケウケゲンが顔、顔がどこだかわからないフワッとした丸い物体なんだけど、とにかく上を向いた。口がパカっと開いたから間違いない。


「お腹すいたのかな」

「まま」

 ピンクの小さなお口がとてもかわいい。


 そういえば、ネコちゃんが大あくびした口に指を突っ込むのが好きだった気がする。ネコちゃんの前歯はものすごく小さいので、上下四本の牙の隙間を狙ったら噛まれないのだった。

 なんてどうでもいい記憶なんだ。

 ……まあいいけど。


「ダナさん、壺があったらお借りしたいんですが」

 申し出ると、ダナはすぐに動いて、木の壺を持ってきてくれた。ちゃんと空っぽだ。

 わたしはケウケゲンを膝に置いたまま、両手を胸にあてた。

 

 出でよ、マヨネーズ! 

 

 もうすっかり慣れてしまって、念じたら胸からドロっと白い物体が取り出せてしまうのだ。しかも、産出量の調節ができるようになった。

 ショート・トール・グランデ・ベンティ・上限なし。

 というわけで、今回はショートでいきましょうー。


 動くと全身痛いけど、マヨネーズを壺にいれてしまえばケウケゲンは勝手に食べていてくれる。

 わたしは震える腕で胸元のマヨネーズを壺に移した。


「ケーちゃん、お待たせ。あとは自分で食べられるよね」

 壺を脇に置いたけど、ケウケゲンはわたしの膝から動かない。置いてあげないといけないのかなと迷ったときだ。

 ケウケゲンが伸び上がってきた。

 いつもは球体なのが、ラグビーボールみたいに歪んで伸びて、わたしの胸元にくっついてきたのだ。


 マヨネーズの直飲み希望か。

 まあ、搾りたてを飲みたい気持ちはわからんでもない。アルプスの少女を見たこどもならきっと、みんな思ったはずだ。

 が。

 別にこれ、搾乳したわけじゃないよ。そもそもミルクじゃないんだからね。

 それにしても、『ママ』だ。

 『わたし』はわたしのことを『ママ』と呼んでいた。記憶はないけど、わたしには子供はいないと思う。


 わたしは胸にはりついたケウケゲンを見た。


 ピチャピチャとマヨネーズを舐め吸っている黒い毛玉は、やや不気味だけど一周回って可愛いと言えなくもない。

 そして、この子はわたしを「ママ」と呼ぶ。


 ……まさかね?


 でもこう、胸のマヨネーズを舐められているのは、ほんとに授乳みたいに見えるかもしれない。

 いや、ワンピースの上からだよ。……ノーブラだけどさ。


 そうだ、ブラだ。ブラジャー!

 この世界の女性用下着はどういう具合になっているのかという疑問がついに解ける日が来た気がする。

 この世界に来て初めて、大人の女性と話ができてるんだから!


 わたしはそっと、ダナを見やった。


 わたしはベッドで、相手が立っているんだから視線はちょうど胸の高さになる。エプロンドレスのエプロンの下を想像するのは大変アレな行いだけど、ブラがあるのかないのかくらいはわかるはず。

 さっきはお椀でわからなかっただけだ。


 下心といえば下心。

 決心して見たのに、ダナは両目を潤ませて床に両膝をついていた。


「だ、ダナさん?」

「聖女様だ、光り輝くお乳をお出しになる聖女様だ……っ、信じられないでいて悪かったよぅ、ほんとうに、ほんものの聖女様だったんだ……っ」


 いや、違うし。お乳じゃないし。

 そう突っ込もうとして、できなかった。なんでかって? そう。

 ファンファーレが響いたのだ。



 タッタラタッタターン

 『使徒が七人になりました! チケット:アイテム引換券を入手しました!』



 お馴染みのメッセージとともに、『アイテム引換券』が現れた。これ見よがしに明滅を繰り返している。


 使徒……とは? 七人ってキリ番?

 仮に、わたしを聖女と信じてくれるひとの数だとしたら、七人目はタイミング的にダナだと思うんだけど、どういう内訳なの? リストはないの?

 短いフレーズに、ツッコミどころ満載ということしかわからない。


 が。

 ビークール。

 わたしは果てしなく冷静だ。


 どんなに呪ってもクレームを並べても、システムにも神様にも届かないのだ。自分にできることは、最大限チャンスを活かすこと。これ一点のみ。

 光っているアイテム引換券を手に取ると、今回もメッセージが出た。



『次の中からひとつ選んでください

薔薇のレイピア

星のロッド

ランジェリー(セットアップ)』



 はい、キタコレ三択! 

 二回目だから、もう驚かないからな。


 とにかく、よく考えよう。

 わたしは思考に没頭した。


 薔薇のレイピアは細身剣、突剣とも言われる剣だ。細いだけあって重量は軽め。でも剣なんだから、わたしが片手で扱うには筋肉痛をさらになん度も味わうことになると思う。

 『薔薇』が何を指すのはかわからない。薔薇の装飾があるのか、薔薇色なのか、あるいは、突っついたら薔薇が咲くという可能性もある。聖女と魔王と勇者がいるのだ。魔法的な不思議は想定内だ。


 星のロッドは杖だな。

 重さ、大きさ次第では鈍器として使えると思う。

 『星』が装飾なのか、振ったら星が出るのか、あるいは隕鉄で作られている可能性だってある。榎本武揚の流星刀は有名だし、製鉄技術が低かった古代の鉄は基本的に隕石由来だったはずだし。


 そして、ランジェリー(セットアップ)。

 もはや是非もない。

 ただもうひたすらに欲しい。いますぐ欲しい。


 でも!


 昨日のことを思い出せば、武器が必要だとも思うのだ。

 細身剣であれ、杖であれ、デニスの剣よりはきっと軽い。またあんなことになるのかどうかはわからないけど、振り回すなら自分の得物のほうがいいような気はする。


 たぶん、わたしはまた、魔界が溢れる現場に遭遇するだろう。

 聖女の敵が『黒の病』なら、瘴気との戦いは避けられない。どうする。どうしよう。どうしたらいいのか。考えれば考えるだけ迷う。

 わたしは必死で考えた。

 だから気が付かなかったのだ。


 ベッドで体を起こし、歯を食いしばって中空を見つめているわたし。

 そのわたしの胸に張り付いて、マヨネーズを舐めているケウケゲン。

 ベッドサイドで感激で泣いているダナ。


 混乱しきった室内を窓の外からじっと見ているアクタに。


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