「夫になんかなれる気がしないんだ。当然、父親にも。」

 高峰さんが、絶望を凝縮したみたいな顔で言うから、俺は曖昧に肩をすくめた。

 「婚約者さんとセックスは?」

 「……したよ。」

 「何回?」

 「……週末には、する。」

 「だったら大丈夫。夫にも父親にもなれますよ。」

 俺の言うことが的を得ていないことくらい分かっていた。それでも、本気でそう思ったのも確かだ。

 セックスさえできるなら、女の人に嫌悪感がないのなら、同性愛者であろうとバイセクシャルであろうと、異性愛者の顔をして生きていくほうがいい。その方が楽に決まっている。

 だから俺は、自分に言い聞かせるみたいに、いつか弟に抱かれなくなるだろう身体を引きずったまま。

 「違う。違うんだ。」

 高峰さんが、俺をいきなり抱きしめた。

 「夫や父親になれるかどうかじゃない。俺が今日きみに伝えたかったのは、きみを愛しているってことだ。」

 高峰さんの力は強く、俺はぎりぎりと肩を締め付けられた。

 きみを愛している。

 高峰さんの言葉は、俺の心の表面をかすりもしなかった。

 だって、それは本当じゃない。結婚するにあたって、自分が同性愛なんじゃないかと怯えて、誰かにすがりたいだけ。もっと言えば、誰かに罪をなすりつけたいだけ。誘惑したのはお前だと、そう言いたいだけ。

 高峰さんが追い詰められているのは分かるけど、それに俺を巻き込まれるのは迷惑だった。

 だって、俺にはそんな余裕がない。他人のことなんかかまっている場合じゃない。

 「もう、会うのはやめましょう。今日も、もう帰りましょう。」

 そう言うと、高峰さんは俺の身体をさらに強く抱き、そのままベッドに押し倒してきた。

 おんぼろベッドのスプリングがきしむのを背中で感じる。

 「レイプする気ですか?」

 煽るような言い方になった。高峰さんにはどうせそれができないと高をくくっていた。

 だって、高峰さんだ。冷静で、理性的で、要領も頭もいい高峰さん。

 未成年の俺と寝ているだけでも大問題なのに、更にリスクを重ねることはしないだろうと。

 「帰らないで。」

 俺を押し倒したまま、高峰さんがかすれる息を吐いた。

 「もう会わないなんて言わないで。」

 面倒くさいことになっている。こんなことはうんざりだ。俺はもうすでに面倒なことの中にいるのに、さらなる面倒ごとを抱えたくはない。

 どうしよう。どうしたら高峰さんを切れるだろう。

 そんなことを考えているうちに、高峰さんは俺の答えも待たずにジーンズを脱がせてきた。

 これまでの高峰さんとは別人みたいな、乱暴で性急な仕草だった。

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