バベル 〜最強の闘士たち〜

@nagaresasa

太陽 ━プロレス━

第1話 心 前編

 早く大人になり強くなりたい、幼い時にはいつもそんな事を考えていた。


 理由は簡単だ、家にいる大酒飲みの男の理不尽な暴力が納得できないからだ。


 いったい、どういう理由で身体の大きいこの男はいつも怒り、怒鳴り物を壊すのだろうか。


 そして、自分達に暴力をふるうのか。


 もう一つ、大きな疑問があった、自分の身体の倍もあるような男に母は立ち向かい、自分を守ってくれたのか、怖くなかったのか。



 母を守りたいそう思った純粋な幼子の心は、十歳の頃に砕かれた。

 

 身籠った母が自分を捨てて家から出ていったのだ、何が起きたのか幼い子供には始めはわからなかった。


 酒飲みの男は、怒るか泣くかしかしなくなった、しかし、少年はその感情もなくただ家の隅で座っているだけだった。

 怒ることも泣くこともせずに。


 いつしか、学校に来ない事からその少年は、施設に引き取られる事となる、その時も男は酒に溺れて別れの思い出もなかった。



 栄養失調気味の少年は、施設の生活で身体は、あの酒飲みの男と同じように大きく変化していった。

  

 少年は、直ぐに暴力をふるう問題児として扱われた、自分の感情を伝える事が苦手だった、というより教わった事がなかった。


 家では、暴力を学校では、腫れもの扱い、優しい言葉も彼は聞いた事はなかった。

 母以外からは。


 その母の記憶も捨てられた時に、存在自体、言葉も顔をも黒いモヤがかかったように思い出せなくなっていた。


 楽しいことも、嬉しいこともよくわからず、身体だけは成長していたが、彼の心は、母に捨てられた時に壊れてしまった様にも思えた。


 幼い時からの『父』からの暴力では壊れなかった心は、母からの仕打ちで崩れてしまった。


 

 男の名は、貫地谷理央。



 捨てられた5年過ぎたある冬の日に運命の出会いを経験する事となる。


 その日は、クリスマス、身寄りのない子供達にある有名人か訪問しに来ていた。


 ライジング・レオ、というプロレスラーだ。


 獅子をイメージしたマスク、その空いた口元のシワから年齢は若くない事が容易に想像できる。


 理央は知らなかったが、デビューして三十年たったベテランだ。


 クリスマスのプレゼントをトラックいっぱいに準備し、ひょうきんな態度や緩い表情から理央は、その男を芸人とかの類だと思っていたが、深く興味はなかった。


 しかし、レオはそうではなかった。


 みんなの輪に入らない大柄の少年を気にかけ距離を詰めてきた。


 「俺の事を知っているか」


 理央は無言で首を振る。


 「そうかこれでも結構有名なプロレスラーでライジング・レオっていうだが、お前、いい体しているな、なにかスポーツしてるのか」


 理央はその言葉を疑った、身長もそこまで大きくないし、筋肉もそこそこ、若くもない、この男がプロレスラーなのか、質の悪い冗談に思えた。



 「嘘ついてるって思っている顔だな」

 

 レオは、少しニヤける。


 「まぁいいか、今夜地元のチャリティーイベントで試合をするんだ、楽しみにしてくれ」

 

 理央は、とうでもいいといった感じで、その場を離れた、試合は見に行くのだろう、それは本人の意思ではなく、施設として行くのだから、行かないという選択はとれないからだ。




 クリスマス、地元の体育館でチャリティーイベントの一環でプロレスが模様される事となっていた。


 チャリティーイベントは、地元の合唱団や、ストリートパフォーマーが集まり、施設の子供たちは思い思いに好きな場所へ自由時間を楽しんだ。


 理央は、特にどこといくつもりもなく、何となくプロレスイベントのイスに座り時間を潰すことにし、始まるのを待っていた。


 試合前に、リングの上でレスラー達が思い思いに練習をしている様子を理央は見つめて、レスラー達の大きな肉体を見て、一緒に住んでいた暴力男を思いだした。


 少し吐き気がし俯く、すると、レオがペットボトルの水とパンフレットを手に話をかけてきた。

 「大丈夫か、来てくれてありがとうな」


 理央は水とパンフレットを受け取り、無言で水を飲んだ。


 リングでは、男達が技をかけたり、受けたりしている、練習とは思えない熱気に身体が湯気が出てきていた。


 「本番でもないのに、あんなに投げられたり、殴られたり疲れないの」


 虚ろな瞳で理央は、質問をする。


 「プロレスは、常に危険と隣り合わせだからな、練習も本番と同じようにやるさ、それに」


 レオは、いいながら周りを見渡す、先程までは、理央以外には座っている人がまばらであったが、本番さながらの練習で人々の興味を引き席が埋まってきていた。


 「こういう効果もあるって訳だ」


 今日は特別興行ということで、イベントで1試合のみの興行であった。

 練習している若い選手はデビュー前、試合はない。


 ライジング・レオの所属する団体は「シン・プロレス」は、国内の大手の団体で海外にも影響を与える団体である。

 所属する選手は、専属で40名、他団体と併用契約20名を数え、その中で、一軍のトップクラスを「ゴールド」、ベルトに絡まないベテラン選手やまだデビューしたばかりの若い選手は「シルバー」として選手の運用をしており、地方の興行では、シルバーが主として活動している。


 しかし、ライジング・レオはゴールドでありながら率先して地方の興行に参加している。


 それは彼なりの信念に基づく行動であった。



 簡単なルール説明を終え、そして、試合の始まりの合図がある、ライジング・レオと、ベテランレスラー、グラン浜松組と、ヒールユニット『ダブル・バット』の兄弟外人レスラー、バード・バットとケーリン・バット。


 地方ではめったに見られないゴールドカードであった。


 入場曲が終わり、両選手がリングインする。


 理央は、興味なくリングを見ていた。


 レオも強そうには見えないし、そのパートナーもそこらへんにいるおっさんにしか見えなかった。


 対して、対角線にいる外人の二人は絞られた筋肉と敵意むき出しの視線、身長差もある。


 (これって戦いになるの)


 理央は、大きくあくびをして、パンフレットに目を落とした。




 〜中編に続く〜

 

 


 

 




 

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