第2話 ギフト
2人はお互いの連絡先は聞かずに、週末にBARで会う関係であった。
我狼は、寧々の自由でありながら、何かミステリアスな雰囲気な魅力に魅了され、寧々もまた自信過剰な我狼に惹かれていた。
普通の人間なら、愛する人は1人で添い遂げるものであるが、我狼は違っていた。
既に結婚し、子を授かっていたが、彼はそれに縛られなかった。
妻も子も愛していた、しかし、この寧々もまた同じ様に愛し始めていた。
寧々は、特に家庭環境が悪いという訳ではなく、普通の家庭で親は普通のサラリーマンである。
周りとは群れる事はないが、敵を作る事もない、気の向くままに生きる彼女には特別な魅力があり、そこに惹かれる男性も多かったが、彼女の性格に付き合えるほどの男はいなかった。
2人の奇妙な関係は、半年続き、それは突然に終わりを告げる事となる。
ある冬の寒い夜。
2人はお店を出て、大通りまでタクシーを拾う為に並んで歩いていた。
寧々がその日、アルコールを口にしなかった事で我狼は何時もと違う空気感を感じていた。
寧々のお腹には子が宿っていた。
寧々は一歩前に出て我狼の方に振り返った。
「じゃあ、私はここで、我狼は向こうの方がタクシー拾いやすいでしょ」
我狼は、寧々に対しての違和感を口にして尋ねた何があったのかと。
しかし、寧々は顔を横に振る、なんでもないよと。
寧々は我狼の素性を薄々気づき始めていた。
何時も高級なスーツに身を包み、お店のキャストの態度も違う、しかし、我狼自身は決して失礼な態度は取らない。
自分は安いジャージ姿、住む世界が違う、そもそも既婚者だと。
でも、それでも今だけはと思っていたが、子ができれば話は変わってくる。
彼の世間体も家族も色々滅茶苦茶に傷つけてしまうと寧々は思っていた。
(私が他人の事を考えるなんてね)
寧々は自分自身と我狼に笑みを向けた。
「寧々、お前、一体どうした」
我狼は何かを察したがそれを全てわかる程、思慮深い男ではない。
問題があれば解決できるそう言いたいが、それは彼女は嫌う事だと知っている為上手く言葉には出来ない。
寧々は何も言わなかった。
我狼は、もどかしかった、ただ、何かこれが別れになるのでないかと察した。
「普段は、鈍感なのに、まったく何ていうかタイミングが良いのか悪いのか」
離れたくない。
しかし、我狼の言葉は寧々の指で止められた。
街の街灯で、彼女の目は濡れていたのが見えた。
「貴方は貴方の場所へ帰るの、そして、私は私の道へ行く」
「ありがとうね、もうお店も来れないから、さようなら」
突然の別れに、我狼は立ちすくみ、その後ろ姿を見守るしかなかった。
それから、二十数年後。
小さなアパートで古びた写真を見つめる年齢を重ねた寧々がいた。
「それ誰」
肩越しに、寧々の息子が覗き込む。
バベルトーナメントの覇者のセコンドであり、キックボクシングの国内王者の柊木櫂であった。
「私と貴方のお父さんよ」
「あのオッサンか、面影はないな、髪も脚もちゃんとあるし」
興味なしと言った感じで、用事であった、義理の父の仏壇に向かい、座り手を合わせる。
仏壇の写真は、人の良さそうな眼鏡の男性が映っていた。
自分にとって『父親』と呼べるのは、この柊木翔だけと思い目を開ける。
「翔さんの命日には、しっかり手を合わせにきてくるんだから、あんたも律儀よね」
「俺にとっては、天上院のオッサンより父親として思っているのはこの人だよ」
櫂が天上院の名を継がない理由は、我狼を嫌っている事は前提だが、自分にとって『柊木』の名も大切に思っているからだ。
「少し忙しくなりそうだから、またしばらくは会いにこれないから」
「そう言って、あんたはいつもあんまり帰ってこないでしょ」
2人、同じ様な表情で笑い合う。
テレビは、スポーツニュースを取り上ており、その内容は、バベル覇者の石森に対して挑戦的なコメントをした、ヘビー級ボクシングのチャンピオンであった。
「忙しくなるってこれ」
櫂は首を振った。
「嫌、ボクサー石森に俺はもう必要ない、あいつはあいつの場所へ、俺は俺の道へ行くよ」
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