第二章 『たおやかで物騒な王子さま』

 ルティは眉を寄せ、戸惑いの表情を浮かべる。


 感覚を頼りにした発想が、偶然当たってしまっただけだ。彼らもそうわかっているはずなのに、目が怖い。


(なんだかわからないけど、切り抜くためには考えないと!)


 レイスの呪いは生まれつきではない。それは間違いない。

 呪われていることを周囲に隠しているということは、術者が見つかっていない、もしくは呪いにかかっていることを術者に知られたくない可能性がある。


 思えば、先ほど上級生が『いたずら卵』でレイスを狙っていた。


(レイスの人気に嫉妬して悪戯を仕掛けたと思っていたけど……二人のこの剣呑な雰囲気を見ていると、ジェラルド王子を狙っていた可能性も捨てきれない?)


 ロシュフォード王立魔法学校は次世代を担う優秀な人物を育てるために、平民を積極的に受け入れている。実力主義の方針から、在学中は身分差を感じる機会は少ないらしい。


(だからと言って第三王子にいたずらを仕掛けるのは軽率すぎる。やっぱりレイスを狙ったものなの? ……て)


 いつの間にか、ルティの体を覆うような影ができていた。

 おそるおそる顔を上げると、ジェラルドがすぐそばで見下ろしていた。


「気を取られて距離をつめられるとは、エルトナー家の者としては致命的だな」


 彼の唇は弧を描いているのに、目が笑っていない。


 ジェラルドの母親は隣国シュルマの富豪の娘だ。それゆえほかの王子たちよりも誘拐される危険性が高いとされ、幼い頃から国民の前に姿を見せずにいた。


(噂ではシュルマ人特有のたおやかさを持ち合わせた心優しき王子と聞いていたんだけど)


 ふわりと揺れるくせのかかった前髪からのぞくのは、整えられた太めの眉とたれ目だ。こんな美青年に見つめられたら普通は胸が躍る展開だが、いまは不穏さも相まって普通に怖い。


「なにも考えなくてよい。このことを口外しないという誓いさえしてくれれば、そなたに危害は加えない」


「誓い、ですか?」

「そうだ。『冠の魔法』は知っているな?」

 それは王族だけが扱える特殊な魔法の総称だった。


「……父から聞いたことがありますけど」

「よろしい。では『冠の魔法』によって契約を結ばせてもらう」


 するとジェラルドの右手に、細かい鎖が連なったような光の輪ができる。


(えーと、確かお父さまがいうには……『冠の魔法』によって契約を結ぶと、もし契約を破ったときに、契約者である王族が望む罰を相手に与えることができるんだっけ? えっ、わたし、入学早々ジェラルド王子の監視下に置かれるの?)


 それはちょっと、いや、だいぶ嫌だ。もっと楽しくて平和な学校生活を送りたい。


 不安げな表情で上目遣いしても、ジェラルドは表情を変えない。

「大丈夫、首元が少し暖かくなるだけだ。事が収まれば必ず解いてやる」


 わたしに拒否権ないやつだ~、とルティは遠い目をする。

(できることなら抵抗したいけど、体が動かないんだよなあ)


 すでに『冠の魔法』の効果が出ているのか。真ん中で分けられた前髪からのぞく瞳を見ていると、息をすることさえ忘れてしまいそうになる。


 ジェラルドはいい子だ、といわんばかりに笑みを深める。そしてルティの首元に優しく触れ、長々しい呪文を唱えはじめた。


 じんわりと、ルティの首元が熱を帯びる。


(へえ~、ジェラルドさまの瞳って琥珀色をしているのね)


 第三王子とこんな至近距離で対面できるのは今回かぎりかもしれない。どうせなら拝んでおこうと考えていると、ある疑問を抱く。


(あれ? よく見れば琥珀色じゃない。もっと強い光を帯びるように鮮やかな金色で)


 ──まるで、竜の目じゃないか。


「待て、ジェド」

 レイスの場を切り裂くような声に、ジェラルドは呪文を止める。


「どうした?」

「魔力が戻っている」

「! 本当か」


 ジェラルドはルティから視線を逸らすと、レイスに近付く。


(あ、呪文が途切れたから体が軽くなった)


 ルティは首元をさすりながら様子をうかがう。

 レイスはマグカップをテーブルの上に置き、右手を窓のほうに伸ばした。


『氷の結晶よ、いでよ』


 呪文を唱えると、彼の手のひらにいくつかの氷の塊が現れた。それを見て、ジェラルドは眉をひそめる。


「毒薬は飲んだのか?」

「いや、まだだ。でも、間違いなく魔力が戻った」


 二人は黙って考え込む。やがて氷は形を保てなくなり、空気中に溶けていく。


 そのとき、ルティとレイスの目が合った。彼は無言のまま近づいてきて、勢い任せに口を開く。


「俺になにかしたのか?」

「な、なにもしていませんけど⁉」


 あまりの勢いに、ルティは亜麻色の髪を揺らすほど背をそらす。するとジェラルドがレイスの肩を掴む。


「レイス、落ち着け。ほかにいままでと違うことはないのか?」

「……ない。強いていうなら、この女子生徒に押し倒されただけだ」

「押し倒していないです! 庇っただけでしょう?」


 先ほどは完全に不可抗力だった。焦ったように否定すると、レイスは呆れと悔しさが混じったような複雑な表情を浮かべる。


「まったく、女が無茶するなよ」

「そうはいっても、まともにくらっていたら静電気で髪型がウニみたいになっていたと思いますよ?」

「……」

「この場合、ケサランパサランでしょうか?」

「……!」


 レイスはそれを想像したのか、気まずそうに顔をそらした。


「ふむ。それかもしれないな」

「え?」

「は?」


 困惑するルティとレイスに対し、ジェラルドは真剣な眼差しで告げる。


「エルトナー。レイスの体にちょっと触れてみてくれないか」

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