第二章 『魔力封じの呪いと毒薬』
ルティはグラスを見つめながら口を開く。
「それはその……」
実は過去に双子の兄たちが屋敷の中で『いたずら卵』をさく裂させたとき、とても珍しい炎をまとう巨大な蛇が出てきたことがあった。
水魔法ですぐに対処すれば問題なかったが、蛇嫌いの姉が阿鼻叫喚の大パニックを引き起こし、屋敷の中は大惨事となった。
『あんたらさァ、覚悟はできているんだろうなァ』
双子を脅す姉の殺気立った表情を忘れられず、エルトナー家では『いたずら卵』系の魔法道具の使用は禁止され、仮に外で仕掛けられたときは速攻に無力化するのが癖となった。
「家族が『いたずら卵』によって二次被害を引き起こしたことがあって。それがトラウマになっていたので、つい」
「なるほどな」
と言いつつ、レイスは銀髪の前髪越しにルティをじっと見つめてくる。
「とりあえず納得はした。だが、どうして魔力封じの呪いのことに気づいた」
「ふ、触れたときにピリッときたというか。体が冷たすぎて、魔力の巡りを感じないというのか……え? 魔力封じの呪い?」
それはおかしい。彼は防衛術の授業で立派な魔法を披露していたし、先ほど呪文を唱えて黄金の扉を開けていた。
「魔力が封じられているなら、どうやって魔法を使っていたの?」
レイスはなにも答えない。ルティがしびれを切らし、彼を問いつめるために身を乗り出したとき、答えは背後から聞こえる。
「――毒薬のおかげだ」
ふわっと、あまり嗅ぎ慣れない花の香りがした。ルティが反射的に振り向くと、そこには艶やかな黒髪と少し褐色を帯びた肌を持つ男子生徒がいた。
彼の名はジェラルド・アルーシュ・ダルク。異国の血を引くダルク王国の第三王子だ。
(い、いつの間に⁉)
身を縮こまらせて警戒するルティをよそに、レイスはジェラルドに話かける。
「さっきの上級生は?」
「絞めてきたぞ」
ジェラルドは笑顔でピースサインをした。これに対しレイスは「さすがだな」と称賛する。
物騒な会話だったが、それよりも聞き捨てならないことがある。
「毒薬って、どういうことですか?」
ルティが鋭い声で問うと、レイスはあっさりと答える。
「これを飲むことで一時的に呪いを相殺させているんだ」
同時にマグカップの中身をルティに見せてくれる。明らかに毒々しい紫色をしていた。
「……バ、バカじゃないですか⁉」
「なんだと?」
ルティはレイスのすごみにひるまずに彼の手首を掴んで、もう片方の手でマグカップを奪おうとする。だが寸前のところでレイスが立ち上がり、マグカップを掲げた。
「危ないだろう! うわ、意外と力が強いな」
「抵抗しないでください!」
ルティは諦めずにレイスの体によじ登ってマグカップを奪おうとする。
「あなた、優秀なんでしょう⁉ なんでこんなアホなことしているんですか⁉」
「! アホじゃない‼ 仕方ないだろう! こういう高度な呪いは術者にしか解けない。毒薬は黒魔導士から処方されている。この程度の毒で生活に支障は出さない!」
彼の言う通り、高度な呪いは術者の身を犠牲にしたり、生贄を使って発動するため、解くのがかなり難しいとされている。
(それを毒薬で症状を無理やり誤魔化しているなんて……その場その場を生き抜くことさえできればあとはどうなってもいいって思っているの?)
――そんなこと、わたしがさせない。
その気持ちがルティを突き動かす。
「もっと自分の体を大切にしてよ!」
レイスの目をじっと見つめると、彼はわずかにうろたえる。
「……さっき俺を庇ったことといい、世話焼きな奴だな。俺と君は初対面だろう?」
「――」
ルティは唇を引き結び、歯を噛みしめる。そしてレイスに掴みかかる手の力を緩めた。
(やっぱりわたしのことなんて、覚えていなかった)
三年前までのルティはまだ魔法騎士を目指していて、髪が短く、男物の服を着ていた。
いまとは容姿が違うため、覚えていないと最初からわかっていても、わずかに期待していた部分があったため余計につらい。
肩を下げて落ち込んでいると、ジェラルドの笑い声が部屋に響く。
「あっはっは! 英雄を相手にずいぶんと威勢がよい。さすがエルトナー家の者だな」
ルティはゆっくりと顔を上げる。
「……いつ、わたしの名前を?」
「顔と名前ならすでに頭に入っている。レイスのことを心配したくなる気持ちはわかるが、そなたはまず自分の身を顧みたほうがよい」
そういってジェラルドは目を細め、唇に弧を描く。
「さて、レイスの秘密に気づいてしまったからにはどうしてくれようか」
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