第8話 家庭教師の期待
私、エリンが招かれたのは大陸でも有名な貴族の一つ、ポーン家でした。
あまり良い噂は聞かない三男坊、グレイド・フォン・ポーン様に剣と魔法を教えることが今回の仕事です。
正直、気乗りはしませんでした。ポーン家の面汚しとまで言われるほど、それは酷い性格をしているらしいではありませんか。
しかし、馬車で降り立った先で待っていたグレイド様は、私の予想とは少々違っていました。あの瞳からは少しも禍々しい、濁ったようなものがありません。
ローレンス様とご挨拶をした後、実際に庭にお連れしてみたのですが、あまりにも普通で。逆に戸惑ってしまうほどに素直な印象を受けました。
でも、猫を被っている人なんてどこにでもいるもの。私は最初から彼を厳しく指導してみることにしたのです。
本当に武芸を教えるべき存在であるか、それを見極める為に。もしもロクでもない本性が垣間見えることがあれば、すぐに教師は辞めるつもりでした。
ロージアン国王より特別な権限をいただいている私は、例え貴族が相手でも好きに仕事をすることができました。時間を無駄にはしたくない。だからこそ、すぐに答えが出せるよう少々手荒な素振りを教えてみました。
本来であれば、まず初日はたった一つの型しか教えません。ですが今回の私は、基本的な動きをいくつもやってみせた後に、すぐに真似するように促しました。
グレイド様はじっと剣を振る姿を注視しているようでしたが、素振りをすることになった時、その瞳には戸惑いの色が見えました。
ああ、冷淡な装いをしていても、やはり中身は普通の子供か。私はその時、彼という人間も他の人と同じなのだと考えました。
ですが、その考えは間違っていた——私の常識すら通じないほどに。
グレイド様が持つレプリカの剣は、私が行ってみせた基本の動きを忠実になぞっています。最初は川上にある岩のようにゴツゴツとしていた動きが、徐々に滑らかに変化していきました。
無駄なく、力まず、正確に。基本通りの動きを、十五歳になろうという少年は一時間と経たずに体に浸透させていったのです。グレイド・ポーンは非凡である、と私は認めざるをえませんでした。
しかしながら、彼の従者らしき背の高い男、カンタさんからは全くセンスを感じません。自らの野生の本能に頼りすぎるがあまり、型にはまることができないようです。
この手の練習生はよく知っているつもりですが、カンタさんほど筋の悪い人は初めてかもしれませんでした。
ですが、彼の全く進歩がない動きにも、実は大きな長所があります。毎回必ず動きが変わる彼の攻撃は、いつも全てが変わってしまうため読み難く、来ると分かっていても防げないことがあります。
こういった方が部下としているのなら、むしろ多面的なリスク回避に繋がるのかもしれません。とはいえ、私の中での指導熱は、どうしてもグレイド様に向かっていきました。
続いて打ち込み稽古を教えてみましたが、またしても信じ難い動きを目にしました。大陸では名のある魔法剣士である私に、グレイド様はいくつもの攻撃を仕掛けました。
その中で、あと少しというところで打ち負かせるほどの剣撃を見舞うことがあったのです。今回の稽古においては一度きりでしたが、私は背中から冷たい汗が流れるのを感じました。
同時に、心の中に奇妙な興奮が芽生えたのです。もしかしたらこの少年を鍛え続けていけば、私の想像を超えた強さに、高みに到達することができるのではないか。
そう考えた時、もはやいてもたってもいられなくなった私は、ほぼ毎日のようにポーン家に通い詰めることになります。
私はとある事情により、自らが最強へと上り詰めることを諦めた者です。しかし、人を育てることはできると思い、多くの人達に剣や魔法を教えてきました。
ですが、結局は武芸とは才能。多くの人間がある程度の成長をすると、どこかで進化が止まってしまいやがては衰えていく。多くの諦めと再起を繰り返したこの人生に、新たな光を見た気がしました。
ここ数年無くしかけていた、最強の戦士を育てたいという欲求が、胸の奥から急かしてたまりません。
今は魔法を教える段階に入っています。
そういえばですが、随分と可愛らしい門下生が新たに加わることになりました。私の教え子の中では最年少であるその子もまた、才に溢れているかもしれません。
ふふふ、今日は何を教えようかしら。
グレイド様は磨けば輝く原石です。ここから先、一体どれほどの伸び代があるのか。私は知りたくて堪らないのです。
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