ゲームの悪役貴族に転生した俺、なぜか討伐に来たはずの女勇者に告白される
コータ
第1話 悪役貴族グレイド
俺、天地誠也はVtuber事務所で社員として働いていた。
もっぱら仕事といえば男性Vtuberのマネジメントというか、大体が動画の監視とか企画とか、あとは雑用をやらされている。
なぜVtuberの事務所で働いているかというと、とある女性Vtuberに強い憧れを抱き、この業界で働いてみたいと思ったから。だから仕事は大変ではあったけれど、そこまで苦は感じていない。
まあ、浮ついた理由ではあることは分かっている。それでも、ちゃんと働いていれば誰も文句は言わない。
そんな俺のところに、同僚の女子社員から電話がかかってきた。彼女は何人かの女性Vtuberを担当していたが、その中の一人が深刻なストーカー被害に遭っているというのだ。
「とにかく、その子が大変なことになってるかもしれないんです。誠也さん、すみませんが一緒に来てくれませんか」
「ああ、はい」
そうなんだ、俺は呑気に構えていたのを覚えている。たしかカラオケ配信の後で重大発表をするとか、そんなスケジュールの子だった気がするな。
都内の一等地に住んでいたその子のマンションはオートロックだったし、何も問題ないだろうと高を括っていたんだが。
しかし、同僚の女子とマンション近くまでやって来た時、何か悲鳴が聞こえたのだ。
「あ! あの子、あの子ですよ! 変な人に捕まってるみたい。せ、誠也さん」
「え、あ、はい!」
マンションに入ろうかというところで、一人の女子が若い男に腕を掴まれている。しかもそいつときたら、エグいほど刃渡りのあるナイフを持っているんですが。
「おいあんた。一体何を——」
その男の憎しみが詰まった瞳は今も忘れられない。粘着質な怒りに包まれた目に睨まれたと思ったら、いつの間にかナイフが腹に刺さっていた。
「う、あ……?」
男は呆然とした顔になって後ずさった。しかし、続く悲鳴に気づいてやってきた警備員たちに取り押さえられたようだ。
前世の最後の記憶。俺が知っていることはここまで。
誠に残念ながら、俺という男は三十歳という若さで生涯を閉じたのだった。
◇
風が吹いている。
生暖かい空気だ。眠りから覚めたように、ぼんやりしていた意識がはっきりとしてきた。
「グレイド様! こいつ生意気ですぜ、やっちまいますか」
「俺達の道を塞ぐなんて、随分と舐めた真似してくれんじゃねえか!」
二人の少年の声がする。なんか知らないけど、まるで中世RPGにでも出てくるような、粗末な布服を着た奴らだ。
あれ? っていうか、グレイドって、俺のこと?
そういえばここはどこなんだ。ボケていた頭がしゃんとするにつれて、その異様さに驚かずにはいられない。風の感触も、レトロな街並みも、両隣にいる少年達の声も夢とは思えない。
「どうしたの? 君達」
心臓が早鐘を打っていたけど、努めて冷静に質問してみた。チラッと後ろを見ると、なんか立派そうな幌馬車がある。なんだこれ。
「どうしたのって……あいつが俺たちの進路を邪魔したじゃないですか」
少年の一人が言った。いやいや、なんか人違いしてないかこいつ。前を見ると、髪の長い女の子と彼女を庇うように前に立つ男子がいた。どっちも金髪で、なんとなく育ちが良さそうに見える。
「邪魔などするものか! お前らが無理矢理馬車で轢こうとしたんだろ。グレイド、一体どういうつもりなんだ。このポーン家の恥晒しが」
金髪の少年は間違いなく俺を睨みつけて叫んだ。え、なんなんだ一体。
「グレイド様! こいつ今めちゃくちゃ不敬なこと抜かしましたよ。もうやっちゃいましょうよ」
「あ……あのさぁ。さっきから君達、」
右隣にいる子分っぽい奴の肩に触れようとした時、どういうわけか自分の手が不自然なほど白く、細くなっていることに気づく。身長も、もしかしてちょっと伸びてる?
ま、まさか。ここまできて、俺は信じがたい異変に気がついてしまう。みんなが俺を見てグレイド、グレイドと呼んでくる。見たことのない町。変わってしまった体。ここから導き出される答えは?
もしかしたら俺は、天地誠也ではなくなったのか。まさかあの異世界転生というやつを経験してるのでは?
いや待て、これは憑依か? 俺は混乱する頭の中で、グレイドというたった一つのヒントみたいな名前を探し続ける。
自慢じゃないが俺は記憶力と妄想力には自信がある。前者は活かせず、後者もまた方向性を大幅に間違えてばかりいたが、この時ばかりは役に立った。
さっきの金髪の男が言うには、俺の名前はおそらくグレイド・フォン・ポーンか。頭の中でいくつもの人名を思い出しているうちに、電撃的な答えに行き着いた。
たしか、エターナルソード(以後、略称としてエタソと呼ぶことにする)という大人気RPGに登場していた悪役貴族だ。有名なあのやられ役は、グレイドという名前だった。
しかし、それを知った途端に体から力が抜けた。多分、馬車で強引に道を通ろうとしたところ、今地面でペタンと座っている女の子と衝突しそうになったとか、そういうシーンだろう。
「もういい。行こう」
俺の消え入りそうな声は、かろうじて取り巻きのような少年二人に届いた。
「え? グレイド様、でも」
「ぶっ飛ばすって言ってたのに、いいんですか?」
ああ、やっぱりそういう剣幕で争っていたのか。俺はグレイドという男をよく知っている。だからこそ、悲しくなってくる。
「いいんだ。もう気が済んだ。馬車を出せ」
二人は戸惑いつつもすぐに俺の後に続き、何事もなかったかのように馬車は走り始めた。
俺は嘆かずにはいられない。家に帰ろうという途中の出来事だったようだが、こんな騒ぎばかり起こしているような乱暴かつ悪辣、そして傲慢という絵に描いたような悪役。それがグレイド・フォン・ポーンだ。
「う、ぐぅう」
しばらく馬車に揺られていたが、徐々に頭痛がしてきた。手元に古めかしい本がある。開いてみると、習ったはずもない奇妙な文字がすらすらと読めてしまう。
胸ポケットには手鏡が入っていた。自分の顔を写すと、白化粧をしたような肌と、同じように白い髪の毛、それから赤い瞳が映っている。どうやら本当に転生したようだ。
馬車がポーン邸に辿り着いた後、子分のような二人の少年と別れ、執事とメイドに迎えられた。その後すぐ、俺は体調不良を理由にして自分の部屋に篭る。
頭の中が混乱しきっている。どうにかして落ち着かせないとまずい。その為に、まずは一言。盛大に叫ばせてもらう。
「なんてこったぁああ! よりによってこんな奴に転生かよ!」
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