自由への渇望

「先ず初めに、ここでの会話は外に漏れていないことを約束しよう。監視カメラには、一昨日の僕の映像が映るようになっているからね」

 一先ず、翔太しょうた狼愛ろあたちの身の安全を保証した。かつてシミュレーターのプログラムを書き換えていただけのことはあり、彼には監視カメラをハッキングする技術が備わっているようだ。

「それで、用件はなんだ?」

 孝之たかゆきは訊ねた。彼の横で、狼愛も真剣に翔太の目を見つめている。翔太は一度深呼吸をし、それから話を切り出す。

「昨日、架神からクーデターの話を持ち掛けられた。僕たちが自由になるには、狐火軍に……いや、世界に反旗を翻すしかない」

 やはり彼にも、国家に反逆したい気持ちがあったようだ。無論、狼愛たちも彼と似たような境遇を背負っている。そんな二人が彼に同調しようものならば、それはあまりにも自然なことであろう。


 しかし孝之は、首を横に振った。唖然とする翔太に対し、彼は己の考えを述べる。

「前にも言っただろ。オレはオフクロとオヤジに恩返しがしてぇってな」

 例え強制的に戦場に立たされている身であっても、彼は戦うことに使命感を見いだしていた。そんな彼を説得しようと、翔太は必死に言葉を紡ぐ。

「君の両親は、君が戦うことを望んではいないはずだ」

「そうかもな。だけどオレたちが戦わなくても、誰かにそのしわ寄せがいく。戦争に巻き込まれた時点で、狐火は犠牲を必要としているんだよ」

「だからって、君が自由を諦める理由なんて……」

 自らの身を危機に晒してまで軍に隷属する精神は、翔太には到底理解できなかった。孝之に続き、狼愛は言う。

「翔太。私だけを憎む方が、貴方は楽なのに」

 その言い分はもっともだが、そんな割り切り方が翔太自身にとって酷であることもまた事実だ。

「それは、確かに楽かも知れないね。それでも僕は、君を憎みたくはない。自分の心を誤魔化し続ける生き方なんて、あまりにも窮屈じゃないか」

「世界は、いつだって権力者の掌の上。窮屈で元々。貴方の望む自由なんて、この船の外にだってない」

「それは……そうかも知れないけど……」

 彼は俯き、頭を悩ませた。その様はどこか儚げであり、それでいて無力だった。

「まあ、少しだけ考えておくよ。それじゃオレは、この辺でお暇する」

 そう言い残した孝之は、翔太の部屋を後にした。その後に続き、狼愛も部屋を去った。



 その頃、架神は自室のシンクに突っ伏していた。彼は肩で呼吸をしており、排水溝の周りは鮮血で染まっていた。

「俺には……時間がない……」

 そんな不穏な一言を呟き、彼は側に置かれている包装シートに手を伸ばした。その中に包まれている錠剤を何錠か取り出し、彼はそれを飲み干した。それから架神はおぼつかない足取りで自室を去り、今にも倒れそうな体を引きずりながら廊下を歩く。壁に手をつきつつ、彼は額から汗を流している。

「いずれ、俺の憎しみを晴らす……必ずだ」

 その出で立ちは、お世辞にも健康的とは言えない。架神は血の付いた口元をハンカチで拭い、それからトレーニング室に入室した。さっそく彼はシミュレーターの前に腰を降ろし、VRゴーグルを装着する。彼の怒りに身を任せた操作は、あまりにも荒々しいものである。

「ハハハハ! 連中は俺の全てを奪った! 俺にはもはや、憎しみしか残されていない!」

 そう叫んだ彼の笑い声は、悲哀を帯びていた。



 その日の昼、翔太は謁見室に呼ばれた。彼の前で腰を降ろしているのは、正和まさかずである。眼前の大佐に対し、翔太は敵意を見せる。

「なんの用だ……大佐!」

「……明日、ヴァランガ帝国と戦争をする。連中は全ての元凶だ……あの国を討てば、君の苦しみも終わる」

「ふざけるな! ICとして作られた僕の苦しみに、終わりなんかない!」

 正和の軽薄な言動に、翔太は声を荒げた。

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