自由への渇望
「先ず初めに、ここでの会話は外に漏れていないことを約束しよう。監視カメラには、一昨日の僕の映像が映るようになっているからね」
一先ず、
「それで、用件はなんだ?」
「昨日、架神からクーデターの話を持ち掛けられた。僕たちが自由になるには、狐火軍に……いや、世界に反旗を翻すしかない」
やはり彼にも、国家に反逆したい気持ちがあったようだ。無論、狼愛たちも彼と似たような境遇を背負っている。そんな二人が彼に同調しようものならば、それはあまりにも自然なことであろう。
しかし孝之は、首を横に振った。唖然とする翔太に対し、彼は己の考えを述べる。
「前にも言っただろ。オレはオフクロとオヤジに恩返しがしてぇってな」
例え強制的に戦場に立たされている身であっても、彼は戦うことに使命感を見いだしていた。そんな彼を説得しようと、翔太は必死に言葉を紡ぐ。
「君の両親は、君が戦うことを望んではいないはずだ」
「そうかもな。だけどオレたちが戦わなくても、誰かにそのしわ寄せがいく。戦争に巻き込まれた時点で、狐火は犠牲を必要としているんだよ」
「だからって、君が自由を諦める理由なんて……」
自らの身を危機に晒してまで軍に隷属する精神は、翔太には到底理解できなかった。孝之に続き、狼愛は言う。
「翔太。私だけを憎む方が、貴方は楽なのに」
その言い分はもっともだが、そんな割り切り方が翔太自身にとって酷であることもまた事実だ。
「それは、確かに楽かも知れないね。それでも僕は、君を憎みたくはない。自分の心を誤魔化し続ける生き方なんて、あまりにも窮屈じゃないか」
「世界は、いつだって権力者の掌の上。窮屈で元々。貴方の望む自由なんて、この船の外にだってない」
「それは……そうかも知れないけど……」
彼は俯き、頭を悩ませた。その様はどこか儚げであり、それでいて無力だった。
「まあ、少しだけ考えておくよ。それじゃオレは、この辺でお暇する」
そう言い残した孝之は、翔太の部屋を後にした。その後に続き、狼愛も部屋を去った。
その頃、架神は自室のシンクに突っ伏していた。彼は肩で呼吸をしており、排水溝の周りは鮮血で染まっていた。
「俺には……時間がない……」
そんな不穏な一言を呟き、彼は側に置かれている包装シートに手を伸ばした。その中に包まれている錠剤を何錠か取り出し、彼はそれを飲み干した。それから架神はおぼつかない足取りで自室を去り、今にも倒れそうな体を引きずりながら廊下を歩く。壁に手をつきつつ、彼は額から汗を流している。
「いずれ、俺の憎しみを晴らす……必ずだ」
その出で立ちは、お世辞にも健康的とは言えない。架神は血の付いた口元をハンカチで拭い、それからトレーニング室に入室した。さっそく彼はシミュレーターの前に腰を降ろし、VRゴーグルを装着する。彼の怒りに身を任せた操作は、あまりにも荒々しいものである。
「ハハハハ! 連中は俺の全てを奪った! 俺にはもはや、憎しみしか残されていない!」
そう叫んだ彼の笑い声は、悲哀を帯びていた。
その日の昼、翔太は謁見室に呼ばれた。彼の前で腰を降ろしているのは、
「なんの用だ……大佐!」
「……明日、ヴァランガ帝国と戦争をする。連中は全ての元凶だ……あの国を討てば、君の苦しみも終わる」
「ふざけるな! ICとして作られた僕の苦しみに、終わりなんかない!」
正和の軽薄な言動に、翔太は声を荒げた。
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