再会

 あれから翔太しょうたたちは、正和まさかずに身柄を確保された。二人がスカイネストに戻ると、そこには一人の中年男性がいた。

「義父さん!」

 翔太は叫んだ。彼の存在に気づき、義父も息子の名を呼ぶ。

「翔太!」

 どういう風の吹き回しか、狐火軍は彼らを再会させることを選んだようだ。無論、その計らいには裏がある。正和は咳払いをし、狼愛ろあの方に目を遣った。そして彼は、彼女に人道を踏み外した指示を出す。

白金狼愛しろがねろあ。この男を殺したまえ」

 その場の空気が凍り付いた。翔太が耳を疑ったのも束の間、狼愛はナイフを構えた。

「了解」

 このままでは、翔太は義父を殺されてしまう。

「やめろ! 狼愛!」

 彼は両脚に力を入れ、前方に飛び出そうとした。そんな彼を取り押さえるのは、五人ほどの兵士である。

「動くな! 杠葉翔太!」

「これは見せしめだ!」

「暴れたら承知しないぞ!」

「お前の愚かさが義父を殺すことになったんだ!」

「お前は戦争のために生まれたんだ! 余計な真似をした罰だ!」

 身勝手な大人たちは、次々に彼を責め立てた。翔太は必死に抵抗しつつ、狼愛に訴えかける。

「殺しちゃダメだ! 狼愛! こんな奴らの言いなりになっちゃダメだ!」

 そんな彼の叫びもむなしく、狼愛はナイフを勢いよく振り上げた。翔太は絶望し、目を瞑った。まさにそんな時である。

「やめろ!」

 突如廊下に大声が響き渡り、その場に孝之たかゆきが飛び込んできた。彼は狼愛を突き飛ばし、翔太の義父の前で両腕を広げた。その目は正和に向けられており、鋭い眼光をしている。

「孝之……!」

 頼もしい味方の登場に、翔太の口元から笑みが零れた。無論、こうなることを予見しなかった正和ではない。

才原孝之さいばらたかゆきも捕らえたまえ!」

 彼がそう指示を下すや否や、他の数名の兵士が駆け付けてきた。彼らは孝之の両腕を掴み、狼愛の方へと目を遣る。狼愛はゆっくりと立ち上がり、再びナイフを構えた。そして彼女は義父ににじり寄り、それを振り下ろした。その切っ先は義父の顔面に切り傷を刻み、辺りに血飛沫をまき散らす。

「義父さぁん!」

 翔太の悲痛な叫びは、狼愛の胸には届かない。彼女は淡々とナイフを振り続け、眼前の男をいたぶっている。

「やめてくれ……君は、そんなことをしてはいけない! なあ、もうやめにしないか!」

 義父は必死に説得を試みたが、狼愛は依然として攻撃をやめない。義父の全身は血に染まっているが、彼にはまだ息がある。その傍らで不敵な笑みを浮かべつつ、正和は翔太に話しかける。

「こんな状態になっても、君の義父は威勢が良いとは思わんかね?」

「まさか……麻薬で……」

「ご名答だよ。君も知っての通り、これは麻薬カルテルが人を処刑する時の手法でね……薬の効果で簡単には死ななくなった人間を、じわじわと惨殺するというものだよ。君の義父は、君の愚かさのせいで苦しみながら死ぬことになる」

 ICを駒として使うためであれば、もはや彼は手段を選ばない。その凄惨な光景を前にして、翔太は慟哭した。そんな彼に構うことなく、狼愛は無表情でナイフを振り続けた。それから程なくして、翔太の義父は息を引き取ったのだった。



 その日の夜、狼愛は翔太の部屋を訪ねた。翔太は彼女に背を向けたまま、布団に横たわりながら壁を見つめていた。その光景を前にして、狼愛は彼の心情を悟る。

「翔太……ごめんなさい」

 やはり彼女は、徐々に感情というものに理解を示しているようだ。それに対し、翔太は答える。

「狼愛のせいじゃないよ。アイツらが、狼愛を利用したんだ」

「翔太……」

「だけど今は、一人にして欲しい」

 彼は狼愛を許していた。しかし、今の彼には心の余裕がない。


 狼愛は問う。

「貴方は今でも、心はあった方が良いと思う?」

 その質問は、翔太の心を酷く揺さぶった。

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