第3話 聖女の愛は世界を救う

 あたしは神殿の中の一番見晴らしが良い部屋をあてがわれ、よくある中世ヨーロッパ風マンガの貴族令嬢みたいなもてなしを受けて数日を過ごした。そのあいだも『聖女の御力』は自動的に発動して白ローブの神官たちを歓喜させ、一方あたしは夢から覚めないことに焦りが募っていく。


 ――もしかして意識不明の重体であちこち管繋がれてる状態? それとも死……


 真剣に考えていたら、付き人の見習い神官エクレールが「ホームシックですか?」と心配そうに顔をのぞき込んできた。


「これまでの聖女様もよくホームシックになられていたそうです。夢だと言い張って目覚めるために頬を叩いたりつねったりとか、中には身投げしようとした方もいたとか。ミエル様は絶対しないで下さいね」


 こぶしをグッと握りしめて上目遣いで訴えてくるエクレール。


「これこれ、エクレール」


 背後から声をかけられてエクレールは慌てて姿勢を正した。やってきたのは白い髭の一番偉いおじいさん。


「マカロン教主様!」


「エクレール、余計なことを口にして聖女様を不安にさせてはいけないよ。そんなことをしている暇があったら聖堂の掃除でもしてきなさい」


「すいませんっ! 行ってきます!」


 エクレールはペコリと頭を下げて逃げるように走って行った。まったく騒がしいのう、と教主は穏やかにほほ笑んでいる。


「隣をよろしいかな?」


 あたしとマカロン教主はベンチに並んで座り、ぼんやりと庭園をながめた。


 神殿の庭は緑にあふれ、目の前ではチョコファウンテンみたいな形の噴水が飛沫をあげている。絶え間なく湧き出ているのは聖水。飲めばちょっと元気になれる。


「ミエル様はこの世界が夢だとお思いですかな?」


 頬をつねったら痛かったし、脈絡なくシーンが飛んだりしないからたぶんこれは夢じゃない。


「夢ならいいのに、と思ってます。会いたい人がいるから」


「なるほどのう」


 教主はうんうんとうなずく。


「それに、あたしは聖女の力をコントロールできません。力を持て余して垂れ流しにしているだけなのに聖女面しているのは心苦しい。あたしがいなくなったら聖女にふさわしい人が降臨するかも」


「ミエル様は十分聖女の素質をお持ちですよ。なにより愛をご存じだ。それにご自身が未熟であることも自覚されている。それはとてもすばらしいことです。愛のために聖女の力はあり、それが世界を救うのですからな」


 愛は世界を救う?


 なら募金集めながら二十四時間走るから元の世界に帰してくれないかな。


「教主様、あたしの愛はうまくいかなかったんです」


 せめて好きって言いたかった。


「ミエル様。愛の在り方は千差万別。そして聖女の力も千差万別なのです。動物好きの聖女様は魔物を手懐けました。空想好きの聖女様は精霊の力を手にされました。治癒の力を持つ聖女様も。それぞれの聖女様の愛がそのような形で現れたのですよ」


「あたしの力はずいぶん節操がないみたいですね」


「万物に愛を抱かれているのでしょう」


 物は言いようだ。


 普通の剣を聖剣にし、馬に翼を生やしてペガサスにし、庭園の花を踊らせ、噴水を(一時的にだけど)チョコファウンテンに変えた。それらは全部あたしが願ったことではなく、誰かがあたし聖女に願ったことが具現化されるようだった。


 あたしの願いは叶わない。もしかしたらこの世界の神様はあたしの願いを叶えたつもりなんだろうか。


――堂々と兄のことが好きって言えるようにしてくださいっ!


 たしかにあたしはそう願った。でも、兄のいないこの世界で「好き」って言ってどうなるの? 

 神様って言葉をそのまま受け取るしかない能のないバカなの?


 あたしが噴水の横にある神像を睨みつけると、マカロン教主が慰めるようにポンと肩を叩いた。ちなみに神像といっても人の形はしておらず、コーンのないソフトクリームみたいな抽象的な形をしている。


 誰かあの像が本物のソフトクリームだったらいいのにって聖女あたしに願ってくれないだろうか。そしたら跡形もなく食べ尽くしてやる。


「マカロン教主様、聖女の力で元の世界に戻ることはできないんですか?」


「その願いを叶えられた聖女様はいらっしゃいません」


 絶望と同時に諦めがついて、異世界滞在五日目にしてあたしはこの世界に馴染む努力をすることに決めた。


 当面の野望は神像を食べることだけど、なかなかそれを願う人は現れず、そのうちどうでも良くなって半年が過ぎた頃。


「ミエル様、王立魔法学院へ通ってみられませんかな?」


 マカロン教主が異世界学園モノ的な言葉をあたしの前で口にした。


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