第7話 石切場の賢人の復讐

 その男は傷だらけだった。腕にも足にも指の先にも顔にまで縫い傷だらけだった。右目には黒い眼帯がされ左足が痛むのか絶えずもんでいた。

「デビット・モロー大佐殿」

その傷だらけの男は話しかけられた。

「目的地上空まで後15分ほどになります」

分かったという風に男は手を振った。そして座席から立ち上がった。それを合図にしたようにもう一人の男が立ち上がり号令をかけた。

「全員整列、デビット・モロー大佐に敬礼」

その号令に四名の男が反応した。

「全員休め。我々はこれから敵地に奇襲をかける」

全員が固唾をのんで大佐に注目している。これから作戦内容が発表されるのだ。しかも彼らにとって初の重機による落下傘降下による戦闘である。緊張は嫌が応にもます。

「各員に告ぐ。目標は百目の室蘭地下ドック。これは通常の戦闘にあらず。復讐戦である。バミューダで死んだ友の仇討ちである。我が傷を見よ、己の傷を見よ!傷の数だけ奴らを殺せ!死を持って奴らに報いよ」

「応!」「応さ!」「奴らに死を」

兵士は興奮に燃え上がる。

デビット・モローは部下の歓声を聞きながらあの日のことを思い出していた。

1945年バミューダ諸島のある孤島にて行われた戦闘のことである。

デビット・モロー率いる小隊は新兵器「リーゼンパンツァーⅠ号」に搭乗し基地の警備に当たっていた。配属されたばかりの彼らは一日1時間程度の訓練時間しか許されず、未だにその操縦に完熟しているとは言えなかった。その状況で初の実戦である。相手は同系統の人型重機、しかもⅠ号よりもより進化した形状をしていた。そして彼らよりも遙かにその兵器に慣れていた。結果デビット・モローの部隊は完敗。あるものは軍刀で切り裂かれ、あるものはクロスボーの矢で射貫かれた。そして、がれきの下に埋もれることになった。生き残れたのはデビットを含めわずか三名。五十数時間の後、撤去されたガレキの中から掘り起こされたのである。他、ここにいる三名は交代要員として訓練していた者たちだ。傷つけられたプライドを取り戻さねばならない。仲間を殺された恨みを晴らさなければならない。今回は最初期の実験機Ⅰ号人型重機ではない。彼らに与えられたのは最新鋭の人型重機、ハインケル社製Ⅵ号重機ドイツ語でチーターを意味するGepard(ゲーパルト)という通称を与えられた機種である。今回の作戦に臨み、訓練も充分に積んできている。復讐への準備は出来ていた。

「各車、降下開始」

オペレーターのかけ声と共に、B29の爆弾倉が開きそこから一両一両大空へと飛び出した。そして落下傘が開く。風圧で大きくボディが揺れるが肩から腹部にかけて設置されたロールバーが衝撃を緩和させた。元々はむき出しの頭部を保護するために設計されたが、副次的な効果として、振動の吸収が付与された。さらに以前の重機に比べ脚部のダンパーは強化され、着地の衝撃にも充分に耐えられる能力を持った。結果Ⅵ号重機は空挺用に特化した車両として完成した。

この状況にあって未だに敵からの攻撃はなかった。空母グラーフツエッペリンは鉄を採取するため解体されているという情報はあったが対空警戒も出来ないほど戦力が衰えているとは予想外だった。あるいは敗戦国の悲しさか、戦勝国の兵器には手を出せないでいるのかもしれなかった。しかしこれは彼らにとってチャンスだった。戦力を削られることなく侵攻が出来る。彼らの着地点は室蘭市街の海岸線沿いの森林だった。近くに道路はあるものの原生林は侵入者を拒み、地下ドックのある場所には容易に人を近づけなかった。

そこの木々をなぎ倒し岩を乗り越え石切場の賢人のⅥ号重機は進軍した。そしてすぐに、地下ドックへの入り口へと到達。樹木で見事に偽装されてはいるが接近すれば識別することは可能だ。その時だった。付近に転がっていた岩とおぼしき物体から銃撃が加わった。だがその銃撃は対人用の小口径の機関銃によるものでⅥ号重機に傷一つつけることは出来なかった。

「ようやくこちらに気付いたか。だが、そんな豆鉄砲では我々は止められはせんよ」

そういいつつ37ミリ砲をその攻撃する岩「クーゲルパンツアー」に向けた。

もとより勝負にならない。「クーゲルパンツアー」の戦果は37ミリ弾を3発撃たせたことだけだった。

そしてデビットはその銃口をさらに扉に向けて再びトリガーを引いた。だが扉は弾丸をはじき飛ばした。鋼鉄の扉は37ミリ砲では貫くことは出来なかった。

「さすがに堅いな。手榴弾を使う」

そういいつつ重機サイズの大型手榴弾を放り投げた。そして、そのサイズにふさわしい爆発をし手榴弾は扉を破壊した。

「よし侵入する。ここから先に出会う物は我々以外は全て敵だ。女子供だろうとためらうことなくこれを撃て」

残虐というわけではなく、戦争という物が同情や良心だけではやり遂げられないことを身をもって知っているデビットの言葉だった。時には女子供が爆弾を抱えて突っ込んでくることもあれば、味方を囮にして見殺しにしなければ戦いに勝てないこともあるのだ。

先のバミューダでの戦闘では現にデビット自身が使い捨ての囮にされている。

その本人が言うだけに説得力のある言葉だった。非情さも戦争には必要な要素なのだ。

破壊した扉の中に入ると自然の地形を利用したドックが広がっていた。

「海蝕洞窟を拡幅したか。考えたな」

海に面した断崖に一から穴をくり抜くのは容易ではない。だが元々波に削られ洞窟化した地形を掘削するのであれば労力ははるかに減少する。そして陸地から見えない分隠密性も高まる。極めて効率の良い基地であった。しかしながら、人間のすることには限界がある。人には口がある。好奇心もある。周囲におかしな事があれば人は動く。その結果情報は漏れ「石切場の賢人」の知るところとなったのが今の状況を生んでいる。

一方敵の侵入を察知したドック内では蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

明らかに油断であった。東アフリカ沖会戦における火星人の撃退、バミューダ海域の孤島での石切場の賢人の基地への侵攻。この二つの戦闘を乗り切ったことで当面の戦闘はないだろうとの思い込みが、防備の不足、そして石切場の賢人の奇襲を許すことになった。

そしてこの基地には人型重機に対抗できる術が失われていたこともある。

空母に搭載されていた航空機は残っていたが、肝心の空母は日本経済復興のための資材とするために解体が進み、航空機はドック内で使用することは当然のことながら不可能だった。そして唯一重機に対抗できる重機はバミューダでの戦闘で損傷し修復は未だ終わっていなかった。なによりその重機を操れる者がいなかった。ただ一人東アフリカ会戦で負傷したアウグスト・ケスラーがいたが未だその傷は癒えていなかった。

「俺が何とかする、といいたいところだが、使える重機はあるのか」

そして整備兵に案内された先にあったのは左足の膝が砕け、コクピット周辺の装甲が外されたⅢ号重機だった。その姿を見たアウグストは呟いた。

「俺と同じでボロボロじゃねえか」

そういったアウグストも複雑骨折した左腕は未だ治癒せず、顔は青ざめていた。

「大丈夫すか、顔が青いすよ」

整備兵が心配して声をかけた。

「まあな、まだ腹の中が直っちゃいねえから、ちと辛いが、何とかしなきゃならねえだろう。しかし肝心の重機がこれじゃあ、まともに戦えねえどころか、動かせもしねえ」

「そうなんです。しかし他の車両はもっと酷い有様で部品取りやら修理やらで、こいつが一番まともなんす。ただ、対して動かなくても使える兵器はあります。試作ですがね」

アウグストはその言葉に反応した。顔つきがあからさまに変わった。

「それ見せてみろ、俺に使えるか?」

「そりゃもう、思いっきり中尉向けのブツですよ」

整備兵はさらに整備工場を進み、あるものにかかっていた布を外した。

その下に隠されていたものはライフルだった。整備兵はにやりと笑った。

「歩兵銃の拡大版ですがね、狙撃には最適です」

「そうかい。じゃあ、やっぱり俺が使わなきゃなあ」

アウグストも笑いで答えた。

「エレベーターはまだ生きてるからな、あいつで甲板に上がってそこから狙撃をするぞ。弾はありったけくれや」

アウグストは体調の不良を忘れたように生き生きと答えた。

デビット・モロー率いる石切場の賢人の部隊の目的は、もとより「百目」の壊滅ではない。停泊中であるとはいえ空母のような巨大な兵器を重機が数両ではとても破壊できるわけではなく、一基地を破壊したところで百目自体にはさほどのダメージではない。諜報組織たる百目にとっての痛手は人を失うことである。優秀な間諜は簡単に育つ物ではなく得がたいものなのである。

デビットの目的は当初の言葉通り復讐にあった。もちろん石切場の賢人の本部には別の思惑もあった。だが、百目に打撃を与えるという目的は同じである。デビットはその目的を着々と果たしつつあった。

そのころアウグストはⅢ号重機に乗り込んでいた。

「こいつはいい、腹がつっかえなくて操縦しやすいぞ」

装甲の外されたⅢ号の操縦席は確かに巨漢のアウグストには心地よい広さになっていた。

装甲がない分直撃を受ければ即死は確実だったがアウグストには端から被弾するつもりはなかった。

「おらあ、まだまだ酒飲みてえからな、こんな所で死ぬつもりはねえぞ」

その言葉を聞き整備兵には思わず笑みが浮かんでいた。

「中尉は噂以上に豪傑でいらっしゃいますな。ともかくもご武運を」

歩兵銃を担ぎ、エレベーターに向かうアウグストに整備兵は笑顔で敬礼をした。

実際の所アウグストの体調は最悪であった。歩いて整備工場までやってくるのも困難であったのに、体力を吸収される重機に乗り込むのは自殺行為同然、いつ死んでもおかしくない状況だった。だがそんなことは気にもしないのがアウグストの性格だった。

「とっととぶっ殺してベッドに逆戻りして昼寝、その後おやつでコーヒーと決め込もう。さすがに酒はまだだめそうだかんな」

独りごちたのは、肉体のあげる悲鳴をごまかし、己を慰撫するためのものであった。

甲板に上昇したⅢ号重機は歩兵銃を構えた。通常人が構える位置ではモニターの外されている現状では照準を決めることは出来ない。アウグストの視点まで腕を下げて構える。照星と照門が敵と一直線になるように視線を持ってくる。この間にも敵は攻撃を続けている。味方の悲鳴が上がり、血しぶきが世界を染めている。

どの敵を撃つか見定める。見渡せば、一両だけ際限なく銃を撃ちまくる敵がいる。弾をばらまいているだけに周囲の被害は甚大である。こいつを止めればそれだけで被害を押さえられる。加えて弾をばらまくように撃っているので、弾が尽きる可能性も高まり、万が一初弾を外して反撃に出られても危険を低く抑えることが可能である。倒しやすい相手であった。だが、こいつは狙わない。周囲に気を配れず、暴走するだけのものは怖くない。いずれ自滅する。怖いのは冷静に状況を判断し、適切な行動を取れる者である。

見渡せば、そいつがいた。無駄な発泡はせず、確実に目標物を破壊し、反撃しようとする者を適切に処理していた。アウグストは当然のことながら知らなかったが、その車両を駆るのは部隊を率いるデビット・モローであった。

「あいつが指揮官かな?」

アウグストの勘は当たっていた。静かに銃口をデビットに向ける。しかし、意識はデビットに集中させない。あくまでフラットな意識で照準を定める。そして片目をつむって狙いを定めることもしない。両目を明けたまま照星と照門と敵を一直線に揃える。殺気は絶対に発しない。勘の良い野生生物は殺気を察知してすぐに逃げる。技量の高い兵士も同じ事をやってのける。これは狩猟で学んだことである。

デビットもアウグストに狙われていることは全く気付かなかった。周囲の発砲音や爆発音、

敵兵の悲鳴、命の散華、それらがデビットの勘を狂わせたこともある。

この瞬間アウグストが撃発レバーを引けば彼は銃弾にその身を貫かれていたことだろう。彼の命を救ったのは、「性能」と「時間」であった。「あの新型、動きか良い。Ⅲ号やⅣ号よりも動きが滑らかだな。人間の歩き方により近い。ということは、瞬発力も旋回性も上だとみた方が良いか」アウグストの見立ては当を得ていた。空挺仕様に設計されたⅥ号の脚部はボディに比して大きく、クッション性に優れ、より人間に近い挙動を可能にさせた。それがアウグストを慎重にさせた。それが見立ての一点。もう一点は制限時間の問題だった。重機を降下させ、敵基地に損害を与えても、兵を回収できなければ意味が無い。その回収時間がやってきたのだ。敵Ⅵ号重機の動きに慎重な照準をしているときに轟音が響いた。デビットらを迎えに来た石切場の賢人の揚陸艇だった。それはまさに アウグストが撃発レバーを引く瞬間だった。デビットはその轟音に反応し、重機の動きを止めていた。人間並みのクッション性を備えたⅥ号はしなやかに歩を止めた。あまりにも綺麗なその動作に、動きの先読みをして放たれたアウグストの弾丸は、本来ならばデビットの肉体を貫いていたはずであったが、ほんの10センチ、デビットの頭部の前を通過していった。戦闘の終了時間と重機の高性能が織りなしたまさに奇跡だった。

アウグストは必中を期した初弾を外したことにショックを受けてはいなかった。

狩猟の場においてもこういう意に反したことはまま起こる。

ここで焦れば結果はより悪くなることを彼は知っていた。だから冷静に次弾を装填する。

一方デビットは目の前を突き抜けていった弾丸に冷や水を浴びせられた気分を味わっていた。自分に何が起きたのか一瞬理解できていなかった。目の前のモニターが粉々に破壊されコクピットの左右に穴が開き、弾丸が通過した際に発せられた熱がデビットの頬をなでた。その熱がデビットに正気を取り戻させた。アクセルを踏み込み全力で重機を走らせた。狙撃地点の確認よりも自身の身の安全の確保を優先させた。当然のことである。指揮官は簡単に死ぬわけにはいかない。目的遂行のために部隊の危険を最低限に抑えなければならないからである。

この動きを見てアウグストはデビットへの狙撃をあきらめた。素早く次の獲物を探す。

そして先ほど暴れまくっていた敵に狙いを定めた。案の定、弾丸を使い果たしたのか、銃を捨て腕を使って工作機械を破壊していた。迎えがきたことに気付いているはずだったが、破壊行為にいそしんでいる。当然動きは鈍い。アウグストにとっては簡単すぎる獲物だった。

放たれた弾丸は胸部装甲のど真ん中を貫き搭乗員の肉体を破壊し、コクピット内を弾けまわった。

「これじゃあ、ただの殺戮だ。男と男の戦いじゃねえ」

そう余裕の言葉をいいつつも、狙撃に膨大な集中力を使ったアウグストの体力は限界を迎えていた。重機はその場に座り込み、上陸用舟艇に回収される敵を見送るより他はなかった。

デビット・モローは帰還する船の上で貫かれた己の車両の装甲を見つめ、再び屈辱感を味わっていた。この戦闘は彼にとってはバミューダでの敗戦の雪辱戦のはずであった。それがどうだ、敵に甚大な被害は与えたものの己はあと一歩足を踏み出せば死んでいたところである。戦いに勝って勝負に負けた、そういう敗北感が彼の心の中を支配していた。彼が暗い精神面に落ちてゆく第一歩だった。

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