19 忍
――端から見たら、わたしたち、どんなふうに見えると思う。
――昔を懐かしがってる普通の中年夫婦に見えるんじゃないの?
――そんなものかな?
――そんなものだよ。
――ところで、ねえ、あなたも目を瞑るのやってみる?
――いいけど、広くて平らなところに行ってからだな。
元カレは大学を出て数年間を実家で過ごし、それからアパートを借りて家を出る。わたしと暮らすためだ。その頃にはもう二人の付き合いは互いの親にも知られており、わたしが元カレの実家にお邪魔したり、元カレがわたしの実家に遊びに来るようにもなっている。元カレの両親は元カレ同様普通の人だが、わたしの母は四十前に離婚している。その後再婚するのだが、再び離婚/再婚を繰り返す。母の二度目の再婚時期がわたしの就職時期と重なったので、わたしはその時点で家を出る。あのとき借りたアパートは当時の職場近くにあったはずだ。今では家庭教師――と創作――で扶持を稼いでいるが、大学卒業当初、わたしは中小の繊維会社に就職している。教職試験にも塾講師の試験にも落ちたからだが、そこに勤めていた二年間が、わたしの人生の肥やしになる。結局、種々の行き違いがあり、啖呵を切って辞めてしまう。その直後、空きが出来て受けた塾講師の試験にあっさりと受かる。路頭に迷うことなく助かったのだ。そういうことなら最初の試験に受かっていれば事後の面倒はなかったわけだが、それはわたしのこと、仮に試験に受かったとして、おそらく啖呵を切って辞めただろう。再就職に至る経緯が、わたしの忍耐を育てたのだ。点数は足りていた自信があるので最初の塾講師の試験に落ちたのは面接の印象が悪かったからかもしれない。あるいは客商売に向いていないと判断されたのか? それとも子供の顔をした風が吹けば飛ばされそうなわたしの外見からは推し量れない不穏な雰囲気を面接者が見抜いたのだろうか? わたしが男に乱れるのは、まだ先の話だが、その前兆のような何かを感じ取ったのかもしれない。ちなみに教員採用試験に落ちた理由を自己釈明すると、あの日はお腹が痛かったから……となる。が、お腹が痛かったのが事実だとして、それは言訳に過ぎないだろう。その後は完全に本番に強くなるわたしだが、最初からそうだったわけではない。
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